幕間【焼肉】

 猫も杓子も静まり返る夜、大芸が運営しているバスに乗りフレッシュマンキャンプから帰ってきた僕たちは南の繁華街、天王寺を歩いていた。


「結構遅くなっちゃったわね」


 夏目が手元のスマホに視線を落とし時間を確認する。


 時刻はちょうど8時を回ったあたりだ。


 俺の横から朝比奈がぴょこっと身体をのぞかせた。


「どこかで夕食でも摂りますか?」


「いいな、それ」


 朝比奈の隣を歩いていた汐山が賛同するように手を挙げる。


 天王寺駅の中からはそのまま直通で連なるマベノハルカスに入ることができる。中には多種多様な雑貨店や食事を取れる店舗が数多く軒を連ねている。


 その他にも天王寺駅の周辺には多くの飲み屋や居酒屋があり、食べる場所には困らない。


「汐山さんは何か食べたいものはありますか?」


「そうだな、とりあえず魚じゃなければなんでもいいかな」


 良くも悪くも民宿『二葉』では魚と地元の山菜を使った料理ばっかりだったからな。となると……


「なら、焼き肉なんてどうだ?」


 僕はいじっていたスマホの画面を朝比奈たちの方へ向ける。ちょうどこの先の道を曲がった辺りに『ハラミの王様』という店が表示されている。


「焼き肉かぁ……」


 夏目が顔に手を当て考え込む。それからしばらく沈黙する。


「女子には少し重かったか?」とも思ったが、


「そうね……久しぶりに奮発してみるのもいいかも」


「そうか。ならよかった」


 どうやら賛成してくれたらしい。


 朝比奈たちの了承も確認すると、さっそくスマホを操作して予約を済ませる。


 顔を上げると、


「早く行きましょう、わたしもうお腹ペコペコです」


 道の向こうで朝比奈が急かすように手招いていた。



「御注文がお決まりになりましたら、そちらのボタンを押してください。それでは失礼します」


 そう言い終わると店員が去っていく。お店には待ち時間なくすんなり入ることができた。


 店内は客席のほとんどが個室で、真ん中に網が敷かれた丸テーブルをかこむようにソファーが敷き詰められている。


 向かいでは夏目と朝比奈がメニューを広げていた。


「さってとー。何を注文しましょうか。やっぱり、とりあえず生かな」


「やめなさい」


「そんな真剣な顔しなくても、冗談ですよ、冗談。ウーロン茶にします」


 夏目に咎められて朝比奈が唇を尖らせる。


「私も、今日はウーロン茶にしておくかな……」


「俺は……なにか炭酸を……あっ。ラムネ懐かしいな」


 それぞれがドリンクを決めていく。


「彼岸くんは?」


「それじゃあ……緑茶にしとくかな」


 みんなのドリンクを決め終わると、


「とりあえず、適当に頼んじゃってもいいのか?」


 汐山がみんなの顔を見渡しながら確認する。


「それじゃあ、お願いしようかな」



 そうして、それぞれがみなメニューに視線を落として自分が食べたいものを頼み始める。


「それじゃあ、タンとハラミと……」


「カルビお願いします。あと白米も」


「朝比奈さんって、こう言っちゃなんだけど……けっこうガッツリいくのね」


「せっかく焼き肉に来たんですから。脂の甘みを味わっていかないと!」


「そうね……滅多にこないんだから。私もカルビとご飯を食べよ」


 それぞれが自分の注文を通していく、


「先生は、何か食べたいものってないんですか?」


「え? あ、そうだな……」


 改めてメニューをひととおり眺めてみる。肉ってだけでもいろんな種類があるんだな……。


「この、いちぼって、なんなんだ?」


「尻の先の方のお肉ね。それなりに、希少な部位だった気がする」


「とりあえず、頼んでみればいいんじゃないのか?」


「じゃあ、いちぼをお願いします」


 とりあえず、自分の注文を済ませる。


「それじゃあ、どんどん注文していきますよー!」


 そう言って朝比奈がメニューを掲げだした。


 こいつ、だいぶ盛り上がっちゃってるな……。



「お待たせしましたー」


 程なくして注文したお肉が運ばれてきた。


「あっ、美味しい」


 夏目が焼いたカルビをご飯と一緒に食べる。


「でっしょ〜? カルビを焼いてご飯に乗せる。このオリジナル焼き肉丼がたまらないんですよ」


「たしかに。肉汁とタレが白米に染みて……いい感じの味付けになるな」


「これぞ焼き肉の醍醐味。奇跡的組み合わせ、マリアージュ」


「お肉を焼いただけなのに美味しいのよねぇ」


「網での焼き具合は家で出すのが難しいですからね。あっと、焦げちゃう。汐山さんどうぞ」


「ありがとう。朝比奈さん」


「先生も、どうぞ」


 そしてこっちにも肉が運ばれてくる。ありがたい。


「でも世話ばっかりやかなくていいから、朝比奈も食べたらどうだ?」


 お返しにお肉を朝比奈の皿に置いてやる。


「ありがとうございます。でも、焼き加減とか気になって、勝手に動いちゃうんですよ。美味しい一瞬を逃すのはもったいないですから」


 朝比奈はそう言って首をふる。


「わたしもちゃんと食べてますから気にしないで下さい」


 普段は出来るだけ食費を抑えることを考えてたけど……たまにはこういうのも存外悪くない。


 少しお金はかかるかもしれないけど、みんなでワイワイと外食をするっていうのも。


 そんなことを考えていると横から箸が伸びてくる。


「唯人、いちぼも美味しいぞ」


「お、じゃあそっちも」


 そう言われて汐山の近くに置かれていた、いちぼをいただく。


「なっ、俺の育てた大切ないちぼがっ!」


「喧嘩しない。また焼けばいいんだから」


「追加で注文とかします?」


 朝比奈の声にふと、テーブルに視線を落とすとおおかたのお肉は片付いていた。


 そんな中で汐山は申し訳なさそうな視線をこちらに向ける。


「食べたいんだが……そろそろお金のことも考えないとヤバいんじゃないか?」


「へーきへーき、作家先生がここにいるんだから、いざとなれば全部任せればいいわよ」


「なら、大丈夫そうだな」


 夏目がいけしゃあしゃあと言いやがる。


「え……てか、全部こっち持ちなのかよ!?」


「経費とかで落とせないんですか? あっ、タンとカルビ二人前追加でお願いします」


「ちょっ、人が話してる隙に!?」


 店員は呼び止める暇もなく他のテーブルへ御用伺いに行ってしまった。

 すると、夏目はこちらに流し目を向けると、


「彼岸くんの、ちょっといいとこ見てみたい」


「「それ、お肉♪ お肉♪ お肉♪ お肉♪ お肉♪」」


 朝比奈も汐山もコールしだす始末。


「なんで打ち合わせしたかのように息ピッタリなんだよっ!?」



 夜食も食べ終わり天王寺の駅前で汐山と分かれて、みながみなそれぞれの帰路に着く。


 僕は自室へと帰ってテーブルの上に作業用の可変型コンパーチプルノートパソコンを起動させ、担当にメールする。


 掲題--小説の改稿について。


 先日提出した2稿を、書き直したいという連絡だ。担当に言われた通り全体的に書き直す必要があるだろう。


 大幅な工事と時間が必要になるだろう。


 いつになるかは分からないがこの作品をつぎはぎの縫い目だらけの作品ではなく僕自身を通した作品として書いていかなければならない。


 朝比奈という10年後の世界で憧れていた存在と出会ってどんなプロでも誰もがみな初めは初心者なのだということを実感した。

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