第311話 仲間たちに迎え入れられた。

 廃工場を出ると、夜だというのに周りは物凄い騒ぎとなっていた。

 警ら隊の馬車がこれでもかという程並び、『私を誰だと思っている!!』と叫ぶ誰かの悲痛な叫びとかが聞こえてきていた。

 ニコラと手を繋ぎながら、警部に連れられ門を出る。後ろから、アレクとベネディクトが歩きながらついてきていた。


 門を越えてすぐ。そこで待っていたであろう、クロエとマティルダ、ドン、そしてサミュエルが走り寄ってきた。

 ドンが真っ先にニコラに抱きついてきて、その上からクロエが、私ごと抱き締めてくる。最後にマティルダが全部を抱き抱えるように覆い被さってきた。

「お前、バカ過ぎる。……バカ過ぎるッ……」

 ドンが、ニコラの肩に顔を埋めながら、モゴモゴとそう呟く。ドン、ニコラの事、心配してくれてんだ。

 ありがとう。ニコラに心を開いてくれてるんだ。嬉しいよ。

「良かった。本当に良かった。ご無事で良かった……」

 呪文のようにそう繰り返すクロエ。

「心配した。心配した。心配した」

 マティルダも、同じ言葉を延々と繰り返していた。

「貴女って人は……」

 若干、そんな呆れ声をあげるのはサミュエル。しかし、そう言いつつ、彼の顔は泣きそうになっていた。

「みんな、ありがとう。みんなが諦めずにいてくれたから、今回の事が上手くいきました」

 私が捕まった事により、途中で計画変更を余儀なくされた筈。

 しかも時間がない。私がいつヤバイ目に遭うか分からない。

 彼らは、超特急で調査し、警ら隊──警部とネゴを取り、計画して、そして救出作戦を実行してくれた。


 おかげで、人身売買に関わっていたある程度の人も捕まえられた。

 まぁ、逃げた人間もかなりいると思うけれどね。

 捕まっていた人たちも、救い出す事ができた。今はそれで充分。

 それに恐らく──


「良かったな」

 そんな言葉を発しながら近寄って来たのは──ディミトリだった。今までどこにいたのやら。

 彼が姿を現しても、アレクを始め、マティルダやクロエの様子は変わらない。

 なるほど、やっぱりそういう事だったんだ。

「三重スパイ、お疲れ様でした」

 私がそう笑いかけると、ディミトリは大げさに肩をすくませてみせた。

「言っとくけど、お前が捕まった後、今後の動きを相談しに行った時のコイツら、俺の事マジで八つ裂きにしようとしてきたからな」

 そうゲンナリとした顔になるディミトリに、クロエが口元を手で覆いながらコロコロと笑いかける。

「当たり前ですわ。三重スパイとしてこちらにも手の内を見せていなかったのは仕方ないにしても……まさかセレーネ様自身を作戦のおとりに使うなど。セレーネ様に何かあったら、生きたままアレコレしてやるところでしたわ」

 ……笑い方や声は上品で穏やかなんだけど……クロエの殺気もコスティとそう変わらんぞ……それに、アレコレって何。怖いわ。


「仕方ないだろ。散々説明したが……作戦を主導してる人間が捕まるのが、相手を油断させるのに一番効果があるんだよ。お陰で、目的のモン、手に入ったぞ」

 クロエの殺気をかわしながら、ディミトリは懐から紙束を取り出してこちらへと投げてきた。

 私はソレを受け取り視線を落とす。

「ソレが、、だ」

 ディミトリにそう言われて紙をパラパラめくる。

 思わず、笑みをこぼしてしまった。


 なんだ、そうか。そういう事だったのか。


「ありがとうディミトリ。コレで相手の牙城を崩せますね。さすがです」

 私は紙束を抱きしめて、ディミトリにそうに笑顔を向けた。

「これで、俺の事、信じられるようになったか?」

 ディミトリが苦笑を私に向けて来たので、私はコックリと頷く。

「ハイ。疑ってしまい、申し訳ありませんでした」

 私はそう言い、彼に向かって改めて頭をさげた。


 私が、ディミトリの裏切りを警戒していた事を、ディミトリ自身も気づいてたんだ。それをなんとかする為に行ったのが、この三重スパイ。

 確かに危ない目にも遭ったけれど、ある程度彼が敵を牽制けんせいし制御してくれたから、今回はこの程度で済んだんだ。

 彼の裏の働きがなければ、コレほど上手く事は進まなかっただろう。


「……なんだ、それ?」

 ニコラの横に立ったドンが、キョトンとした顔で私を見上げてきた。

「コレは顧客リストです。人身売買組織の、ね」

 私は会心の笑みで、ドンにウィンクを飛ばした。状況が分かっていないドンは、口をへの字に曲げて小首をかしげていた。……可愛いな、オイ。


 人身売買組織の顧客リスト──つまりコレは、ラエルティオス伯爵の、後ろ暗い仲良しリストってこと。

 不思議そうな顔をしているドンとニコラに向かって、私は紙束をバサバサと揺らした。

「人身売買やその組織は、直接ラエルティオス伯爵に繋がりませんでした。

 このままでは、人身売買組織を壊滅させても、あまり意味がない。

 だから考えてたんですよね。

 直接攻撃できないラエルティオス伯爵の牙城を崩す、がないかって。

 そのがコレです」

 私は子供二人から視線をあげ、その場にいる他のメンバーの顔──ベネディクト、クロエ、マティルダ、アレク、サミュエル、そしてディミトリの顔を順々に見ていってニヤリと笑った。

「これで、ラエルティオス伯爵にくみする奴らを、片っ端から脅迫できます」

 私がそうハッキリと言うと

「そういうこと」

 ディミトリがそう同意した。


 証拠が出ない。

 ラエルティオス伯爵に、直接ダメージは食らわせられない。

 ならどうするか。

 彼の周りで彼を持ち上げ、足場を固めてる他のメンバーを、脅迫してこちらへと寝返らせるか、罪を暴露して引き摺り下ろせばいい。

 そうすれば、ラエルティオス伯爵の牙城を少しずつ崩せる。

 彼自身を攻撃できなくとも、彼の足元は崩せる。


 ミハエル卿に最初に会った時の後、私が言った言葉から、ディミトリはこの顧客リストの事を思いついたんだろう。

 そして、行動した。

 敵の手元に私を置き相手を油断させつつ、真意をアレクやクロエたちに伝える。警ら隊を巻き込み、強制捜査&一斉検挙を計画する。

 そして競売の最中、私が大暴れしている間に。

 混乱に乗じて、この顧客リストを盗み出して逃げて来たな。

 オカシイと思ったんだよ。

 大暴れしてる最中、ディミトリの姿が見えなかったから。


「いやぁ。あのコスティとかいうヤツ。お前を殺そうとしてたから焦ったわ。事前の話では、無傷で捕まえていくらの値がつくか見てやりたいって言ってたのに」

 ディミトリが、ハァ〜と盛大なため息を漏らして疲れた顔をする。

「マジで必死だったんだぞ。そのマティルダとかいう女も、ベネディクトとかいうガキも、怪我をしたらお前荒れ狂うだろ?

 疑われないように、ヤツらの方にも致命傷を与えず、こっちに怪我人出さないようにするには……骨が折れたわ」

 ヤレヤレ、といった感じで肩を回すディミトリ。

「次の給金は期待していてください」

 そんな彼に、私はそう言って笑いかけた。


「……話している最中、申し訳ないが、一度署まで同行願えるか。詳しい話を聞きたい」

 今まで、意図してこちらを無視して放置してくれていたであろう、あの警部と呼ばれていた男が声をかけてくる。

「分かりました」

 私は頷いてそちらへと行こうとした。

 が、その肩を、アレクとクロエにガッと掴まれる。

「お前、上着の下、裸」

「いやですわセレーネ様ったら。そのような破廉恥な格好のまま人前へ? ほほほほほ。いい加減になさいませ?」

 ……いやホント、この二人、なんだか似たモノ同士なんだよなぁ。言う言葉は違うけど、二人とも同じ内容の事をほぼ同時に言うんだもん。


「お着替え、持ってきてる。大丈夫だよ。物陰で着替えよう?」

 そんな中、ニコラだけがニコニコしながら、私たちのことを見上げていた。


 ***


 あの後。


 警ら署で状況説明と取り調べ──という名の、実質接待を受けた。

 飛んできた署長が床にメリ込むかと思う程床に平伏ひれふして、どうぞ私が巻き込まれた事は内密に願います、と懇願してきた。

 私は『勿論です』と返答しつつ『その代わりに』と条件を突きつけておいた。


 人身売買の被害者──攫われてきた人達が、帰宅を希望すれば送り届ける事、行くアテがない人たちには、カラマンリス侯爵家主導のもと、全ての人に行き先を案内・提示したり、受け入れ先の世話をする事を約束させた。

 まぁ、署長の一存じゃあ難しいだろうし、警ら隊をそればっかりに使う訳にはいかないから、あくまで警ら隊は『サポート』という位置付けだけど。

 でも、これをする事によって、警ら隊の信頼度が上がる。

『庶民の為にも動いてくれる』という部分を、ここでアピールして街の人から警ら隊への信頼度を回復させないと。街の治安は、まず街の人間たちが警ら隊を信頼する所からだからな。

 ついでに。

 カラマンリス侯爵──ツァニスの名前も出す。

 警ら隊ですら把握しきれなかった人身売買組織をツァニス侯爵の働きにより、壊滅させて治安向上に貢献。

 新聞各社にもそのテイで話を流す。

 これで広告効果はバツグンだ。


 予想通り、というか、なんと言うか。

 捕まえたコスティは逃げたそうだ。

 それにより、警ら隊の何人かが犠牲になったらしい。

「貴女へのメッセージです」

 と手渡された布切れには、血文字で『またろう』と書いてあった。

 やなこった。

 ……と、言いたいところだけれど。

 暗殺者に個人的に目をつけられてしまった。

 今後、四六時中四方八方に注意しなければならないのかと思うと、ため息しか出なかった。

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