002 最下層のマグマ地獄は、俺にとっては極楽な温泉だった

 ところで、俺の名はルゥトという。

 

 九九九回死ぬまでは、ただの冴えない冒険者で、職業は一応戦士をやっていた。


 今思えば、精霊様が腱鞘炎になってまで蘇生させて下さった俺の身体には、『累乗』に適する固有魔法が備わっていたのかもしれない。


『左様でございます。ルゥト様は、『倍化』の魔法を持っていました。地力がガンザコなため、あまり役に立たなかったように思えますが』


「ガンザコとか言わないで。……ていうか、今一応生命に危機が訪れている状態なのよね」


『左様。マグマダイブする寸前ですね』


 水色の長髪を払って、麗らかなお顔に慈愛に満ちた笑顔を浮かべて精霊様は答えた。

 

 いや、慈愛に満ちている場合では無いのだよ。


 眼下には、一面にマグマが広がっている。


 超級ダンジョンの最下層に位置するマグマ地獄だろう。


 物凄い勢いで落下していく俺と精霊様は、しかし俺が機転をきかせることで危機的状況を打破できる筈――、


「あ」

『あ』


 無かった。


 すんなりと、呆気なく、俺と精霊様はマグマ海にダイブしたのだった。


 死んだ。

 

 いや、もう死なないということは分かっているのだけれど、それでも流石にマグマにダイブするというのは拷問が過ぎると思うのだが、


「……って、あれ? 程よい温度?」


『さよー、さよー、ああ極楽ですねねぇ』


「氷の精霊様でさえ、ご満悦の様子。これきっと、マグマじゃなくて温泉なんだよ」


『いえ、これはれっきとしたマグマですよ。超級ダンジョンが一区画『ニブルヘイム』より一階層下のフロアは、最下層である『ムスペルヘイム』。正真正銘、灼熱と業火にまみれた最凶最悪の地獄でございます』


「まじか。程よい温度なんだけどな」


『それはあなたが『累乗』で『超・生存状態』――つまり最強にして最上の肉体であり、且つパンイチだからでしょう』


「そうか、だからか。パンイチだから極楽なのか。あっ、一応地獄だから極楽は洒落にならんか」


 的なとりとめのない会話をしつつ、そして精霊様の真っ白なローブが溶けていないことに対しても若干疑問に思いつつ、俺は暫くの間マグマ温泉を楽しんだのだった。


「――じゃなくて!」

 

 いい加減、我に返った。


「俺は今すぐこのダンジョンぶっ壊して、地上に出てから服を着て、ギルドに戻ってあのイケメンクソヤリチン団長ぶっ倒してから王女様に濡れ衣のことを離して社会復帰しなくちゃいけないんだったよ!」


『そ、そういえば、そんな目的がありましたね』

 

「若干焦ってんじゃないよ! あんたはもう少しマグマ温泉に浸かりたいだけでしょ!」


『はあ。ひとまず、ここから出ましょうか。はあ』


「前後に溜息つきやがったな」


 ともあれ、最下層のマグマ風呂で地獄級の極楽気分を味わったことだし、再び上に向かうとするか。

 

 俺は全身に力を込め、とりあえず上に行くことだけに意識を集中した。

 すると、


「っっっっだ――!?」


 俺の身体が、マグマに浸かった状態から直立のまま跳ね上がり、落ちてきた穴を戻る形で飛翔していく。


 きりーつ、の姿勢で、しかも豪速で飛ぶ、俺。

 パンイチで飛ぶ、俺。


 なにこの状況。


「おおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!」

 

 ビュンッ、という風切り音を残して一階層上の『ニブルヘイム』を通過した。


 通過した時に物凄く大きな白熊や氷漬けのドラゴンとかが見えた気がしたが、恐らくもう会うことは無いだろう。


 強そうだし、怖いし。


 あ、でも今の俺ならば万が一があるかもしれない。


 いや、やっぱいいや。


 きりーつ、の姿勢のまま俺は魔法弾の如く飛び続け、


「お、なにやら固そうな岩石が」

 

 固そうな岩石が、俺の頭によって打ち砕かれて天井の役目を終えた。


 一階層上のフロアについたのだろう。

 

 俺は「ふぅ」と一息ついて、一面が灰色の空間に降り立ち、


『汝、何者だ』

「お、おー……」


 鎌を持った巨大な骸骨の異形を前にして、俺は思わずパンツ越しにケツを掻くのだった。


『あ、そいつ結構やばめのアンデッドですよ』


 いつの間にか俺の隣で欠伸混じりに精霊様がそう言った矢先、


『汝、ここでケツ掻くなよ。汚いぞ』

「わ」


 横から振られた鎌によって、俺は晴れて上半身と下半身に分裂することに成功したのでした。

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