本編

第157話 冬休みに遊びに来た。

 辺り一面の白銀の世界。

 空は薄い水色で遠いけれど晴れ渡っており、雪に反射した光が目に痛い。

 葉がすっかり落ち切った木々が寒々しいが、張り付いた雪や垂れ下がるツララに光が当たり、キラキラと輝いていた。


「っだぁ!!」

 エリックが、そんな気合の声とともに雪玉を投げて来た。

 毛糸の帽子に革と毛皮のコートを着込み、マフラーを首に巻いた完全防備のエリックの雪玉は、物凄い勢いでエリックのすぐ足元にべしょっと突き刺さる。

「なんでだっ!?」

 自分が下手なだけなのに、そう言って地団太を踏むエリックに

「スキあり!」

 私は容赦なく(でも手加減して)柔らかく握った雪玉を投げつけた。

 しかしそれは当たらず、エリックの足元にぶつかって砕けた。ま、わざと外したんだけどね。わざとだよ。わざとだってば。


「ゼノ!!」

 半ば八つ当たりのようにゼノの名前を呼んだエリック。そばに立つゼノは苦笑いしながら、作った雪玉をエリックへと手渡した。

「ってぇ!!」

 再度エリックが思いっきり振りかぶって投げた雪玉は、今度は真上に飛んだあげく、ぼたっと後ろに落っこちた。逆にすげぇよ。どう投げたらそうなるんだよ。

「どうしてだっ!?」

「エリック様、投げる時に手を放すタイミングがね……」

 ゼノが笑いを噛み殺しながらも、エリックに雪玉の投げ方をレクチャーしていた。

 微笑まし過ぎる。なんなのあの尊い光景は。


 そう思わずその光景に目尻を下げていた時だった。

「ふふ。セレーネ、背中ガラ空き」

 何っ!? 私の背後をとっただと!?

 声に驚いて振り返ると、そこにはニヤリと黒く笑ったイリアスが雪玉を装備した姿で立っていた。

 彼が腕を振るのとほぼ同時に、私は横へと飛んでなんとかそれを避ける。

 しかし、飛んだ先──木の陰の所で

「セレーネ様。待ってた」

 ニッコリほほ笑んだニコラが、ちょっと大きな雪玉を両手に抱えて待ち構えていた。

「あ!」

 雪に手を取られて起き上がれない間に、頭からその雪玉を食らう私。

 ちょっ!! 雪玉でかすぎない!? 痛くないけど、冷たさで顔痛いって!!


「はいセレーネ様アウトです」

 そうピシャリと言い放ったのは、コテージのポーチのチェアに腰掛けたマギーだった。

「くっ……無念!」

 私は顔や頭にくっついた雪を払って立ち上がる。

 やるやん、ニコラとイリアスの連携プレー。悔しい!

「ルーカス! あとはよろしく!!」

 私は残った味方の名前を呼ぶ。

 すると、少し離れた場所にある木の陰から

「セレーネ様! 貴女のカタキは私が必ず!」

 と、ルーカス──アティの護衛くんがぴょこっと顔を出して叫んだ。

 ああ! もう! 返事しなくていいのにっ!

「ルーカス!!」

 その木の前で雪玉を両手に持って待ち構えていたアティが、その隙を見逃さず雪玉を投げる。

 急いで木の陰に隠れようとしたルーカスの肩に、アティの放った雪玉がクリーンヒットした。


「はい、ルーカスアウト。大人チーム全滅ー。子供チームの勝利ー」

 マギーがチェアから立ち上げって、パンパンと手を叩いて戦いの終わりを宣言した。


「やったー!」

 顔を真っ赤にして飛び上がるエリック。お前、誰にもヒットさせられてねぇじゃん。

「よかったねエリック様」

 そんなフォローにまわるゼノ。お兄ちゃんの貫禄が申し分なさすぎる!

「アティがね! ルーカスたおしたんだよっ!!」

 手をパタパタさせて喜ぶアティに

「お強かったです、アティ様」

 終始顔がニヤけっぱなしのルーカスが膝をついた。

「セレーネって、一番乗り気だった割には投げるの下手だよね」

 負けた私にそう追い打ちをかけてくるのはイリアス。いいじゃん。下手の横好きじゃ悪いか。ナイフなら外さないんだけどなぁ……なんでだろう?

「楽しかった」

 ほくほく顔でそう呟くのはニコラ。真っ赤なホッペタで満面の笑みが超絶可愛い。


「久々、童心に帰りました」

 そう呟いたのは、ポーチに上がる階段の所に腰掛けたサミュエルだった。

 そんな事言って。一番最初にゼノからの雪玉を顔面にクリーンヒットさせ、開戦早々脱落したのは誰だったかなァー? ま、だとしても楽しかったんだろうな。珍しく柔和な笑顔でいるし。

 ちなみにぶつけたゼノは、まさか顔面にそのまんまヒットすると思わなかったのか、当たった瞬間にアワアワと謝ってた。そういう所がホント、ゼノらしい。


 ここはコンドミニアムがある冬のリゾート地。

 村全体が冬のリゾート地として、猟場やスキー等を楽しめる場所になっている。


 この世界は前世の頃生きた日本と同じように、冬に年末年始がある。

 ただし、屋敷によって風習が違くって、その年末年始に合わせて家人たちに休みを取らせる屋敷もあれば、春から初夏までに休みを取らせる屋敷、夏いっぱいの屋敷、秋頃の屋敷もある。

 カラマンリス侯爵家とアンドレウ公爵家は年末年始と夏に休みがあるタイプだった。

 その間、カラマンリス侯爵──夫のツァニスは、仕事とか色々の為に領地に戻る。アンドレウ公爵家も同じみたい? そっちはあんまり突っ込んで聞かなかったけど。


 普段、エリックやアティは勿論それにくっついて行く事になる。

 しかし今回は私が頼み込んで、領地に帰らなければならないタイミングを、子供たちだけ遅らせてもらった。

 なんでかって。

 遊ぶ為だよ!! 冬ならではの遊びをする為だよッ!!

 このタイミングを逃してたまるかっ!!

 エリックやイリアスも思いっきり遊ばせたいし! だから帰る前のタイミングを狙った。


 今回、アンドレウ公爵もツァニスもいない。彼らは先に領地へと帰っている。

 私、アティ、ゼノ、ニコラ、エリック、イリアス、アンドレウ夫人をはじめ、マギーは勿論、珍しくどうしてもこっちに来たいと言ったサミュエル、アティの護衛であるルーカスと、ゼノの護衛さんなど、それぞれの家の家人たちも来た。

 意外だったのはアンドレウ夫人。勿論誘ったけど、ホントに来てくれるとは。でもどうやら目的はニコラだったみたい。なんか凄い想定外の大荷物で来たんだけど……アレ、何が入ってるの?


 そういえば、別れ際のツァニスはなんだか微妙な顔してたなぁ。

 うん、最近なんとく分かって来たよ。一緒に来たかったんだよね。

 でも仕事あるもんね。ごめんね。

 ツァニスの代わりに私が思う存分アティとキャッキャウフフしてきてあげるからっ!! お土産話沢山持って帰るからねっ!!!


「あっつい」

 頬っぺたを真っ赤にしたエリックが、ハフハフ言いながら首に巻いたマフラーを引っ張る。あ、待てって。首、締まってるって。ひっぱったらダメだって、もう!

 私が慌てて手を伸ばそうとしたが、先に手を貸したのは私ではなくゼノだった。

「そうだね。ちょっと脱ごうか」

 甲斐甲斐しく、エリックの毛糸の帽子を取ってあげて、マフラーを代わりに外してあげるゼノ。こういうところが、ああゼノってお兄ちゃんなんだなって思うよね。世話の焼き方がホント自然。

 わあ、エリック汗だく。金髪が汗でべっとり肌に張り付いていた。

「アティも」

 マギー特製の毛糸の猫耳帽子(超絶可愛い)を取ったアティが、脱いだ帽子をルーカスに手渡す。ちょうど同じタイミングでこちらに近寄ってきたマギーが、ハンカチでアティの額に浮かぶ汗を拭ってあげた。

 マギーの顔がめっちゃ綻んでる。分かる。可愛いよねぇ。

 かくいう私も汗だく。

 イリアスもニコラも、コートの前を開けて涼んでいた。


「じゃあ、一度戻って汗を拭きましょう! 水分補給もしないとね!」

 私は立ち上がって手をパンっと叩いた。

「えー!!」

 不満の声を漏らしたのはエリック。

「アティまだあそびたい」

 同意したのはアティ。

 まったくお子様軍団め! 体力無尽蔵かよ! 絶対途中で電池切れ起こすでしょうがっ!!


 私は少し考え、ニヤリとして二人を見た。

「誰が遊ぶのをやめると言いました? 第二ラウンドはコテージの中ですよ」

 ふふ。こんな事もあろうかと、仕込みはバッチリだ。

「私は、あのコテージの中に……あるお宝を隠しました」

 私は超絶真剣な顔をして、エリックとアティを見つめる。

 それにつられてか、二人が『マジか……』という驚愕の顔になる。もう、その単純さに私は身悶えしそうだよ。

 え、なんでゼノまで『マジか』って顔してんの? 予想外にこっちも可愛いんですけど。

「まぁエリック様たちには少し探すのは難しいかもしれませんねぇ。なにせ、私が本気で隠したんですから」

 私は小さく首を横に振り肩をすくめ、わざと子供たち三人を挑発するような目で見た。

「セレーネ、意外と演技下手だね」

 そんなイリアスのツッコミはキコエナーイ。


「そのお宝の在り処のヒントは……ヴラドさんが知っています」

 その言葉と同時に、私はコテージのポーチの所で、今まで黙ってお茶を飲んでいたヴラド──ゼノの護衛さんの方をチラリと見た。

 すると彼もニヤリと笑って、すくりと立ち上がってコテージの中へと戻ろうとする。

「あ!」

「ぶらどさん!!」

 その後を、エリックとアティ、無言だったけどゼノが慌てて追いかけ始めた。

「ぶらどヒントおしえろ!」

「ぶらどさんおしえて!」

 私が急かす必要もなく、コテージの中へと入って行ったヴラドを追いかけて、エリックとアティ、そしてゼノもあっさりコテージの中へと戻って行った。


「作戦勝ち」

 いやー。自分の作戦の立て方に眩暈を覚えちゃうね。

 たぶんこうなるんじゃないかなーって思ってたからさ。ゼノの護衛さん──ヴラドに協力をお願いしていたんだよ。ははっ。こんなに上手くいくとは。自分が怖い。


 私がそうやって勝利に酔いしれていると

「何回使えますかね、この手」

「ま、せいぜい一回じゃないかな」

 私の横を、しずしずと通り過ぎたマギーとイリアスが、そんな風にバッサリ斬り捨てた。

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