膾を知りて羹に浸る
皮以祝
第1話 新しい朝が来た
朝日のまぶしさで目を覚ます。
光から逃れるように手のひらで目を隠す。
半目になりながら、指の間から覗き見れば、カーテンの隙間から光が漏れ出していた。
今日は講義がある。
起きないと。
朝は太陽の光を浴びると目が覚めるらしい。
メラトニンも夜の正しい時間帯に分泌されるようになるらしい。
そんな風に自分を説得する。
太陽の方を見る。
目が開いているのか自分ではわからない。
前の歩道で騒いでいる小学生たちならわかるかもしれない。
彼らを睨んでるなんて誤解されないといいけど。
誤解……?
「んっ……」
後ろから小さな声。
「……起こしちゃった?」
「……」
「おはよう」
「……ん」
昨日も妹を抱いた。
……ちょっと語弊がある。
抱いて寝た。うん、こっちが正しい。
妹は
2つ下で高校……3年?
今年、受験か。
「……勉強教えようか」
「? 何の話?」
「朝ごはん今から作るから」
「……うん」
芽遊が布団をめくり、体を起こす。
顔をこすりながら、僕を睨んでいた。
「……なんでレースカーテンまで開けてるの」
「朝だから?」
「……」
無言で閉めていた。
正面に高い建物もないし、窓に近づかない限り外から見られることはない。
小さいころ。
中二病だった頃?
ヘリコプターから部屋の中を見られると思ってカーテンを閉め切っていた時があった。
結局母さんに開けられた。
「……焦げそう」
「うん」
芽遊は、朝はご飯派。
あと目玉焼き。
朝はそれだけしか食べない。
毎日それで飽きないのかなと思う。
「できたよ」
「……ありがと」
「成長期なんだから、もっと食べた方がいいよ」
「なに親みたいなこと言ってるの」
「人間でしょ?」
「人のこと言えないでしょ」
「僕は成長期終わったから」
高校を卒業してから一切伸びなかった。
162㎝。
大学2年の平均はどのくらいなのか知らないけど、よく背の高い人とすれ違うから平均より小さいのかもしれない。
「朝ちゃんと食べないと健康に悪い」
「大学生だと結構朝抜いてるひと多いんだよ」
「お兄ちゃんには関係ないでしょ」
「そうだね」
芽遊に言われるまでは朝ごはん食べてなかったんだけど、今ではちゃんと食べるようになった。
自分のためにご飯を盛るのは面倒だから食パンだけど。
「お姉ちゃんも言ってたよ。ちゃんとご飯食べてるか心配って」
「LIMEでも来てたよ。食べてるって返しといた」
「余計心配してたけど」
「心配性だからね」
姉は、
一つ上。
別の大学なので一人暮らしをしているが、距離としてはそこまで。
「そういえば、学祭あるんじゃない?」
「あるけど」
「いつだっけ」
「2週間後」
思ってるより近かったみたい。
真夏に学祭をやるってのは覚えてたんだけど。
「せっかくだし行こうかな」
「ほんとに来るの」
「いかないかなー」
「あっそ」
「そろそろ準備する?」
そろそろ準備した方がいいかもしれない。
このアパートは大学には近いけど、芽遊の通ってる高校はちょっと離れてる。
一緒に登校するほど仲良くないし。
仲は良くないわけじゃないか。
兄と登校するのはかわいそうだし。
「はみがき」
お皿をシンクにおいて、脱衣所の扉を閉めた。
今日は月曜だから、古典と数学、生物と世界史。
カバンに詰めて、ティッシュ減ってる。
ポケットティッシュを入れて、ハンカチ入れて。
特別なものは何も言われてないし、おっけー。
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「いってらっしゃい」
「……いってきます」
芽遊を送り出して。
「お皿洗わないと」
時間置くとご飯の跡が固まるし。
あったかい水使うのガス代かかるし。
自分のならともかく、芽遊の使った食器ならそこまで面倒とも思わないし。
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学校への登校中、僕の妄想の時間だった。
今でもたまにするけれど。
中学生の、いや高校生の時も。
僕は空を飛びたかった。
そういうと飛行機を運転したいとかそういう風に聞こえるけど、そうではなく。
生身一つで飛んでみたかった。
妄想の中だから痛いけど許してほしい。
誰にも話したことはなかったけど、よく考えていた。
あとは、某有名キャラクターみたいに高くジャンプする妄想もした。
上空から辺りの景色はどう見えてるだろうなんて、そんなことを考えていた。
「はよ」
「おはよう」
大学の近くまで来た時、肩を叩かれた。
目の前の、……男は、2年になってから知り合った。
「一年の時ほとんど来なかったからだるいわー」
「そうだね」
「もう2年になって3か月たってるのになー、あ、菱本だ。声かけてくるわ」
「うん」
そう言い残して小走りしていった。
その先で歩いていた男の人の肩を叩いていた。
そういえば、こういう関係をよっ友と言うらしい。
会ったら「よ」って挨拶するからだとか。
大学だとそういう人が増えるらしい。
日差しが暑い。
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僕は自分が真面目だと思う。
こんな風に講義に身は入っていないけれど、小学生の頃から無遅刻無欠席を続けている。
風邪にかかったこともあったような、なかったような。
でも、学力は、どうなんだろ。
ここは地方の国立大学。
偏差値50よりちょっとだけ上だから、平均よりちょっといいのかもしれない。
推薦で入ったから、試験を受けて入ってきた人より頭がいいとは思えないけど。
「今日も暑いなー。昨日寝苦しくなかったか?」
「結構暑かったね」
この人はこの講義でよく隣になる人。
最初が隣の席だったから、そのまま。
「そういえば、この講義って出席三割だよな?」
「たしかそうだね」
「5回休んでも一割減るだけか……」
「そうだね」
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「いらっしゃいませ。何名様ですか?」
「2人ですー」
「自由にお座りください」
「はーい」
現在バイト中。
僕が働いているのは、個人経営の喫茶店。
喫茶店って言うと結構おかたいイメージあるけど、ここはとても緩い。
大学の近くということもあって、学生が多い。
「ご注文が決まりましたらそこのベルを押すか、呼んでお知らせください」
「はーい」
そういえば、元々僕はマスクをしていなかったんだけれど、某ウイルスが流行ったおかげで、おかげっていうとあれかな。
まあ、バイト中でもマスクをするようになりました。
そう、マスク。
飛沫を防ぐ。
そして、顔の半分を覆ってくれる。
つまり、表情を隠せるということ。
そういうと痛々しい気もするけど、実際それが役に立つわけで。
笑顔で接客しなくてもいいということ。
いや、笑顔が苦手とかではないんですよ。
これでも一年の頃からここでバイト続けてきたわけですし、その間は笑顔で接客してきたわけで。
でも、でもですよ?
疲れるんですよ、笑ってるのって。
だって、普通じゃないですよね?
どうです?
道を歩いていて、向こうから笑顔の人が近づいてきたら。
怖いですよねそういうことです。
まあ、それは極端ですし、正確でもないので置いておきましょう。
つまりです、笑わなくていいなら笑わないということです。
だって、相手への気遣い以外で笑う必要なんてないんですよ。
お客さん側も面白いことしてるわけでもないんですから、笑ってる方が異常なんです。
だから、マスクの下は笑ってる必要ないと思うんですよ。
「すみませーん」
「はい。ご注文はお決まりですか?」
「お決まりでーす」
……あれ、慣れで笑ってる……
%%%
「ただいまー」
「……おかえり」
「今作るから待っててね」
「……」
バイトが終わって帰宅。
6時半を少し過ぎたところ。
「たまにはつくってもいいんけど」
「いいのいいの、学生は勉強が本分だよ~」
「お兄ちゃんも学生でしょ」
「そうでした」
休みの内にその週の献立は決めてあるので、迷う必要はない。
本を見ながら、その手順に従っていく。
一時スマホで見てたけど、僕には無理。
料理中、スマホ触れないときあるし、表示されてても字が小さくて見づらいし。
タブレットとかがあれば変わるのかな。
「私、料理できた方がいい気がする」
テーブルに教科書を開いていた芽遊がそんなことを言った。
そして、片付けようとし始めた。
「いきなりどうしたの?」
「もう高校生だよ?」
「大丈夫大丈夫」
「それに女子で一切ご飯作れないって……」
「今はそういうひともいるみたいだから、芽遊はご飯作れる旦那さんを見つければいいんだよ」
「そう言うことを言ってるんじゃない」
どうしたんだろう。
も、もしかして……
「お、おいしくなかった……?」
「今は関係ないでしょ」
「大ありだよ!? え、どう?」
「……おいしいけど」
よかった~。
こんな僕でも料理は頑張った。
だって、おんなじ材料費払うなら、美味しいもの作れた方がいい。
そう思って一年間頑張った。
「じゃなくて、だってそっちの方が楽でしょ?」
「???」
「なんで首傾げてるの分からないけど、お兄ちゃんもバイト終わってからご飯作ってって大変でしょ?」
「いいのいいの」
「よくないのよくないの」
本当に大変じゃない。
だって、かわいい妹のため。
この妹の身体は、僕の料理でできているのだー!!
なんて。
「芽遊は頭いいから、やろうと思えばすぐにできる! だから今やらなくていいんだよ~」
「すぐできるなら今やってもいいでしょ」
「学生の本分は勉強です」
「そればっかりじゃん」
「学生の時間はたくさんあるわけじゃないんだよ? せっかくなんだから楽しまないと」
「だから、人のこと」
「もう十分楽しみました~」
小学校から数えればもう13年。
人生の半分以上は学生。
十分十分。
「教えてくれるくらい、いいじゃん」
「そういう風に言われるとなー……」
かわいい妹の頼みは、聞きたくなっちゃうんですよ。
でも。
「今日はもうできたから、また今度ね」
「……はぁ」
%%%
「ごちそうさま」
「ごちそうさまー」
今日も大変美味しゅうございました。(自画自賛)
「芽遊はお風呂入ってきたら?」
「うん」
バスタオルと着替えを持って、脱衣所に入っていった。
芽遊の食器も持って、シンクに置く。
さっさと洗おう。
今日もシャワーの音が聞こえてくる。
えちちだね、えちち。
でも、兄妹だからセーフ。
%%%
「……あがった」
「じゃあ、入ってこよっかな」
「うん」
ちょっとだけ復習できた。
出たら続きをしよう。
%%%
「……」
「何か興味ある?」
芽遊が講義でとったノートをのぞき込んでいた。
何か興味あるものがあったのかな?
将来有望かも、いや、有望確定!
「別に」
芽遊は布団に寝転がった。
終わりにしよっかな。
軽く読み返してただけだし。
「寝るの?」
「そうしよっかな」
「ん……」
片手で布団を持ち上げて、スペースを作ってくれている。
やさしいでしょ、僕の妹。
誰にもあげない!
今は。
「ふぅ……」
「……」
首に腕を回して、芽遊の頭を胸に抱きよせる。
目の前には、芽遊の頭。
電気を消したからよく見えないけど、ついてたらつむじも見えたはず。
「……すぅ」
「……」
髪に鼻を近づけて、匂いを嗅いだ。
シャンプーの匂い。
「はぁ~~~……」
「……」
「疲れた」
「……今更だけど、そのテンションの変わり方、どうにかならないの」
「無理」
ここは安息の地。
ようやく。
「疲れた、疲れた、疲れた……」
「……」
今日も徒歩で大学に行って、講義を受けて、よくわからない人と話して、バイトに行って、ご飯を食べて、お風呂に入って、復習して……
「大学行きたくない……」
「……」
「何もしたくない……」
「……」
「そもそも外に出なきゃいけないのが間違ってる。外なんて危ないだけだよ。車にひかれるかもしれないし、あのウイルスに感染するかもしれないし」
「……」
「太陽あるしぃぃ……」
芽遊の足に足で触る。
足先がちょっと冷たい。
足の爪……
「最近、爪切った?」
「切ってないかも」
「割れちゃうかもしれないから、切った方がいいよ」
「そうする」
足を絡める。
すべすべで気持ちいい。
「はぁ~~~……」
「……両方くすぐったい」
「あ、ごめん」
足をすりすりしていた。
動かさないようにしないと。
「ようやく帰ってこれた……」
「……ずっと帰ってきてたでしょ」
「布団の中がホームだから……」
あー、あったかい。
「あつくない?」
「……別に」
目を閉じる。
この寝る前の数分。
一番妄想しやすい時間ですよね。
でも、妄想以上がここにはあるので、妄想をすることがなくなった。
なくなってしまった。
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