第181話 浮かれながら話をした。
その問いかけに、一瞬思考が止まる。
なんとか声を絞り出すが
「ち……ちがいますよ?」
ああ! 声がひっくり返って、物凄く嘘クサイ声になっちゃった!!
「再会はたまたまです! アレクシスが入隊した後からの事は知りませんでした!」
言い訳臭い! 言い訳臭いよ!! 事実なのにとっても言い訳臭い!!!
動揺を隠す為にワインを再度飲もうとして、グラスが空である事に気づく。
あわわわ。ええと。あー。ボトルを持つ手が震えるゥー。グラスとぶつかってカチカチ音がァー。
つか、何動揺してんだよ私。
獅子伯の疑問も
旅行先に知り合いがいると知ったら、普通会いに来たと思うよね。
獅子伯はただそれを聞いただけ。他意はない他意はない他意はない。
「婚約は、彼が入隊する時に解消していましたし。彼が怪我をして除隊していた事も知りませんでした」
知っておきたかった、とは少し思うけど、でもアレクの人生だし。もう私とは道が分かれたんだから、知らせる義務はアレクにはない。
私も、再婚した事をアレクには伝えてないし。
「そうか。本当に偶然だったのだな。
世間とは狭いもんだ」
レアンドロス様が、そう少し苦笑した。
しかし。なんで? レアンドロス様はなんでそんな事聞いたの? 何かある? 何かありそう? あるとしたら何だ? なんだと思う? 知るか!!!
「あの……どうして……」
それを、聞いたの? なんでかなー? どうしてかなー? もしかして、これは墓穴だったりするカナァー?
恐る恐る尋ねてみると、彼は不意に視線を横へと外し左頬の傷を撫でた。
「すまん。余計な
いや、言われてから思い出したのだが、そういえばベッサリオン前伯爵からの推薦で、森林部隊に入った子爵子息がいたな、と」
獅子伯は、指で左頬の傷をなぞる。
「確か推薦状には、孫の婚約者であると書いてあったような覚えがあってな」
お
「それを覚えていたのが、セレーネ殿の事があったからだが。しかし、その『孫』がセレーネ殿の事だとはその時は思わなかった」
ですよね。だってウチには妹がいっぱいいるし。
「それが、今繋がってな。ならば『もしや』と思っただけだ。
いや、本当に余計な
そう言って、最後にレアンドロス様は少し頭を下げた。
「いえ! とんでもない! 別に構いません!」
私は慌てて首を横に振った。
……そりゃ、出先の知り合いが『元婚約者』だったら、なんかあんのかなぁって、思うよね、普通。……ないんだけどね。
「そういえば。会った事は一度しかないが、噂は聞いていたぞ。
森林部隊はもともと精鋭揃いではあったが、彼はその中でも特に射撃の腕が素晴らしかったらしい」
レアンドロス様が、新しいウォッカをボトルからグラスに注ぎながら、そう楽しそうに漏らす。
「森という遮蔽物がある環境下であっても、彼は百発百中だと森林部隊の大佐が興奮していた」
「そうですね。アレクは射撃が得意でした」
確かに。一緒に狩りに出た時のアレクはとてつもなく心強かった。
私が射撃はメッチャ下手だったから余計にそう思うけど。ホント、なんであんな遠くから当たるのか意味が分からなかったね。
だから、アレクがこの場所で猟場の案内人をしてるのは、能力を発揮できてとても良いと思う。客の発砲に合わせて自分も撃ち、まるで客の弾が当たったかのように見せかける接待、たぶんそれが出来る。それは義足であっても能力が落ちる事はないしね。
「彼のせいで、山から獲物が消えるとまで言われていましたよ」
そう笑ってから、私は新しく注いだワインをコクリと一口飲み下す。
本当に、それぐらいアレクの射撃の腕は凄かった。
ああ、そうか。だからお
軍への入隊の時も、むしろその背中を押してたっけ。
……ああ、ついでに思い出しちゃった。
その後、婚約を解消すると付け加えた時の、あのお
苦いを通り越して私を睨み殺しそうな視線だったなぁ。
お
でも、メルクーリ北西辺境部隊にベッサリオンの貴族を出せる事の方が嬉しかったんだろうな。
だから反対しなかった。むしろゴリゴリ推しまくる推薦状まで書いてくれた。
あ、でも婚約解消には納得してなかったから、わざわざ推薦状に『孫の婚約者』って書いたな。無駄な
「……セレーネ殿にも、そんな相手がいたのだな」
そんな呟きが耳に届く。
私が顔を上げると、レアンドロス様が目を細めて私の顔を見ていた。
「そんな相手?」
私は小首を傾げる。
「心を許せる相手、という事だ。セレーネ殿がそんな優し気な表情を向けるのは、子供たちだけだと思っていたぞ」
え? 私、なんか表情動いてた?
「ははっ。自覚ナシか。そうかもしれないな」
レアンドロス様は何故か一度肩をすくめて笑うと、ウォッカをグイっと
「セレーネ殿は、普段誰かと話す時は張り詰めた顔をしているぞ。
まるで油断したら背中から刺されると思っているかのようだ」
そう言われてギクリとする。
思い当たる節があった。メッチャあった。物凄くあった。
誰かと話す時、揚げ足を取られないように、足元をすくわれないようにと、いつも気を配っていた。
ツァニスには、実はまだあんまり油断できていない。彼に色々私から言った手前、下手な態度はすべきではないと思ってるから。それは彼に失礼になると思って。
まあ、マギーとかサミュエルと話す時は、もうあまり気を使ってないけどね。
対外的に話す時──大体そういう時は相手は男性が多いが──そういう場合は、相手が私を論破したい、屈服させたいという意志が透けて見える。
喋る前から私を舐めてかかり──
逆に相手の足元すくってやろうと、耳をそばだてて話を聞いていたし。
……そりゃ張り詰めるわな。ははっ。もっと、気軽に話せる友達欲しィー。
「まあ、最近はいくぶんかその
レヴァンと結婚していた時や、再会したばかりの時のセレーネ殿は、ヤマネコだったな。相手が自分を獲物にしようとしてるのかを見極めようとしていた目だった」
マジで!?
驚く私に構わず、レアンドロス様はははっと快活に笑う。
「まぁそれも仕方のない事か。ベッサリオンを出たセレーネ殿のまわりは敵だらけだったのだろう」
空になったグラスをユラユラと揺らしながら、レアンドロス様はふと焚火の方への視線を移動させた。
「少し、心配していた」
殆ど動かなかったその唇から、小さくそんな声が漏れる。
彼の翡翠色の瞳に、オレンジの炎が写って揺らめいていた。
ぐぅ!!!
おさまれ心臓! 落ち着け脳味噌!! レアンドロス様に他意はないッ!!!
彼は傷だらけの迷子の子猫とか放っておけないタイプだから! そういう目で私を見ていたってだけだからっ!!
私は人妻私は人妻私は人妻私は人妻私は人妻私は人妻……いかん! さっきのマギーの言葉で効果がない!!
クソっ!!
今私は試されてる。試されているんだ。誰にだか知らんが試されている!!
アティ。アティ。アティ。ああ、早く頭皮の匂いを貪り嗅ぎたい!! 吸い尽くして部屋を真空にしてしまいたいッ!!!
「──いや、それも余計な世話だったな」
彼は自嘲気味にそう笑うと、グラスにウォッカを注いですぐグイっと
「セレーネ殿には、沢山の味方がいる。今も、昔も」
そう締めて、グラスを持ってソファから立ち上がった。
「そろそろ戻るか。エリック様が起き出して、俺がいないとまた騒ぎ出すかもしれないしな」
レアンドロス様は顔をクシャリと崩してははっと笑う。
そして手にしたグラスとボトルを持ってキッチンの方へとゆっくりと歩いて行った。
良かった! 耐え抜いた! 私はやったよ!! 勝ったよアティ! 何に勝ったのか良く分からないけど、兎に角何かに勝ったよ!!!
……。
あー。
なんか、そうか。
もう、そろそろ、かもなぁ。
──レアンドロス様とこうして話すのも。
そろそろ……勝ったとか負けたとか、そうやって浮かれるのも終わりにしないとダメだ。
赤子の成長と同じ。育ってしまったら対応を変えないといけない。
いつまでも同じように、ではダメなんだ。
それは、無理なんだ。
私もワインの残りをグイっとあおってソファから立ち上がる。
──と、その時。
ふと、何かが聞こえた気がして窓の方を見た。
……? 今の、なんだ?
「どうした?」
私が立ち上がったまま動かなかったからか、レアンドロス様が声をかけてきた。
「いえ、今、犬の鳴き声のようなものが微かに聞こえた気がして」
聞き覚えがある鳴き方だったような気がする。
犬が何かを警戒している時とか、怖がっている時に鳴く時のような、こちらを不安にさせるような鳴き声。
あれ、でも、聞こえなくなった。
気のせいだったのかな?
「気のせいだったようです」
私は気を取り直して、グラスとボトルを持ってキッチンの方へと行き、簡単な片付けを行った。
レアンドロス様は、私とは入れ違いにリビングに戻って来て暖炉を調整する。
「それでは……おやすみなさい」
暖炉の薪等を調整し終わったレアンドロス様が身体を起こしたと同時に、その背中にそう声をかけた。
「ああ、おやすみ。良い夢を」
レアンドロス様は振り返り、私に眩しそうに細めた目を向けて、そう呟いた。
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