第188話 熊と格闘した。(※暴力表現注意)

 ブガァ!!

 熊が悲鳴のような声を上げて身を捩る。

 なんとか刺さったけど浅すぎる! これじゃあ致命傷どころかかすり傷程度!!

 何度か刺したかったけれど、熊が身体を震わせた勢いで手が外れ、熊の背中から振るい落とされた。


 リビングに転がされたが、わざと自分で転がって距離を取り、身体を跳ね上げて起き上がる。

 熊が、そんな私を殺気を込めた目で睨みつけた。

「狙うなら身体を狙え!!!」

 私がそう叫んだ瞬間、エリックの護衛さんとヴラドがほぼ同時に発砲する。

 鼓膜を破らんばかりの破裂音で、耳がキーンとした。


 目の前にパッと赤い飛沫しぶきが飛ぶ。

 ダメだ! これも浅い!! 心臓から外れてる!!

 激昂げきこうした熊はぶっとい腕をブン回した。

 私は後ろへと飛び退き、エリックの護衛さんはって避けた後、横に転がってテーブルの下へと潜り込む。

 しかし、振り回された腕が、まるで紙を吹き飛ばすかのように、机を吹き飛ばした。

 アカンて!!


 私は腰に差していたもう一本の包丁を思いっきり投げつけた。

 脇の下に刺さったけどやっぱり浅い!!

 包丁を補充しなければと思った瞬間、再度破裂音がして、熊の顔にパッと飛沫しぶきが飛ぶ。

 ヴラドが撃った弾が熊の耳を吹き飛ばした。

 ダメだ! 致命傷じゃない!


 私は視線を素早く巡らせる。

 すると、エリックの護衛が落とした散弾銃が、熊の足元に転がっていた。

 ──やるしかない!!!


 体勢を立て直したエリックの護衛さんが、目にも止まらない居合抜きを繰り出す。

 その瞬間、熊の手が身体から離れて宙を舞った。返す刀が熊の顔の鼻先をかすめる。熊が驚いたのか身体を起こした瞬間、激しい銃声と共に熊の脇腹から血飛沫ちしぶきが飛んだ。

 今がチャンス!

 私は散弾銃の所は走り込んでそれを掴む。

 そのままの勢いで熊のそばを離脱しようとした瞬間、物凄い力でグンっと身体を後ろに引っ張られた。


 理由を考える前に視界が反転して、そのまま背中から床に叩きつけられ呼吸が止まる。受け身が取れず滅茶苦茶痛かったけど、なんとか銃から手は離さなかった。

 しかし。そんな私の視界に、熊の大口が飛び込んできた。


 フラッシュバック。

 身体が硬直した。脳裏に、あの時の光景が蘇る。目の前に散るのは自分の血か。

 食われる──


「セルギオス!!!」

 そんな叫び声と同時に、熊の肩に剣が深々と刺さった。それに怯む熊。

 見覚えのある剣──そこで意識が覚醒する。

 私の剣だ! サミュエル!! ナイスタイミング!!!

 私は熊の口に散弾銃を突っ込んだ。


「消えろ!!!」

 その言葉と共に、私は引き金を引く。

 くぐもった破裂音と共に、熊の頭が半分吹き飛んだ。


 ***


 熊が死んでいるのを確認してから、みんなでなんとか引っ張って玄関から熊の身体を出す。

 もし本当に兄弟であれば、この死体で他の熊は危険を知る。

 もうこのコテージには襲いにこないだろう。……多分。個体差によるかな。


 こんなデカい熊。熊鍋にしたらお腹いっぱい食べられるし、スパイスを擦り込んで柿の木のチップとかで燻製にしたら……美味しいのになぁ……熊ジャーキー……好きなんだけどなァ……

 今はそれどころじゃなから諦めた。


 リビングのブチ破られた窓を、壊されたテーブルの天板を立てかけて、棚で支えてなんとか塞ぐ。

 さて、一度二階のメンバーを安心させたいな。狼煙のろしの様子も確認したいし。

 この熊が使用人たちを襲ったヤツだとしたら、恐らく他の熊もそれほど時間も空けずにまた来るかもしれない。

 屋根の上から様子を伺いたいね。


 私は二階に上がって、アンドレウ夫人の部屋のドアをノック──しようとして、その手がビタリと止まった。


 廊下の向こう、奥の部屋の扉が微かに開いていて、そこから……見覚えのある赤黒い毛で覆われた顔がコンニチワしていた。

 ブブブフという荒い鼻息が聞こえる。


 嘘だろォーーーーー?!


 いつ二階にあがられた?! ヒサシを登られたか?! 下でアレコレバタバタしていたので音を聞き逃したか!!

 私はさっきの熊から回収した包丁を抜き放ち、大きく振り回す。

 でも、ここで大声を出したら、コンニチワしてる熊を刺激して、一気に襲い掛かられかねない。


 私は靴のつま先で、床を叩く。

 ──昔、あのバカ元夫から遊びで教えられた技を、今ここで使う事になるなんて。

 無駄な事など一切ないって事か。

 床を叩くのを何度か繰り返しつつ、熊の目を見つめたまま、ゆっくりジリジリ後ろに下がる。

 熊も、包丁を振り回す私を警戒して、一定の距離を保ちつつゆっくりノッソリと近寄ってきた。


 その時、アンドレウ夫人の部屋から、ガタガタと音がし始めた。

 しまった!! 部屋のノックと勘違いされたか?!

「ドアを開けるな!! すぐそばに熊がいるぞ!!」

 その怒鳴りつけた瞬間、ビクリと身体を震わせた熊が、恐ろしい唸り声を上げて床を蹴った。


「伏せろ!!」

 その声がすぐ背後からした。

 私はその瞬間、床に這いつくばった。

 ガーーーーーーーン!!

 猛烈な破裂音。

 ギャウっ!!

 熊の悲鳴。

 横に転がって壁に張り付きつつ身体を起こすと、そこには猟銃を構えたヴラドさんがいた。

 私の出したヘルプの合図に気づいてくれた! 良かった!! あの元夫バカからメルクーリ辺境部隊間で使われてる合図を教えてもらった時は嬉しかったものの、『ヘルプ』だけだった時には舐め腐りやがってと思ったけどな!!

 彼がコッキングすると同時に、今度はさらに後ろにいたエリックの護衛さんが散弾銃をぶっ放す。

 私は慌てて再度頭を下げて、ヴラドさんの足元までスライディングした。

 二人は交互に撃って互いの隙の時間を埋め合う。

 熊は前面から蜂の巣にされたが、これではまだ即死させられない!


「ちっ!!」

 エリックの護衛さんが、発砲と同時に舌打ちした。

 散弾銃は中折れ式。二発撃ち終わった後の装填に時間がかかる!

 その隙にヴラドさんがぶっ放したが、運悪く熊の頭に当たって跳弾した。


 ガァ!!

 死の危険に怒り狂った熊が両手を振り上げて立ち上がった。

 私はすかさず、持っていた包丁を投げた。

 当たれェ!!!


 ガフッ!!!

 その包丁が、熊の首──顎のすぐ下にクリーンヒットした。

 呼吸が出来なくなった熊が、身体を震わせて包丁を抜こうともがく。

「今のウチに下へ!!」

 ヴラドさんはその言葉とともに、私を立たせようと、二の腕を掴んで引き起こしてくれる。

 なんとか起き上がった私とともに、三人で階段を駆け降りた。


「サミュエル! 窓のバリケードをどかして!!」

 私がそう叫ぶと、階段下で私の剣を抱いていたサミュエルが、剣を放り出して窓の元へと駆け寄る。棚をズラしている間に、今度はヴラドさんが片手で立てかけていた机の天板を倒した。


 私はサミュエルが投げ捨てた剣を拾って振り返る。

 ガブガブと変な声を出しながら、階段上から熊が大暴れしながら姿を現した。

 刺さり方が甘かったか。致命傷ではあるけれど、即死はさせられなかった。

 熊は階段を踏み外してゴロゴロと転がり落ちてきた。


「セルギオス殿! 先に外に!!」

 ヴラドさんが猟銃を構えながら私を促す。

 誰かを残して我先に──は性に合わなかったけれど、足手まといになりたくない。

 私は身を翻し、サミュエルに半ば背中を押されて、窓から外に出た。

 すぐさまサミュエルも外に出てくる。


 先に窓から出てきたのはエリックの護衛さん。

 先に外に出た彼は、すぐさま振り返って窓の中へと銃を差し入れ、ヴラドさんの援護をする。

 その隙にヴラドさんも窓から出てきた。

「ご無事ですか?!」

 私たちの背後に、恐らく先程まで木の上にいた管理組合の人が走り寄ってきた。

 騒ぎを聞きつけたからだろう。

 ……思うところはあったけど、まぁいい。

 ここに銃が三丁ある。これでなんとか対応出来るはずだ。


 窓の向こうでは、熊が荒ぶって大暴れしていた。

 呼吸が出来ずにもがいてるのかも知れない。

 ヴラドさんとエリックの護衛さん、そして管理組合の人間は、窓からある程度距離を取りつつ、窓の中へと発砲を続ける。


 そして次第に、窓の向こうの赤黒い毛玉は動かなくなった。


 なんとかなった……

 二階でコンニチワした時はどうしようかと思ったけど。

 そう、胸を撫で下ろし、生死を確認する為に窓の方へと近寄った瞬間だった。


 倒れていた熊が突然身体を起こして窓に突撃してきた!

 まだ生きてる?!

 私は慌てて後ろへと飛びのこうとしたが、雪に足を取られてその場で尻餅をついてしまった。

 窓から半身乗り出し、必死の様子で腕をブン回す熊。


 鞘に入った剣を盾にして、振り下ろされた熊の手の一撃を防ぐ。左上腕に痛みが走った。クソッ!! 爪が浅くひっかかった!! しかも、もう瀕死で力がない筈なのに一撃がクッソ重い!!

 熊は再度振り上げ、今度は両腕を振り上げた。


 ヤバイ!!

 両腕を叩きつけられたら耐え切れない!!!


 熊が振り下ろしてくる両腕の動きが、酷くゆっくりとして見えた。

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