第299話 今後の作戦を練る事にした。

「たぶん、真犯人じゃない。あくまでミスリード──身代わりスケープゴートだと思う」

 私は、ミハエル卿の視線、口調、使った言葉のチョイス等を思い出してそう答えた。


「当初私を使者だと思わなかったようだし。犯人と通じてた執事を追い出し、毒を盛られてなおカザウェテス子爵を牢屋にブチ込み、あげくディミトリたちを寝返らせた私を、使者だと思えない方がどうかしてる。

 あれが挑発だとしたら、ちょっと安すぎる」

「そう言う割に、きっちり引っ掛かってなかったか?」

 うるさいなディミトリ。その場では我慢したんだからいいんだよ。

「あれだけの事をやらかしてきた犯人だとしたら、私に安い挑発なんかせず、むしろヨイショして私を調子づかせて、味方なんだと安心させて浮ついた足元をすくうと思う。私ならそうする」

「できるかどうかは別だけどな」

 アレクもウルサイなぁ。

 何この二人、なんか似た者同士みたいな感じなんだけど。もしかして、同族嫌悪なの?


「……違う切り口の、が、欲しいな……」

 私が口元を抑えてそう小さく呟くと、途端に馬車の中に緊張が走る。緊張してるのは、アレクか、ディミトリか。

「……何かって、何だよ」

 私の言葉にツッコミを入れてきたのはディミトリ。彼の顔を見ると、少し渋い表情になっていた。

「うーん。何て言うのかな。

 直接ではなくて、間接的なキッカケになる、何か、なんだよな……」

 そう、ダムの決壊を招くような、小さな、ヒビ──家の崩壊を招く土台のヒビとか、そんなようなモノ。

 そうだな……

「例えば、人身売買組織の、ちょっと上の──連絡係してる人間とか、捕まえられないかな」

 こういう組織のキーは連絡係だ。ソイツを捕まえられれば、上手くすれば連絡方法とかが分かる。そうすれば、成りすましも出来るようになる。連絡相手が誰であるのかも、予想がつけられるようになる。

 そこから、が、ゲット出来るかもしれないし。

 私は二人の反応が見たくて視線を上げた。ディミトリはあきれ顔、アレクは半笑いみたいな顔をしていた。


「……ウチの司令官殿は、危険な事を率先して行うのがお好きなようで」

 わざとらしい溜息をつきつつ、ディミトリはオーバーに肩をすくめながら、そう首を横に振った。


 ***


「本気かよ」

 そう、呆れた顔をしたのは、下宿を訪れたドンだった。

 子供たちが噂する「人食い魔物がいる場所」に、ちょっと行って実体を確かめようと思う、と言った時の反応がソレだった。

 ……なんか、私、最近色んな人に呆れた顔をされる事が多い気がするんだけれど、気のせいか?


 ドンから、実は女の子なんだと聞いた後。

 警戒して私たちの所にはもう来なくなるかと思ったけれど。

 ある日の午前中突然下宿を訪れて、さも何もなかったかのような素振りで「次の仕事の内容、聞いてなかった」とサラリと言って来た。

 その顔は、どこかしら、スッキリとしていた。

 呼び名は勿論「ドン」のまま。孤児の仲間内でもドンを女の子だと知らない子もいるし、どこで女の子だとバレて、さらわれ売られてしまうかも分からないから。

 下宿を訪れたドンは、遠慮なくドカドカと入ってきて、私の部屋の床にドッカリと腰を下ろした。

 まさかドンがまた部屋まで来てくれるとは思っていなかったであろうニコラは、それを見て目ん玉ひんいて驚く。しかし、彼女が我々から贈った靴を履いている事に気が付いて、嬉しそうにニコニコと笑っていた。

 ニコラを様子を横目で見ていたドンが、少しバツの悪そうな顔をしてニコラから視線を外す。耳が真っ赤になっていたので、照れているんだとすぐに分かった。


 そんなドンに、その「人食い魔物がいる場所」についてを詳しく聞いていた。

 床に座った彼女に合わせて私も床に膝をつき、その場に地図を広げて色々指差し確認する。

 最初、地図を見て戸惑っていたドンだったが、脳内で地図と現場を紐づけてイメージできるようになったのか、色々と教えてくれた。


「行きたいなら行けばいいけど……こっちの森側から行った方がいい。逃げる時魔物を巻けるから」

 そう説明してくれるドン。私は彼女の言葉に驚いた。

「って事は、魔物から逃げ切った子がいるんですか?」

 すると、ドンは逆に驚いた顔をして私の顔を見返してきた。

「……オイ、まさか俺らが、見た事もない空想の魔物を怖がってたとか思ってたんかよ」

 そう言ってから、ちょっと憮然ぶぜんとするドン。

 あ、そうか。ですよね。そこまで子供じゃないですよね。すみません。

「人間……だと、俺は思うけど、追いかけられて逃げて来たヤツが魔物だったって言うから、それを信じてやってるだけだ」

 そうだよね。そこを否定する必要まではないもんね。そこは危険なんだと、子供の間で共通認識が取れればいいワケだし。

「日中は誰もいないみたいだけど、どのみち正面からは多分入れない。鉄のオリみたいな門があって、しかもそこは閉じられてて鎖でグルグル巻きにされてる。門も塀も背が高いしな」

「……ドンは、確かめたんですか?」

 まるで、見て来たような口ぶりだ。

 ドンは更に、私に向かって呆れたような顔をした。

「当たり前だろ。怖いってのは、相手の正体が分からないからだ。明るい時に見に行ったんだよ」

 そう言われて、私は思わず笑みが零れる。

 ドン凄い。誰に教わるまでもなく「恐怖」の本質を理解してるんだ。いや、恐怖を乗り越える為に、彼が独自にその答えに到達したのか。

 どのみち凄い!

 彼女は素地がいい。

 ……アティとベルナの、年上の友達に、なってくれないかな。貴族からは見えないものを、彼女はアティたちに教えてくれそうだし。


「……前々から、変だと思ってたんだよ、あそこ。普通ああいう場所って、門とか塀って崩れてたりして、忍び込むスペースがあるハズなのに、石で塞がれてたり板が打ち付けてあったりするから。そういうのって、人を中に入れないようにそうするモンだろ? って事は、中に入れたくない人間がいて、そいつらが中でなんかしてるって事だ。スラムのヤバイ場所も、大概そんな感じだしな」

 ドンは地図の、人攫ひとさらいの拠点となっているであろう場所を指でなぞりながら、そう締めた。

 ……ドン、マジで、凄いな。そこまで想像できるのか。

 彼女は頭がイイ。物事の「そうなってる」の先の「ナゼ」を、誰に教えられるまでもなく考えるクセがついてる。

 彼女が生き残る為に、身を守る為に苦肉の策で身に着けたスキルなのかもしれないけれど。でも、それを持てない人間もいる。大人でも。既に持っているという事が、凄い事だ。

 ホント、アティとベルナの友達に、なってくんないかなぁ……


 そんな事をボンヤリと考えていると、私の背中に声がかかる。

「そこ、動きがあるのは大概夜だ。日中はあまり人の出入りがない」

 その声はディミトリ。私とドンから少し離れた場所で、木製の椅子に逆に座って背もたれを抱きしめながら、地図を遠くから指差していた。

「恐らく日中は、中で監禁してる人間とかの監視をしてる人間しかいないんだろう。だとしたら、連絡係をしてる人間が来るのは、そこに人や物を運び込んだり逆に出したりする、夜間だけだろうな」

 なるほど。

 とすると……運び込む時か連れ出す瞬間を狙う必要があるな。

 そう思い視線を上げる。そして、この場にいる人物たちの顔を順に見ていった。

 ニコラ、勿論NG。クロエ、無理。サミュエル……には、荷が重いだろう。

 だとしたら

「マティルダ、アレク、ディミトリ……あまりそういう事はさせたく無いですが……ベネディクト。そして、私。そのメンバーで行く事になりますね」

 多くはない。

 が、逆に言うと少数精鋭。拉致方法、侵入・脱出経路、監視合図、そして罠等を事前に準備しておけば身軽に動ける。

 ただ……このタイミングでディミトリに裏切られると致命的だ。それはディミトリも理解しているだろう。

 どうしたもんか……

 しかも。

 毎夜毎回、この五人で常に監視するワケにもいかない。

 相手の動きの周期を知りたいな。多数の人間が統率して動く時、そこには必ずリズムが生まれるから。

「ドン。この周辺を遠目からで構いませんので、人の出入りがあるタイミングを調べて欲しいのですが、可能でしょうか?」

 私は、目の前に座るドンに対してそう尋ねる。

 彼女は目をパチクリとさせながら私の顔を見上げてきた。

「今回は危険が伴う調査です。給金は弾みます。が、第一優先は貴女がたの命と安全です。無理ならすぐに退いてください。できますか?」

 そう確認すると、ドンはキョトン顔のまま小さく頷く。

「簡単だよ」

 まぁなんて心強い言葉っ! ちょっとキュンとしちゃうよ!?

 ……違う違う。

 私は心の中を一度落ち着けてから、ドンに向かって笑顔で頷いた。

 勿論、彼女たちだけにお願いする気はない。

「ディミトリたちも別途調査をお願いします。その二つの意見の総合で、今後の動き方を決めたいので」

 ディミトリたちの部隊は、今回の事だけで言うと完全に信頼する事が出来ない。頭っから信じてこのタイミングで裏切られるとヤバイ。

 が、ディミトリはドンたちの事も知ってる。彼らが子供たちを脅迫して、自分達の思うように動かす危険性もある。

 だとすると──


「それでは、そうと決まれば早速お願いします」

 私は床から立ち上がり、膝をパタパタと叩く。ドンも床からひょいっと立ち上がった。

「あ、それでは、いつもの前払いをしますので、一緒に来てください」

 そう言って私はドンの背中を押す。

「今回はオレンジの他にリンゴも手に入ったんですよ。いかがですか?」

 そんな事を話しながら、私はドンを連れて一階へと降りて行った。

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