第13話
それから数日後。
俺が今日の配達を終えて自宅のアパートに直帰すると、部屋にはなぜかアイリスがいた。
「あ、お帰りスカイ。今日も一日おつかれ~」
まるでそこにいるのが当たり前のように、アイリスはエプロン姿で台所に立ち、料理をしている。
俺はきっと呆れ顔になっていたに違いない。
「人の部屋に勝手に入ってなにやってんだ?」
「スカイってロクなもの食べてなさそうだったから、精のつく料理でも食べさせてあげようと思って。
いまうちの会社って従業員がスカイしかいないから、身体を壊されたら困るでしょ」
「そういうことか。でも部屋には鍵をかけておいたんだが、どうやって入ったんだ?」
「大家さんから借りたんだよ」
「そういえば、お前は大家さんと知り合いだったな」
俺は内心胸をなで下ろす。
このアパートに入ってまだ1週間足らずで、見られたら性癖がバレてしまうようなブツはまだ無かったから。
しかしアイリスは俺の性癖を見透かすような話題を振ってきた。
「あ、そうそう。大家さんといえば、このアパートの大家さんって別の人に変わったんだよ。
それがさ、すっごい美人ですっごいおっぱい大きい人なの」
胸の大きさをジェスチャーで示すアイリス。
それは成人の頭くらいありそうなサイズだった。
「いくらなんでもそんな大きいわけないだろ。それじゃあオバケじゃないか」
「こんにちは」
開けっぱなしの玄関から、淑やかな声がする。
振り返ってみると、そこにはオバケがいた。
「よかった。お帰りになっていたのね。
はじめまして、新しい大家のナニーナと申します。ご挨拶に伺いました」
オバケはおっとりとした口調でそう言って、ぺっこりと頭を下げた。
俺は、彼女のタレ目がちながらも美しい顔立ちよりも、ふんわりと広がる髪の毛よりも、エルフ族であることを示す長い耳よりも、胸部に目を奪われてしまう。
それは双子の赤ちゃんを抱いているかのような、とんでもない量感であった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
立ち話もなんだからと、アイリスはナニーナを部屋に招く。
俺の部屋は東の国によくある『タタミ』のタイプなので靴を脱いであがらなくてはいけない。
そしてナニーナはタタミに座り慣れているのか、きちんと脚を揃えて正座していた。
それを見たアイリスも「どれどれ」とマネしていたが、10秒でギブアップ。
ナニーナは大家として、住人である俺にいくつかの説明をした。
「このアパートの名前は『どくだみ荘』でしたが、『あおぞら荘』に名前を変えることにしました。
よろしいですか?」
ナニーナは幼い子供に接するようなやさしい口調だった。
「はぁ」と俺は返事をすると、彼女は「よかった」と胸の前で両手の指を絡め合わせて微笑む。
「そしてお家賃についてなのですが、据え置きということでよいですか?」
「はぁ」
「よかった。そしてこれから、スカイさんにはこのアパートにいる方たちと、共同生活を送っていただきます」
「はぁ……って、え?」
「実を申しますと、私はセイクルド王国の乳母なのです。
スカイさんがラブライン様に相応しい殿方であるか、こうして確かめに来たの」
「え……乳母……? ラブライン……? えっ……? ええっ……?」
いきなり話がアパートから国家規模に飛躍して、俺もアイリスも困惑するばかり。
しかしナニーナはかまわず話しを続ける。
「これは『おためし婚』といって、王族が結婚をする前に行なう婚約の一種です。
普段は共同生活となりますが、定期的に擬似的な新婚生活を送っていただきます」
「ちょ、ちょっと待ってくれ、ナニーナ。なにがなんだかさっぱりだ!
俺がなんでそんなことをしなきゃならないんだよ!?」
「それは、ラブライン様がスカイ様に求婚されているからよ」
「ラブが俺に、求婚を……!?」
「はい。『ハザマノカミ』の討伐に戻られてから、ラブライン様はとっても変わられました。
お目々が見えるようになったのと、ずっとスカイ様のことばかり考えておられるのです。
国王様もご結婚には賛成されておりますので、あとは『おためし婚』だけとなります」
「そんな! 急にそんなことを言われても、俺は、結婚なんて……!」
……ずどどどどどどどどぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーーーーんっ!!
突如として天井が崩落し、上の階から調度品と人間が降ってくる。
俺の上には、ふたりの少女がのしかかっていた。
「いたたた……!」
「ご無事ですか、姫! ですから荷物は少なくしたほうがよいと申したのです!
床が抜けてしまったではありませんか!」
「けほっ、けほっ! でも、あそこは倉庫なのでしょう? 倉庫なのであれば……」
「いえ、あそこがラブライン様が寝起きする部屋なのです!」
「ええっ、あのご不浄よりも狭い場所が!?
で、でも、スカイ様は同じようにここで暮してらっしゃるのですよね?
なら……わたくし、がんばります!
この『おためし婚』を乗り切れば、スカイ様のお嫁さんになれるのですから!」
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