第173話 詰められた。

 偉そうだった男は、ゼノに向かって胸に手を当て頭を少し下げた。なんで少しやねん。ガッツリ下げんかいガッツリ。地面に額付けろコラ。


「そうですな。それは失礼しました。

 ええと、ゼノ? 様。先程は失礼しました。貴方様のベッサリオン伯としての将来のご活躍を期待しておりますぞ」

「……?」

 偉そうな男の謝罪に、レアンドロス様は不思議そうな顔をする。

 ああ、コイツやっぱゼノを私の弟って勘違いしてる。しかも、謝罪してるようで結局なんか嫌味みたいになってんぞ。


 言われたゼノは、眉根を寄せて渋い顔をしている。

 下唇を噛み締めて、俯いて何かを我慢しているかのような顔。

 こんな顔、ゼノにさせたくなかった……クソッ。コイツらマジムカつく。お互いに誤射し合わねぇかな。

「もう二度とセレーネ様の悪口を言わないでくださいっ……」

 握った拳を震えさせながら、ゼノは絞り出すかのような声で返事をした。

 ぐぅっ!! ゼノ! こんな時までっ!! 抱き締めたい! ギュッと抱き締めたい!! 抱き締めたついでにコイツらの顔面に蹴りを叩き込んでやりたいっ!!!


「分かりました。肝に銘じます」

 偉そうだった男が、ムカつく笑顔をゼノに向けた。

 嘘つけコラ。絶対銘じねぇだろうが。


 偉そうな男は、ヴラドに向かっても簡単に頭を下げた。もっとガッツリ、雪に頭埋めるぐらい下げろや。

「貴方も、本当に申し訳ありませんでした。夢中になってしまい、つい。故意ではないのです」

 当たり前だコラ。故意だったらマジもんの殺人未遂じゃボケ。本当に罪悪感ないんだな。この期に及んでまだ『夢中だったから』とか言いやがって。

 それは言い訳にならんと言っただろうがムカつく!!

 ヴラドは、眉毛を下げて微妙に困り笑顔をする。しかし、彼は何も言わなかった。あ、許さないんだ。ソレ正解。もうそれでいいよ。許す必要ないもん。


 思ったような謝罪じゃなかったからだろうな。レアンドロス様は渋い顔をして男たちの事を見ていた。

 謝罪が終わって安堵した表情になった男たちに、レアンドロス様は再度厳しい表情を向ける。

「相手をよく知らぬ状態で安易な事はしない方が身の為だ。強い相手ほど、最後までそれを振るう瞬間を狙っているのだからな」

 物凄い釘差し。奴ら、レアンドロス様のこの言葉の意味、分かるかなぁ……

 レアンドロス様は、私が本当の爵位と誤射されたのが辺境伯嫡男の護衛である事を隠してるって事言ってるんだけど……そんな具体的な内容は分からないとしても、私がそういう問答無用の大鉈おおなたを隠してるって、それとなく伝えたけど──

 あ、奴らの顔。意味分かってねぇな。

 アレたぶん、『レアンドロス様が高位の貴族であるって事だよね?』って思ったね。

 バカか……レアンドロス様は自分の事を言ったんじゃないのに……


「本当に申し訳ありませんでした」

 偉そうだった男は、レアンドロス様に再度深々と頭を下げ、ついでに年若い男の頭を掴んで無理矢理下げさせる。

 申し訳なさそうな素振りをみせつつ、身を翻してゆっくりと歩いて私たちから離れて行った。

 ……この期に及んでまたレアンドロス様に。ホント、コイツら反省してねぇし、レアンドロス様の言葉の意味理解を理解しようともしてねぇな。

 あームカつく!!!


 アレクも、こちらにペコリと頭を下げて、男たちの後をヒョコヒョコとついて行った。

 その後ろ姿を、私は微妙な気持ちで見送った。


「さて」

 男たちが去った後を見送ったレアンドロス様が、気を取り直したように言う。

「ヴラド、少し腰を浮かせられるか?」

 レアンドロス様の言葉に、ヴラドは腕と無事な足で体を支えて腰を浮かせた。

 その浮いた腰の下に、レアンドロス様がソリ型の担架を滑り込ませる。

 私も、ヴラドがソリの上に安定して座れるように手を貸した。

「ヨシ」

 無事、ヴラドを担架の上に乗せた所で、レアンドロス様がソリを引く為の綱を肩に襷掛たすきがけにする。

 ……え?! レアンドロス様が引くの?!

 私は慌てて、レアンドロス様をサポート出来るようにソリの後ろ側に回った。


 そのままソリを引こうとしたレアンドロス様は、何かに気づいたように動きを止めて、ゆるりと振り返った。

「セレーネ殿」

 ギクッ!!

「貴女にも言いたい事が山ほどある」

 ニッコリと微笑んだレアンドロス様。先程のような敵意はなかったけど、潰されそうな圧力を感じた。

「え……何ですか?」

 私は何もしていませんという顔で、サッと視線を逸らす。

「ははは。見えてないとでも思っていたのか? 遠目でもハッキリと見てとれたぞ」

 グゥっ!! もしかして?! 見られてた?!

「まぁ、今はまずヴラドだ。

 セレーネ殿との話はその後に。覚悟しておくように」

 ブッスリと釘を脳天からブッ刺された……

「ハイ、分かりました……」

 私は、ヴラドが乗ったソリを後ろから押しつつ、この後の事を考えて気が重くなるのだった。


 ***


「銃口を向けられて、逆に相手にナイフを突きつけたそうだな」

「はい……」

「その後に、その場の全員に銃口を向けられたのか。見えたぞ」

「はい……」

「万が一の事を考えなかったのか」

「はい、すみません……」

「しかも、多勢に無勢の状態で」

「はい、すみません……」

「冬休みぐらい自重するという事が出来ないのか」

「はい、すみません……」

「本当に……命がいくらあっても足りないぞ」

「はい、すみません……」


 コテージの暖炉の前にて。

 ソファに座って膝に肘を置き、緩く手を組んだレアンドロス様の前で、毛皮のラグの上で正座した私は、ひたすら彼に詰められていた。


 反対側のソファにはアンドレウ夫人が座ってる。エリックと、アティを膝の上に乗せたニコラを両側にはべらせて、この様子を見守っていた。

 ゼノはレアンドロス様の隣に座って、私とレアンドロス様をアワアワとしながら交互に見てる。

 レアンドロス様の後ろ側に立ったマギーとイリアスが、笑いが堪えきれないというニヤニヤ顔で私の事を見下ろしてるし。くっそ。

 サミュエルはその隣で、苦い顔をしていた。

 他の家人たちも部屋の隅に並んで立ち、こちらをハラハラとした目で見守ってる。


 ちなみにヴラドは、既に家人たちの部屋で休んでいた。

 このリゾートには医者が駐屯しており、その人によって弾丸の摘出手術は無事終わった。幸い、太い血管や動脈は逸れていた為、傷自体は深くなく済んだ。今は薬を飲んで体を休めている。冬だけど感染症が怖い。問題なく傷が回復するといいな。


 レアンドロス様は、頭が痛そうな顔をして左頬の傷を指でなぞった。

「身分を隠したいという理由は分かった。

 確かにセレーネ殿の言い分も理解できる。

 例えば先程のような事は、誤射の件を除けば、恐らく爵位を知られていたら起こらなかっただろう。

 ゼノにとっても『あんな人間もいる』という良い教訓になった」

「ですよね?」

「しかし相手は、爵位を笠に着て怪我人と女子供達ばかりだと侮るヤツらだったのだろう? しかも猟銃を手にして気が大きくなっていた。

 そんな相手に正面からぶつかってどうするのだ。撃たれなくとも、殴られたかもしれないぞ」

「そしたら二発殴り返します」

「……今は反省をうながしているのだが?」

「はい、すみません……」

「セレーネ殿には不本意かもしれないが、先々の事を考えて、ああいう場では正体を明かした方が、不要な争いは避けられる。

 それも戦略の一つだぞ」

「……」

「納得できないか」

 返事をしない私に、レアンドロス様が困惑した顔を向けて頭をガリガリ掻いた。


 獅子伯の言いたい事も分かる。

 私は一人じゃなかった。あの場には、怪我をしたヴラドとゼノが残ってた。

 私がアレコレしてしまったら、二人にも危険が及ぶ可能性もあった。

 私自身の危険は自己責任だけど、ゼノへの責任も私は持っていた。

 彼はその事を言ってる。

 でも──


「お言葉ですが」

 私は、真摯な目でレアンドロス様を見上げて口を開いた。

「爵位を振りかざしてしまった場合、彼らは爵位にこうべを垂れるだけで、私が何に怒っているかが伝わりません。

 私は彼らに、自分達が何をして何がダメだったのかを知らしめる事により、二度と同じ事をして欲しくなかったのです。

 そうでなければ、もう外で子供達と遊ぶ事も出来なくなってしまいます」


 話しても通じない人間がいる事を、色々散々な目に遭って、もうウンザリする程理解してる。

 でも、最初から諦めてしまったら、相手が話が出来る相手かどうか分からないし。

 言って伝われば僥倖ぎょうこう、そうでなけばそれなりの対応をする、その手間は惜しみたくなかった。

 ま、確かにそれで余計にゼノが傷つけられてしまったワケだけど……


「あの者たちは言わなければ同じ事を繰り返します。それは避けたかったのです。

 せっかくの冬休みのリゾート地で、誤射を恐れて家の中だけで遊ぶなんて、勿体ない」

 私の言い訳に、レアンドロス様がこれ以上ないほど渋い顔をして黙ってしまった。

 その場に、微妙な沈黙が流れる。


 暖炉の薪がぜる音がしたのち、沈黙を破ったのは、なんとアンドレウ夫人だった。

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