本編

第234話 春の試練を与えた。

 薪が爆ぜる暖炉の前。

 その前に置いた椅子に暖炉を背にして腰掛け足を組み、私は目の前に居並ぶ者達の顔をゆっくりと視線で舐めていく。

 私から伸びた長い影が、居並び座る者たちにかかっていた。

 彼らから見ると、私は逆光で表情を窺い知るのは難しいだろう。


「よくぞここまで辿り着いた」


 不敵な笑みを浮かべて、ゆっくり抑えた声でそう呟く。居並ぶ者達は、私がいる場所の前に敷かれた毛足の長いラグの上に座り、一部の者達を除いて真剣な眼差しで私を見上げてきた。


 ここは娯楽室。暖炉の前の私と、その前に並ぶ者達。

 他の人間達は、娯楽室の他の場所に用意されたカウチやソファに座ったり、壁際に並んだりしていた。その者達は、こちらの様子をジッと見守っていたり、顔を背けて肩を震わせたりしている。

 引かれたカーテンの向こうはトップリと暮れた夜。微かな風が窓ガラスを叩いていた。


 雰囲気最高。

 私はゆっくりと組んだ足を解き、両手を膝の上に置いて、目の前に居並ぶ者達の顔を見て、薄く微笑んだ。

「第一部の最後の試練を発表する。

 ふふ……果たしてお前達に、その試練を乗り越える事が出来るかな……?」

 たっぷりと時間をかけ、そうゆっくり語ると、居並ぶ者の一人──十三・四歳の少年が、冷めた目で私を見返してきた。

「前置き、長い」

 その少年──ベネディクトは、若干飽きたような顔でゲンナリとそう溢した。同意の意味なのか、イリアスがため息。ニコラは苦笑いしたまんまだった。


 雰囲気台無しー!!

 そういう不満は心の中だけで呟いて!

「はははは。ベネディクトはまだまだ修行が足りないですねぇ。こういう事はこうやって溜めてゆっくり喋った方が雰囲気が出るんですよ。妹を見てみなさい。食い気味な姿勢ではないですか」

 口調は変えず、雰囲気と威厳を保ったままベネディクトに反論した。

 言われたベネディクトは、眉毛を下げてかたわらにいる妹──ベルナを横目で見る。

 ベルナは手に汗握ったような真剣な眼差しで私の事を見ていた。

 ほうら! この方が雰囲気あっていいんだって! 他の、エリックやアティ、ゼノも真剣でしょ?!

「水を差すのは後からにしましょう。はははは。後で不満はちゃんと聞きますから、今は乗って下さいね」

 物々しい言い方でそう言うと、ベネディクトは微妙な顔をしてから小さく頷いた。


 よし、気を取り直して!

 私は椅子にわざとらしく踏ん反り返って腕組みをし、居並ぶ者達──アティとゼノとニコラ、エリックとイリアス、そしてベルナとベネディクトに視線を落とす。

「さぁて勇者達よ。私が課した最初の試練の結果は持ってきたか?」

 私が大仰にそう言うと、キリッとした顔のエリック、アティ、ベルナが手にした大きさがまちまちな箱を私の前に差し出してきた。


 私はゆっくりとした動きで、まずはエリックとイリアスの方を見る。

「では、チーム『ドラゴン騎士団』。箱を開けなさい」

 私のその言葉に、エリックは箱を開け──ようとして、蝶番側をグイグイと引っ張って開けようとする。エリック逆や。封印が! って顔すんな。されてねぇよ。イチイチ萌えさせないでくれないかなエリックめ。

 イリアスがすぐに『こっちからだよエリック』と助け舟を出して、ようやく箱を開いた。

 その中には、一本の万年筆が入っていた。

『おおっ!』と感嘆の声を上げるエリック。……いや、前にも見てる筈だよ。もう、この雰囲気に乗ってくれるエリック大好きっ!!


「さて、次はチーム『ワンちゃん』。箱を開けなさい」

 私のその言葉を受けて、箱を持ったアティが箱の蓋をパカリと開ける。アティは至極真剣な表情で、まるでガラス細工を扱うかのようにそぉーっと、その中から階級章を取り出した。イチイチ可愛いな全くもう!!

 ──ちなみに、チーム名『ワンちゃん』。真剣に喋りたいのに、その名前を言う時は気合いを入れないと笑いそうになる。仕方ないじゃん、アティがチーム名それがいいって言ったんだもん。ニコラとゼノも拒否しなかったし。するワケもないんだけどさ。

 アティとニコラ、ゼノは箱の中から階級章を取り出して、クルクル回しながら眺めていた。


「そして最後。チーム『お兄ちゃんGO』。箱を開けなさい」

 私が、笑わないように全身の力を腹筋に込めてそう言うと、ベルナが箱を私へと掲げた。いや、開けるんだって。私が箱を開けるよう目配せするが、ベルナはキリッとした顔で箱を掲げるだけ。ええとどうしよう。

「……はははは。えーと、ベネディクト、箱を開けてあげて下さい」

 そうベネディクトに助け舟を希望すると、ちょっと面倒くさそうな顔をしたベネディクトが、ベルナの持った箱を開けてあげた。

 中には小さな本が一冊入っていた。

 因みにチーム名はベルナ考案。ベルナ……ネーミングセンスが、その、独特だよね。うん、大丈夫、嫌いじゃないよ? そういうの。

 ベネディクトに本当にそれでいいのかって聞いたら『別に』とアッサリ返事された。考えんの面倒って顔してたぞ!!


「さて勇者達よ。試練はその箱に入った物の持ち主を特定し、その人に渡す事だ。

 その物から持ち主を推理しなさい」

 私が挑戦的な視線を向けると、子供達は困惑した顔をする。

 私は右手の指をピシリと一本立てて子供達に見せつけた。

「ただし。渡すチャンスは一回だ。間違えたら……ふふふ。恐ろしきこの私、魔王がペナルティを与える。せいぜい間違えないようにな」

 私がニヤァっと笑うと、壁際に立っていたサミュエルがブフッと吹き出す。コラ! 笑うの我慢して!! 釣られる!! こっちは笑わないよう頑張ってんだから!!!

 ホラ! 釣られた他の家人達が顔を抑えてプルプルしてる! 全くもうっ!!


「しかし、私は慈悲深き魔王。お前たち勇者に試練をクリアする為の手段を与えよう。

 その物の持ち主のヒントとなるような事を、大人一人につき一回、五人まで聞いて良い。ただし、直接的に持ち主を聞いてはダメだぞ」

 私がそう言うと、アティたちの表情が輝く。か・わ・い・い! キラキラした目が零れ落ちそうやぞ!!


「大人たちも。伝えるのはヒントである事。

 特にそこの──」

 私は、一人一番危険そうな人物をジロリと睨め付ける。

 肩をビクリと震わせたのはルーカス──アティの護衛くん。

「ルーカス。アティに可愛く懇願されても、答えを言わない事。いいな」

 私がそう釘を刺すと、ルーカスは慌ててコクコクと激しく頷いた。

 アティに可愛くお願いされたら、ウッカリ答え言いそうだからな! 気をつけろよルーカス!! 私なら速攻で答えちゃいそうだしな!!!


「期限は三日間だ。それまでに持ち主を特定出来ない場合には──ふふふふ。さぁて、可愛い勇者たちをどう料理してやろうかねぇ」

 私はニッタリ笑ってスルリと顎を撫でる。

 エリック、アティ、ベルナ、そしてゼノが、ゴクリと喉を鳴らした。堪んないねその真剣な表情っ! やり甲斐あるわ!!


「ああ、最後に忘れてはいけない事が一つあるぞ」

 私は、酷く真剣な表情をし、前のめりになって子供達を鋭く見据えた。

「それらは、持ち主の大切な物だ。壊したり汚したりしないよう、大切に扱うのだぞ。

 さもないと──」

 私は、一度言葉を切り、少し視線を下げる。

 子供達の表情も真剣みを帯びた。

「……魔王が持ち主からシコタマ怒られる。本当に汚したり壊したりしないように、大切に扱ってね」

 そう半ば本気でお願いした。


「そんな他人の大切な物を、おいそれと遊びで借りる方がどうかしてますし、貸す方も貸す方ですね」

 サミュエルの隣に立っていた呆れ顔のマギーに、バッサリとそう切り捨てられた。

 その言葉に、少し離れた所でソファに座りお酒を愉しんでいた獅子伯が、背中を向けたままでゴフッと咳をする。……笑いましたね? 獅子伯。


 ──ここは、メルクーリ辺境伯の別荘。

 去年、紫の花の木の群生を見に訪れた場所だ。

 去年は色々あって群生を見れなかったので、今年の春にリベンジに訪れた。

 今回は、紫の花の木の群生を見せたい子供達は勿論、夫のツァニスの他、アンドレウ公爵夫妻も一緒。勿論、招待主である獅子伯もいらっしゃる。

 しかも、それだけではなく──


「いやぁ、やるなら全力でしょ。じゃないとつまんないしな。な、魔王様?」

 そう私に味方をしてくれたのは、私の斜め後ろに、まるで魔王の参謀のように仁王立ちした男性。


 冬のリゾート地で狩猟部門の管理人をしていた、私の元婚約者──アレクシス、その人まで来ていた。

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