光の闇

北見夕夜

光の闇

 遠く、月明かりに照らされ、島が、小さく見えていた。少年は、毎夜、一人で、この景色を眺めていた。彼の名は、桃太郎と言った。  

 ちょうど一年前、彼は、今、目の前に見えている鬼ヶ島と呼ばれるあの島で、激しい戦いを繰り広げていた。戦った相手は、鬼と呼ばれる生き物だった。桃太郎は、育ての親である、祖父母に言われ、悪い鬼たちを退治してきたのだ。村に戻ると、彼は英雄として称えられた。

 彼は、自分の手を見た。鬼を斬った時の感触が、今もなお、その手に残っている。

 彼は、小さく震えた。

 悪い鬼。

 祖父は、そう言った。鬼は、悪い生き物である。疑う事もなく、桃太郎は鬼ヶ島に渡り、実際に鬼を見た。鬼は、巨大で鋭い牙を持ち、頭部には角を生やしていた。その姿は醜悪で、見た瞬間に、恐怖を覚えたのは事実だ。だから、迷うことなく彼は、鬼を斬り捨てた。

 村のほうから、祭囃子が聞こえてきた。

 村が平和になり、一周年の記念行事が行われていた。

「平和・・・か」

 彼は、呟いた。

 桃太郎が鬼ヶ島から持ち帰った財宝で、彼の祖父母は事業を起こし、そして、そのお陰で村は見る見る発展した。祖父は、村長となり、豊かに暮らしている。もう、祖父が芝刈りに行くことも、祖母自らが洗濯をすることもない。

 月が雲で翳った。島が、闇に消えた。あの島に、明かりが灯る事はもうない。

 あの島で、鬼たちは、人と同じように生活をしていた。畑を耕しているもの。着物を縫っているもの。食事の支度をしているもの。その暮らしは、自分たち人間と何も変わらなかった。だが、島に乗り込んだとき、一種の興奮状態にあった桃太郎が、彼らのその日常に気付いたのは、最後の鬼を斬り殺したあとだった。

 ・・・最後に殺した鬼。

 彼の胸が痛んだ。

 最後の鬼は、子供を抱えていた。桃太郎は、その鬼を、子供ごと・・・。

 桃太郎は、手元にあった石を海に放り投げた。

 ぼちゃんと音がして、石が沈んだ。

 鬼たちが、一体どんな悪事を働いていたのか、桃太郎は知らなかった。そのことに気付いたのも、全てが終わったあとだった。

「桃太郎様」

 後ろから声をかけられた。

 振り向くと、村の若い娘が、立っていた。娘の顔からは、緊張の色が窺える。

「村長がお探しです」

 震える声で、娘は言った。

「すぐ行く」

 桃太郎が、そう言うと、娘は逃げるように、駆け足で村に戻って行った。

 娘の後ろ姿を見つめながら、桃太郎は、小さなため息を吐いた。

 鬼ヶ島から帰ったときには、英雄として崇められた彼だったが、ある噂が流れてから、周囲の彼を見る目が変わっていた。それは、 彼が桃から生まれたという、突拍子もない噂だ。冗談と思いつつも、祖父母に聞いたら、そんなわけはないと、笑われた。

 だが、そう言った二人の目からは、何の感情も感じられなかった。

 彼は、立ち上がった。

 人々の明るく、幸せそうな声や、太鼓の音が、夜の空に響いている。

 共に戦った動物たちは、村から追い出された。村のために鬼と戦ったその力を、脅威であると、村人たちが判断したからだ。

 月が、再び顔を出した。海に目を戻すと、鬼ヶ島が、海の上に暗く、けれどはっきりと照らし出されていた。

 桃太郎は、鬼ヶ島に背を向けた。

 村の方角は、祭りの灯りで、昼間のように明るかった。

 彼は、村へ向かって足を踏み出した。

 その灯りが、永遠に消えない灯りであることを信じて・・・。

                                                

 終わり

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

光の闇 北見夕夜 @yu-yakitami

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ