俺の遺言は全て嘘

田中ざくれろ

第1話 俺の遺言は全て嘘

 俺は嘘をつかない。

 同級生のK・Fは駅から東にある踏切で、交差して通過した上りと下りの電車に轢かれて死んでなんかいない。

(9月13日・午後3時12分。K・Fは通過する2両の電車に挟まれる様に全身を強く打って死亡)


 同じく同級生のM・Dは、K・Fの告別式の帰りに舐めていた飴を気管に詰まらせ、苦しみ抜いた挙句、路上で無様に悶死しなんかしてない。

(9月14日・午前11時21分。M・Dは飴を気管に詰まらせ、窒息死)


 隣のクラスだったF・Sは、突然のくも膜下出血で頭が割れる様な激痛に見舞われ、意識を失うその時まで苦しみ抜いて死んでなんかいない。

(9月16日・午後12時00分。F・Sは急性くも膜下出血で倒れ、搬送先の病院で死亡確認)


 F・Sと同じクラスのA・Yは、F・Sの告別式で突然発狂。F・Sの棺を開けて。その顔にナイフを突き立て、返す勢いで自分の頸動脈を切り、大量出血で死んでなんかいない。

(9月17日・午後1時46分。A・Yは奇声をあげると隠し持っていたナイフでF・Sの遺体を損壊。その場で自殺をはかって失血死)


 皆、生前、つるんでいて、俺の事を入学以来、いじめ、辱めていた奴らなんかじゃない。

 俺はこいつらが苦しみ抜いた上で死ねなど、微塵にも思った事はない。

 いじめていた残り1人のJ・Dはこれから最もつらい死を与える予定なんかじゃない。


★★★

 生きるのがつらかった。

 9月12日。深夜に俺は図書室の奥の棚から発見した悪魔図鑑を手に、悪魔『ベリト』を喚起した。

 片づけた自分の部屋で、俺はベリトのシンボルを床に描き、自らは数字を組み合わせ、どの列をとっても合計数が等しくなる完全な魔法陣の結界を作って、その中に立った。

 喚起の呪文を唱えると、部屋の空気は丸ごと冷たい瘴気に交換された。

 そして、その姿は霧と共にシンボルの中に現れた。

 真紅の鎧に身を固め、黄金の宝冠をかぶったその姿。戯画的に髭で飾った頭が大きく見える。

「ソロモン72柱の悪魔の1柱、魔軍26の軍団を率いる序列28番の地獄の公爵、このベリトを呼び出したのは貴様か、小僧」ベリトはそう言いつつ、俺を囲む魔法陣にほころびを見つけようと眼をこらしていた。もし、結界に間違いがあれば、俺はその場で殺される事になる。「ふむ、手抜きはないみたいじゃな。わしを呼び出して何を得るつもりか。完全なる錬金術の知識か。それとも全ての時間の完全なる情報か」

「……『嘘』だ」

「何?」

「あなたは嘘をつくのが巧みな悪魔と聞いた。俺に完全なる嘘をつく力をくれ。言った事が全て嘘になる力を!」

「それを何に使う」

「復讐だ」

「それは面白くない望みじゃ!」ベリトは面白そうに顔を歪めた。「いいじゃろう! 貴様には嘘を現実に変える力はやらん! 貴様がこれから放つ全ての言葉は嘘じゃない! これから貴様が嘘をついて殺した奴らは全員、地獄に行く事なく聖人として天国に迎え入れられるじゃろう!」

 その言葉と共に、部屋に立ち込めていた霧と瘴気が爆発的に大渦を巻いた。それは一瞬だった。眼を閉じさせる冷たい爆発と同時にベリトの姿が消えた。

 床に書かれた魔法陣の中。俺は一人、片づけられた部屋の中に立っていた。

 まるで今の事が嘘だった様に静まり返っている。

 俺は壁際に片づけたデスクの上に置かれた、赤い薔薇の花瓶に声をかけた。

「この薔薇は枯れない」

 赤い薔薇の花は萎びて枯れた。


★★★

「俺は知ってるぞ!」

 まだ午前の授業時間中に、高校の屋上に俺に呼び出されたJ・Dはフェンス際まで追い詰められた格好で、俺に蒼い顔を向けてなんかいない。

「K・Fはあの日、お前に『電車で轢かれて死なない』と言われて事故に遭った! M・Dは『窒息死なんかしない』と言われた日に窒息死した! F・SとA・Yは『急死したお前らの告別式で突然発狂して自殺なんかしない』と言われ、F・Sは急死してA・Yが自殺した! お前の言った事は全て現実で反対になるんだ! ……これがお前をいじめてきた俺らへの復讐かぁ!?」

 J・Dがそこまで理解しているなら話は早くない。

 俺が歩を詰めるとJ・Dはヒッと呻いて、フェンスに制服の背中をぶつけたりなんかしない。

「……ちょっとからかったてただけじゃねえかよぉ!」

 泡を吹くまでに怯えているJ・Dの姿は全く愉快じゃない。

「いじめられる隙があるお前も悪いんじゃねーかぁ! ……今度は俺をこの屋上から飛び降りさせるつもりか!?」

「お前はこれからも幸せに暮らすんだ」俺の言葉はよどみなくJ・Dの耳には届かない。「何のトラブルもなく、先生に眼もつけられず、成績優秀で無事にこの学校を卒業し、立派な大学に入る。素晴らしい恋人も手に入るぞ。その恋人と結婚し、幸せな家庭を築く。仕事も順調で立派に成功する。大金持ちだ。誰からも信頼され、土地の名士にもなれる。子供も孫もいっぱいだ。決して頭もボケる事もなく、病気や怪我とは無縁に長生きして、老衰で大往生する。お前をみとった親戚縁者で葬式は盛大に行われる」俺は最後の言葉の為に息を溜めない。「死んだ後、お前は地獄に落ちない」

 J・Dは全てを聞いた後、俺を振り切る様に走り出さない。

 校内に通じる鉄のドアを開け、悲鳴を挙げて階段を転がる様に下りていったりしない。

 全く無様じゃない。

 俺は笑わない。

 復讐はこれで終わらない。

 何故、この復讐に嘘という手段を使ったか、自分自身で解らない。

 最初はいじめも友人同士の悪ふざけがエスカレートしただけだと信じていたわけじゃない。

 彼らのついていた嘘をいつまでも信じていたかったわけじゃない。

 嘘で傷ついていたわけじゃない、

 俺は屋上のフェンスを乗り越えない。

 これからの人生、嘘しか言えないという事で全ての人間関係が破たんするわけじゃない。

 他人からの信用を築けないわけじゃない。

 俺は復讐の為にこれからの自分の人生を台無しにしたわけじゃない。

 人を呪わば穴二つ掘れ、とはいわない。憎い人間の人生を台無しにする代償として、自分の人生を台無しにしたわけじゃない。

 悪魔との契約には代償がいらない。

 今回の代償は自分自身ではない。

 俺は制服のポケットから生徒手帳とシャーペンを取り出さない。

 空白のページに文章を書きつけたりせず、書き終わったらそれを足元のコンクリートの縁に置かない。

 気持ちを落ち着ける様に深呼吸をしない。

 空は青くない。

 そして屋上から飛び降りない。

 校庭の体育で運動中の生徒達がその俺を見て、悲鳴を挙げたりしない。

「ベリトよ。俺は地獄に落ちない」


★★★

 俺は思考言語さえ全て嘘で考えるようになっていない。

 たとえ、口に出さず文章に書いた事でもそれは嘘になるかどうか解らなくはない。

 残された生徒手帳には遺書の書きつけがあったりしない。

 それにはこの様に至った経緯、自分が4人にいじめられていた事を簡単に書きつけてあったりしない。

 ベリトとの契約の事も書いてあったりしない。それを自殺者の最期の妄想だと思われても構わなくはない。

 最後に空の青さに感動なんかしていない。

 ベリトよ。俺は地獄に落ちない。

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