第251話 娘の願いを聞いた。
「セルギオス。まだかな」
「もうすぐ現れるのではないでしょうか?」
湖の、他の人たちから少し離れた場所、その木陰でソワソワとするアティと、その隣に手を繋いで立つサミュエル。
すっかり男装をし終えた私は、その様子を茂みに隠れながら見ていた。
そろそろいいかな。出てっても。でも、どうやって出ていこう。アティを喜ばせたいけど、どうやって出て行ったら喜んでくれるのか分からない。突然躍り出る? いや、ドン引きだろ。ここは自然と──
……自然と? すでにここにいるのが不自然なのに『自然』ってなんだっけ?
色々悶々と考えていたら、遠くからわざとらしい咳払いが聞こえてきた。
アレはアレクだ。アティ達から少し離れたところ、影から見守ってくれているんだよね。サッサと行けって事ですね。ハイすみません。
私は意を決すると、念のため顔を半分布で隠してから茂みを出る。そして、ゆっくりとアティに近づいて行った。
私の足音に気づいたのか、アティがバッとこちらへと振り返る。すぐさま私の姿に目を留めたアティは、サミュエルの手を振り払ってダッシュでこちらへと走ってきた。
私はその場に膝をついて両腕を広げた。
──ちなみに、今は左腕を固定していない。固定していたら流石に私だとバレてしまうかもしれなかったから。まだ動かすには痛い。しかし、アティの為ならそんなの簡単に我慢できた。
「セルギオス!!」
アティは、遠慮なく広げた私の胸に飛び込んできた。私は彼女の身体を柔らかく抱き留める。
「あいたかった」
アティは、私の首にギュウッと抱き着きながらそう呟いた。私もアティの頭に頬を擦りつける。
「私もだよアティ。元気にしていた?」
しかも、アティはセルギオスをヒーローだと思って慕ってくれている。それが本当に嬉しかった。男装してて良かった!!
「セレーネに聞いたよ。私にお願いしたい事があるんだって?」
アティの身体からやんわりと手を離した私は、そうアティに問いかけてみる。
すると、アティはキラッキラさせつつ、潤んだ目で私の顔を見上げてきた。
なっ……何!? その顔!! ちょっと、これは、えぇ!? 何この顔!! こんな顔見たことない!!
「あのね。セルギオスにいいたいことがあるの」
アティの声に、なんだかドキッとさせられる。なんだろう、言いたい事って。そういえば、アティに『セルギオスに何をお願いしたいの?』って聞いたけど、アティは
私は不安になって、思わずサミュエルの顔を仰ぎ見る。
こちらへと近寄ってきたサミュエルも、首を小さく捻っていた。
「セルギオス、ありがとう。アティをいつもたすけてくれて」
アティは、キラキラした目で私を仰ぎ見つつ、そうお礼を言ってきた。
あ、そうか。そういえば、いつもアティを助けたりしてるけど、お礼を言われた事はなかったな。そのタイミングがなくって。助け終わったら即座にその場から逃げたりしていたし。
そうか、アティ、セルギオスにお礼を言いたかったんだ。
「どういたしまして、アティ」
私は、アティの頭をゆっくりと撫でながらそう返事をした。
アティしっかり者! アティ凄い! アティ天使! アティ完璧な淑女だね!! 誰に言われるワケでもなくちゃんとお礼を言えるなんて凄い事だよアティ!
「それでね、セルギオス」
私の返事に嬉しそうに顔を
ちょっとだけ視線を落とし、少しだけ言葉を切ったのち
「すき。けっこんして」
そう言っ──えええええええええーーーーーーーー!!!
ハァッ!? えっ?! 今なんてったアティ!?
ちょ、え、まっ……ハイィ!?
今、今、アティ、プロポーズしたっ!?
え、待って、もしかして、アティがセルギオスにお願いしたい事って、ソレェ!?
イリアスのお願いを軽く凌駕する無理難題だった!!! マジかアティ!!!
ど、ど、ど、ど、どうしよう!??
私が救いの眼差しでサミュエルに視線を向ける。あ! 視線逸らした!! ちょっと助けてよサミュエル!!
あれ、おかしいな!? アティはサミュエルが好きだったハズなのに。いつの間に!? これはどういう事!? そんなバカな! アティとは数えるぐらいしか会った事ないのに!
……いや、そうか。いつも危機的状況になると、颯爽と現れ助け出してくれて、そして何も言わずに消えるヒーロー。私だったら確かに惚れるわ。しまった。全然その可能性を考えた事なかった。
マジどうしよう。
当然YESなんて言えない。でも、NOと言ったらアティを傷つけてしまいそう。
ええ、もう、どうしよう!?
私は、なんとか顔に出ないように、高速で脳みそを回転させる。今までの人生の中で、一番頭を使った瞬間だったかもしれない。
私は一度だけ小さく深呼吸し、アティの肩に手を置いて、彼女の顔をまっすぐに見た。
「ありがとうアティ。気持ちは嬉しいよ。でもね、私はアティとは結婚できないんだ」
ここは嘘で誤魔化してもダメだ。誠心誠意、アティと向き合う必要がある。だって、アティは誰にでもお願いができる権利を使って、一世一代のプロポーズをしてくれたんだから。
私の言葉に、アティの目が『信じられない』といった感じで見開かれる。ああ、ショックを受けた顔。ごめんね、アティ。
私は胸に小さく痛みを感じながらも、アティを真っすぐ見続けた。そして言葉を続ける。
「アティの事は大好きだよ。でもね、アティの好きと私の好きは、多分種類が違うんだ。私がアティに対して思ってる『好き』は、セレーネやツァニス様がアティを好きだと思うのと同じ『好き』なんだ。だから、結婚できないんだ。
ごめんね、アティ」
そう言いつつも、多分今のアティには意味が通じない事は分かっていた。
だから、アティを失恋させてしまう事も、理解できた。
ああ、くっそう。アティにこんな思いを自分がさせる事になろうとは。
セルギオスからNOと言われた事に気づいたのか、アティの顔がふよふよと崩れていく。眉毛は八の字になり、大きな
あー!!! 泣かせたァ! アティを泣かせたァ!! 最悪! ホント最悪!! アティの初失恋の相手が自分ってどういう拷問だよコンチキショウ!!!
胸が痛い! マジで胸が痛い!! これが男装という嘘をついた私への報いか! ああ、軽蔑と絶対零度の視線で私を見下すマギーの姿が脳裏に浮かぶ!! 私マギーに刺されるんちゃう?!
「もういい!」
顔を真っ赤にしてそう吐き捨てたアティが、私の手を振り切って走り出す。──誰もいない方向、森の中へと。
「アティ様!」
「そっちへ行っちゃだめだよアティ!」
その後を、サミュエルと私で追いかけた。
アティ足早い! 日ごろから運動させてるからかな!?
アティは掻き分けられた茂みの間を通り抜けようとする。
──ん? なんだ、あの不自然な通り道。ああ、獣道か。アティの視線の高さだと、ちょうど道に見えるのかもしれない。
いや、それにしても不自然すぎる。獣道ならもっとこう──
そうか! しまった!!
「アティ! 止まって!!」
私は顔を腕でガードし、前にいたサミュエルの横をダッシュですり抜け追い越す。茂みを飛び越え、木の枝を腕で払いのけ、アティの元へと全速力で走った。
アティの前には、森の中にぽかっりとあいた空間。そこへ続く不自然な獣道。おそらくそこに出る直前に──やっぱり!!
「あっ」
アティが小さな声をあげる。
アティのちょうど胸のあたりに引っかかったワイヤーが、地面へと落ちるのが見えた。
間に合え!!!
私は両手を突き出して前に飛び込んだ。
そして、アティの身体を突き飛ばす。
と、ほぼ同時に。
ドスッという鈍い音が、身体を通して聞こえた気がした。
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