第156話 秋の終わりが近づいてきた。

 ちょっと言いにくいけど。

 彼の愛情は、流れ弾的だったけとちゃんと受け取った。だから、今の私の気持ちも、一応伝えておかなとね。


「執事たちに啖呵切ったとき、物凄く格好良かったです。

 私を信じてくれた事、とても嬉しかったです。

 前より……ちょっと、貴方の事が好きになってきました」

 実は結構ストイックなところがあるんだな、とかさ、私の為に激高したところとか、ちょっと、いや、結構萌えツボ押されたよね。


 伝えたが──

 ツァニスは、書類に視線を落としたまま

「そうか」

 とだけ呟いた。


 それだけ?

 ま、いいか。何か反応を期待していたワケじゃないし、私は気持ちが伝えられただけでいい。

 だって前に『どうすれば好きになってくれるか』って聞かれたからさ。

 どうすれば、は流石に私自身にも分からないけど、好感度上がったタイミングは伝えておかないとね。乙女ゲームの基本だよ。ま、口頭だけどさ。

 もしかしたら、ツァニスはそんな事、期待してなかったかもしれないけど。

「それでは。あまりご無理をなさらないで下さいね」

 私は最後にそれだけを告げて執務室を出た。

 ちょうど、資料の束を抱えたサミュエルとすれ違う。

 私と入れ違いで部屋に入ったサミュエルが

「失礼します。ちょうど今領地から──ツァニス様?! どうなされたんですか?!」

 そんな声が閉めた扉の向こうから漏れ聞こえてきた。


 ***


 アティ、ゼノ、ニコラを連れて遠乗りに来た。

 お供はルーカスとゼノの護衛さんと、そしてマギー。ツァニスとサミュエルは、仕事が忙しくて今回は来れなかった。


 アティは勿論私の馬で、ニコラはゼノの護衛さんの馬に、マギーはルーカスの馬に乗ってきた。


 よく晴れた空、少し高い所で雲が流れてる。風が少し冷たいが、乗馬で火照る身体にはちょうどいい。あ、でもアティにはコートを着せた。秋風は体温を奪っちゃうから。

 風にさらされたからか、アティの頬っぺたは冷たくなっていたけど、ポッと赤くなってメチャクチャ可愛かった萌える。


 小高い丘の上から、根菜類の収穫が行われてる畑の様子が見えた。家族一族労働者総出での作業は、大変そうだったけど楽しげでもあった。

 一年の成果を見れるタイミングだ。楽しくないわけがない。あー、混ざりたいなァー。

 視線を違う方向に向ければ、今度は色づいた木々が見える。あっちは果実畑だな。

 さらに遠くの山も、赤や黄色に紅葉して綺麗。

 あれが散り始めたら、冬の始まりか。


「きれいねー!!」

 アティが馬の上で万歳する。あぶなっ、と思って彼女の体を手で支えた。

「そうだね綺麗だねー!」

 確かに確かに。この季節にしか見れない特別な光景だよね。

 庭の木々も紅葉してきてるけど、近くで見るより少し離れた所から見たほうが綺麗に見えることもあるし。


 私は、馬上ではしゃぐアティの脳天を見つめながら思った。

 良かれと思ってする事も、全ての人間に同じ速度で届くわけじゃない。

 私も執事たちも、同じようにカラマンリス邸の為と思って行動していた。

 目指す結果は同じ筈だったのに、結果私は執事たちを排斥してしまった。

 この結果はホントは望んでた事じゃない。

 排斥を狙うなら、もっと簡単で楽な道があったし。でも、私にした仕打ちを看過かんかできなかった。それは、違うと思った。


 でも──

 もっとちゃんと説明出来たんじゃないか、もっと歩み寄る事が出来たんじゃないか、もっと穏便に事を運ぶ方法があったんじゃないか。

 考えずにはいられない。


 でも、相手が聞く耳を持ってくれなければ、私がどう心を砕いて時間をかけても伝わらない。

 向こうが意識を変えてくれなければ上手くいかない場合、どうしたらいいのだろうか?

 地道に変化を促すしかないだろうが、そんなの恐ろしく時間がかかる。

 アティの子供時間は短いのに、そんなに悠長にはしてられない。

『聞く耳持ってくれて、やっと改革できるようになりました。でもその前にアティが大人になりました』じゃ、意味がない。


 全てはアティの為だ。カラマンリス邸の空気や居心地を変える為に──アティが安心できる場所にしたくって、やっただけ。よりよい場所に、よりよい場所にしていけるように、したかっただけ。

 自分の為だけならここまでしない。面倒くさい。陰口叩かれつつも勝手気ままに過ごしていたわ。


 私の行動はアティに影響する。

 アティに相手と対話する事を求めるなら、私もそうしなければ。

 でも、話し合いで解決できない時はどうしたらいいんだろうか。

 本来合わない人間からは離れるのがイチバンだけど、離れられない状況だとしたらどうしたら?


 地道に味方を増やしていくしかないのだろうな、やはり。

 聞く耳を持たない人ではなく、持ち得る人を説得していく方が生産的な気がする。

 というか、きっとそれしか出来ない。


 今回は、私は運が良かっただけだ。

 場合によっては、メイドの反発も招いたかもしれない。それを抑え込んでくれたのは、きっとメイド長やクロエやマギー。

 メイド長からも「ペースを落とせ」と言われてたし。

 味方の協力の上に胡座あぐらをかいてちゃいけない。


 アティは私の背中を見てる。ゼノもニコラもそう。マギーやクロエ、メイド長、サミュエルやそしてツァニスも、私の行動に注視してる。


 ──ま、なるようにしかならんな。だって私は私で、私以外にはなれないし、私は聖人君子じゃねぇし。

 ただ、アティの為になる事、そして自分の為の行動しか起こせない。

 他は知らね。

 もし私がアティの害悪になるのであれば、マギーやサミュエルが私を排斥してくれる。

 信じてる。彼らはアティを第一優先にしてくれるって。


 だから、きっと大丈夫。


「アティは、冬は好き?」

 私のその質問に、アティは頑張って首を捻らせて私の顔を見上げる。

 顔に『?』って浮いてる可愛すぎかよっ!!

「私はね、冬が一番好きなんだ」

 容赦ない寒さ、肌を刺す風。重い灰色の曇天に、全てをリセットするかのような白銀と静寂の世界。

 油断していたら確実に、自然に淘汰とうたされる厳しい冬。でもとてつもなく美しい季節。

「こっちは雪が降りますか?」

 私は振り返ってマギーの方を見る。

「ええ。豪雪、というほどではありませんが、降ればある程度は積もりますよ」

 マギーが微笑みながらもそう答えてくれた。

「聞きました?! 雪、積もるって! 雪合戦しましょうね!」

「ゆきがっせん?」

 アティがきゅるんとした顔で聞いてくる。

 ええっ?! アティ雪合戦知らないのっ?!

 あの白熱の雪合戦を?! 冬の外遊びと言ったらスキーとソリと雪合戦じゃないの?!

 除雪と狩りの合間のお楽しみじゃないの?!


「ゼノは知ってますか?」

 私がゼノの方に振り返って尋ねると、ゼノはコクンと頷いた。

 メルクーリは広いから、豪雪地帯とそうじゃない所があるんだけど、やっぱりゼノは知ってたね。良かった。

「ニコラは?」

「うん。時々やるよ。でも、あそこあんまり雪降らないの」

 ああ、そうなんだ。


「じゃあ、雪が降ったら是非雪合戦しましょうね!! 楽しいですよー!」

「やる!」

 私が雪を思い出してはしゃぐと、アティもつられて目をキラキラさせて、私と同じようにテンションを上げてきた。

 あー。妹たちがいればなァー。白熱の紅白戦が繰り広げられたのに。本気だし容赦ないからな、あの子達。

 積雪の上を走り回るのは、足腰の鍛錬にもなるし。寒い時に体を動かした方が効率もいいしね!


 エリックやイリアスも誘って、みんなで雪合戦。

 で、終わったらみんなで温泉に浸かって体温めて、暖炉の前でフカフカのコートにくるまってゲームしたり絵本読んだりして、さ。

 あー。いいなー。楽しみだなぁ。


 ……こうしていられるのも、色んな人の協力が得られて、無事に事が運んだからだな。

 本当に、上手くいって良かった。

 まだまだこれからだけれど。しっかりと確実に一歩ずつ進めていこう。

 なるべく穏便に、なるべくアティの良い手本になれるように。


 秋の景色と冬の話題で盛り上がる子供達の事を見ながら、私はぼんやりとそんな事を考えていた。



 第五章 了

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