悪役令嬢の継母に転生したので娘を幸せにします、絶対に。王子? 騎士? 宰相? そんな権力だけの上っペラな男たちに娘は渡せません。

牧野 麻也

第1話 悪役令嬢の継母でした。

 確信を持ったのは、結婚後だった。


 自分が、乙女ゲームの世界に転生している事を。

 そして、目の前にいる小さく可憐な美少女──結婚相手の連れ子──が、その乙女ゲームで非業の最期を遂げる運命にある、悪役令嬢である事を。


 そして、私はその悪役令嬢の継母ままははになった事を。


 ***


 ぶっちゃけ、転生前の自分の名前なんて覚えていない。

 っていうか、前世の記憶自体そんなに明確に覚えてない。

 今の名前はセレーネ。

 ただのセレーネ。

 結婚した私に前の苗字なんて、どんなに愛着があったとしても、もう名乗る事もないし。かといって新しい苗字も馴染みなんてない。


 生まれて物心ついた時から、既視感デジャヴのようなものはしょっちゅう感じていた。

『きっと未来が見える超能力があるのね私! もしかして選ばれし者!?』

 とか、十代の頃は不思議だと思える状況に酔ったり別の妄想設定を考えたりしていたけれど。

 なんて事はなかった。

 ホントに見覚えがあっただけだったチキショウ。


 前世で自分の事で覚えている事は、子供が欲しくて欲しくてたまらなかった事、でも結婚して色々頑張ったけど子供を生めなかった事。それで色々嫌な目にあってきた事。

 そして、そんな傷ついた心を癒したのは、乙女ゲームだった事だけ。

 自分の事もうろ覚えなのに、なんで乙女ゲームの事を明確に覚えているかというと。心を壊した時に常にその世界に没頭し、その沼で個人メドレーを泳ぐ勢いでドップリ浸かっていたからだ。

 ありがとう乙女ゲーム。愛してる乙女ゲーム。ババアの心に癒しを与えてくれて感謝しかない。


 今といえば。

 貧乏貴族に生まれて、恵まれたのは健康な身体と妄想たぎる脳味噌。そしてしつけと教育。

 ある程度残念ではない容姿のおかげで、お転婆、じゃじゃ馬、暴れ馬、悍馬かんば──なんで例えが馬ばっかやねん──と言われつつも、結婚もできたし。

 貧乏貴族のウチでは、家を継げない娘たちを嫁に出すぐらいしか、大きな現金をGETして領民に楽をさせる方法がないんだから仕方ない。


 私もそこに別に異存はなかった。妹たちが見たこともない男にとつがされるなんて──とさめざめ泣いていたけれど、別に。

 だって、前世の世界とは違って何の権利も持てない女の身で生活するには結婚しかない。貴族の子女であってもそうだ。だから、結婚で衣食住が約束されるだけでも儲けものでしょ。

 まだ家にいた頃は、冬前になると冬ごもりの支度の為に家族総出で狩りに出たもんだ懐かしい。独りで熊と出会った時は死んだと思ったね。


 ま。いくらある程度容姿が残念ではないとはいえ。

 結婚した──が、一回離縁されて出戻ってるけどね!

 まあそこはしょうがないよね。性格の合う合わないは誰にだってあるし。そう、性格の不一致だったんだよ。それは仕方ないよ。

 決して。決して。北方の暴れ馬という異名のせいじゃない。違うもん。


 病弱だった双子の兄が死んだ時、跡を次に継ぐべき弟はまだ生まれたばかりだった。

 だから私が兄の代わりに父の仕事の手伝いをした。それに、女性の姿で王都へ行くとあなどられる事があったので男装したりもしていたっけ。

 ついでに兄の代わりに貴族子息対抗剣術大会に兄と偽って出たりしたかもしれないけど。それは関係ない。ないったら。


 年増の結婚失敗歴あり貧乏伯爵令嬢の私を見初めたのは、奥方を数年前に亡くされたという侯爵だった。どこで見初められたんだか知らないけれど、その話をいただいた時は、家の中が蜂の巣をどつき回したかのような騒ぎになった。

 侯爵様は物好きなのか、熟女好きなのか、ゲテモノ食いなのか、ドMなのか、とか好き放題言ってたな。

 ──ってか、それって間接的に私もディスられてんですけど。もしかして私、家族から嫌われてたん? まだ熟しきってないし。まだピッチピチだし、ピッチピチ。


 私には、侯爵の考えが大体予想できた。

 あの侯爵は国の中枢にかかわる位置にいる。そこらの貴族から新たな嫁を貰おうとしたら権力や利権争いやら云々かんぬん、色々面倒があったのだろう。かといって妻はステータスだ。持たないワケにもいかない。娘しかいないから後継ぎも必要だし。

 だから、権力争いから遠い昔に弾き出されたまま何処にも属さず(貧乏だから何の力もないし)、古い歴史と爵位しか誇れるものがない伯爵家の令嬢が、都合が良かったのだろう。


 私は相手の顔も知らずに嫁に来た。

 相手が誰であろうと興味がなかったから。

 ぶっちゃけ、行き詰った人生に若干腐って諦めモードに入っていたのかも。

 だから当然、再婚相手の前妻の忘れ形見の娘の顔も名前も知らなかった。


 アティ・エウラリア・カラマンリス


 彼女のこのフルネームを聞いた時、私はすぐにピンときた。

 それが、私がやっていた乙女ゲームに出てくる悪役令嬢の名前と同じであり──


 ──乙女ゲームの主人公に、あれやこれやとよくもまぁそんな色んな手が浮かんでくるな、いっそそういう教室でも開いて金儲けでもしたらどうやと思う程、あらゆる嫌がらせをしてきたあげく、どんなエンディングになろうと非業の死を遂げる、その女なのだと。


 ***


 乙女ゲームをしていた時は、悪役令嬢その女はひたすらウザかった。何週もプレイしてたから相手の手の内を全部知ってたし。あしらうのが本当に面倒くさかった。

 プライドばっか高い癖に自己承認欲求が滅茶苦茶強くて、自己愛を拗らせて卑屈ひくつ執拗しつよう。学校の勉強は出来る癖に短絡的たんらくてき刹那的せつなてき。婚約者に依存してて情緒も不安定。

 ホント、身分と見た目ぐらいしか取り柄のない、中身空っぽの女だった。


 でも。


 目の前にいたこの子は──柔らかそうでフワフワなのに絹のような光沢を放つプラチナブロンドの髪、透き通った菫色バイオレットの瞳はこぼれそうな程大きく、縁取る睫はバッサバサ。抜けるような白い肌と上気させてピンクに染まったその頬はモッチモチ。

 侯爵の足にしがみつき、チラチラ私を見上げる姿は、まさに天使。エンジェル。アンジェロ。エンゲル。ティンタン。あとええと。

「あたらしぃ……おかぁさま?」

 やだ。声まで可愛い。

 ここ、天国だった。

 衣食住が確保されてるだけじゃない。

 楽園だった。ユートピア。アルカディア。パラダイス。パライソ。

 え。何。私、こんなエンジェルの母親になれるの? 何のご褒美?


 先がピンクに染まりつつ、桜貝のようなちっちゃくて可愛い爪がついた指先を、そっと私に伸ばしてくるエンジェル。

 その手を見た瞬間、私の脳裏にある言葉が蘇ってくる。


 ──わたくしは誰にも愛されなかった! 父も、継母も、私を拒絶した!! 継母あの女はまだ年端のいかない幼いわたくしの手を叩いて言った、『汚い手で触らないで』と!!!──


 あれは、どのエンディングだったか。

 断罪される悪役令嬢の捨て台詞。


 私は、エンジェルの手をガッチリつかんで引き寄せ、驚く彼女の両脇に手を差し込む。羽のように軽いその身体を一度高く掲げてから、ギュウっと抱きしめて彼女のピンク色のモッチモチの頬っぺたに頬ずりした。


「そうよ! 私が貴女の新しいお母さんよ! 可愛いアティ! 天使のようなアティ! これからずっと一緒にいてね! いっぱい遊んでご本も読んで一緒に寝ましょうね!!」


 そうだよ。

 この子が将来、あの最凶最悪の悪役令嬢になったのは、継母や実の父が冷たくしたからだ。こんなに可愛いのに。物凄く天使なのに。

 確かに悪役令嬢あの女は最後まで好きになれなかったし同情の余地もあんまなかったけど、この子は違う。

 まだ、あの性悪女じゃない。まだ、なってない。


 そうだよ。こんなに可愛いんだから、素直に育てば普通に絶世の美少女になるじゃん。外見完璧なんだから、中身も完璧にすればいいんじゃん!


 それに。

 可愛い。

 単純に可愛い。

 普通に天使。

 こんな子に冷たくできるか?


 いな!!!


 前世での私は子供が欲しかった。子育ての苦労話を聞くと大変そうだけど幸せそうで、羨ましかった。私も笑顔で苦労話をしてみたかった。


 だから、する!

 この世界で! 私は絶世の美少女を育成しちゃう!!

 なんか乙女ゲームとは違うゲームになってる気がするけど気にしない!

 だって私、育成シミュレーションも大好きだったから!



 私の肌に吸い付くモチのような頬っぺたを堪能たんのうしつつ、耳元で聞こえるキャッキャとはしゃぐ彼女の声に、まさに夢心地を味わうのだった。

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