第23話
ナニーナの身体は華奢なのに、どこももっちりしてて柔らかかった。
いつもパンを焼いているのか焼きたてのパンみたいないい匂いがする。
しかも胸がやたらと大きいので、飛んでいる最中に足元を見ようとすると、必ず視界に入ってくるんだ。
おかげでちょっとドキドキしたけど、飛んでいる最中のスキルウインドウが開いたので平静を保てた。
『「ジャンプ」のスキルツリーに「ウーマーイーツジャンプ」が追加されました!』
『ウーマーイーツ』? 聞いたことのない言葉だな。
なんて思っているうちに、フロイランの屋敷に到着。
屋敷の庭では王族や貴族たちを集めた誕生パーティが開かれていた。
「よし、じゃあ直接渡してこいよ」
パーティ会場の入口で、ナニーナにバスケットを手渡そうとした。
しかしナニーナは木の陰に隠れて、いやいやをしている。
「フロイラン様とはずっとお会いしていないから、お会いするのが怖いの。
私はこうして物陰からフロイラン様の元気なお姿を見られただけでじゅうぶんだから……。
お願いスカイさん、お料理をフロイラン様にお渡ししてきて」
いつもはおっとりと落ち着いていて、微笑みを絶やさない彼女が珍しく泣きそうな顔をしている。
ひどい生き別れをした子供に、大きくなって再会するのをためらう親みたいだ。
きっと、長年に渡って料理を送っているのに、返事ひとつもらえないという事実が積み重なって、彼女の不安を大きなものにしているのだろう。
俺はしかたなく先発隊として料理を届け、フロイランの様子を伺うことにした。
ナニーナを残してパーティ会場に入り、お届け先のフロイランを探す。
彼女は今日の主役だったので、すぐに見つかった。
フロイランは金髪の巻き毛に深紅のドレスと、いかにも王族然とした少女だった。
年の頃は、ラブラインと同じくらい。
誕生日といえば人生でも喜ばしい日に入るはずなのだが、彼女は誰とも話そうとせず、憂鬱そうだった。
「ちわっす、フロイラン様。乳母のナニーナ様からのお届け物です」
すると彼女は一瞬だけパッと顔を明るくしたが、またすぐに暗い影を落とした。
「そう。プレゼントの山のところに置いておいてくださる?」
「なんだか嬉しくなさそうだな。それにこれは料理だから、早く食べたほうがいいと思うんだが」
「そんなに召し上がりたいのであれば、あなたが召し上がってくださっても結構ですわ」
「おい、ナニーナがどういう思いでこの料理を……」
「ええ。もちろん存じておりますわ。
あたくしが王位継承順2位になったとたん、あたくしの前から離れていって……。
お誕生日のたびに、わざわざあたくしの好物をマズく作って送りつけてくる、乳母の気持ちなんて……」
「なんだと?」
「乳母というのは育てた王族によってその評価が変わるものなのですわ。
だからほとんどの乳母というのは、王位を継承する子を育てたがる……。
王位継承の順位が落ちたら、いままでお前に費やした時間を返せとばかりに嫌がらせをしてくるのですわ。
実に滑稽ですわよね」
フロイランはフッと自虐的に笑った。
「でももっと滑稽なのは、嫌がらせをされているとわかっているのに、今年は違うんじゃないかと期待して……。
お料理を食べて、そのマズさに毎年吐いている、このあたくしかもしれませんわね」
「ちょっと待てフロイラン、そんなはずはない。ナニーナがそんな嫌がらせをするはずがないだろう」
「ええ。あたくしも最初の頃はそう思っておりましたわ。なにかの間違いではないか、って。
でも毎年送られてくるのは、見た目は当時とまったく同じなのに、味だけは激マズな料理……。
疑うのでしたら、召し上がってみるといいですわ」
俺は半信半疑でバスケットからパイ皿を取り出す。
フタを開けてみると、
……ふわあ……。
と、あたりに湯気といい香りが広がる。
『ニシンのパイ』で、見た目はめちゃくちゃ旨そうだった。
20人前はありそうなその大きなパイ。
俺は近くのテーブルにあったフォークを取って突き刺し、ひと口食べた。
「うっ……!? ううううっ!?」
俺が目を剥いて口を押えたので、フロイランはそれみたことか、と笑う。
「憎しみを覚えるほどマズいでしょう? でも、これでおわかりになりまして?
ナニーナがいかに性悪乳母というのが。吐くなら人目につかない隅のほうで……」
次の瞬間、俺はパーティ会場全体に響き渡るほどの大声で、絶叫していた。
「うーーーーーーーーーーーーまーーーーーーーーーーーーいーーーーーーーーーーーーっ!!!!」
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