異類婚姻譚 ー異類の嫁との結婚生活ー
夕暮幽鬼
第1話 狐の嫁と月夜
現実とは何が起こるかは分からない。
その言葉が今の状況を説明するのにぴったりな言葉だろう。
ほぼ一般的な人生を送ってきて、この先も同じような平凡な人生を生きるのだろうと思っていたのが自分がいたのはちょうど1年前までだった。
「ホント人生って何が起こるか分からないものだなぁ」
そんな、当たり障りもない事の様に少し前と今の状況を比較した感想を縁側に座りながらつぶやいた。今の住居である平屋敷は町から少し離れた山の中腹のあたりにあるため周りは森に囲まれており、都会の様に街灯の光が周囲にない為に、夜空に浮かぶ満月が良く見える。また自動車などの騒音もないために静かで春先のまだ少し冷たい風が肌を撫でるだけだった。
後ろから人の気配がし、振り返ると白色の女性がこちらに歩いてくる。
「どうした、そんな所で呆けて」
「今更ながら自分の状況に驚いていたんですよ」
非常に整った顔立ち、目元は切れ長で目尻には赤土化粧が施され、瞳は金色で瞳孔は金の瞳を裂くように縦に長くなっている。肌はシミ一つ無い白磁器の様、腰まであろう絹の様な純白の長髪。その肢体には巫女服の様な意匠を思わせる和装に身を包んでいる。町で歩けばその神秘的とも言える美貌から十人中十人が振り返るだろう。しかし彼女の最も特徴的なのは神がかった端整な顔立ちでも、新雪の様な白髪でもなく、人間には備わっていない髪と同じ色の頭部に生える狐耳と美しい毛並みをした九本の尾っぽだろう。
見た目から分かる様に彼女は人間ではない。世間一般では妖怪、詳しく言うと九尾の狐言われる類のものである。
しかし、自らの驚くべき状況というのは彼女が妖怪の類だけではなく丁度一年前二十歳の時に彼女と結婚したことも入っている。
「何を今更、籍を入れてもう一年も経っているのだぞ」
「いや、そもそも結婚とはほど遠いと思っていた俺が、二十歳で、雪のみたいな美人と、更には九尾の狐と結婚するなんて普通は思いませんよ」
「そうか、ならお前と籍を入れられた私は幸運だな」
そう言いながら彼女―――雪は俺の横に座り間に手に乗っていた盆を置いた。盆の上には徳利と二人分の猪口が乗っていた。
「いい酒が手に入ったんでな、今宵は月見酒というのもいいかと思ったんだがお前もどうだ?」
そう言って雪はその金色の瞳を向け俺に酒を進めてきた。酒は下戸ではないが笊でもない為にあまり飲まないのだが折角の御誘いなので付き合おうと思った。
「じゃあ、いただきます」
酒の注がれた猪口をこぼれない様に持ち上げ口に含む。日本酒の芳醇な香りと甘みが口に広がり、喉元を過ぎると嫌じゃないカァっと熱くなるのを感じた。ちびちびと楽しみながら横に座る雪を見る。表情は大きく出ては無いが気に入ったのだろう。九本の尻尾が嬉しそうにゆらゆらと揺れていた。月明かりに照らされ雪乃の白髪が銀色に輝いており、風情のある一枚絵の様に見える。
月夜に縁側でただ酒を飲んでいるだけだが、これが絵になるのだから美人というものはずるいと思う。
雪の持つ猪口が空になったのを見てお酌をする。
「すまないな、酌などさせてしまって」
「いえ、普段お世話になりっぱなしなんですから、これぐらいさせてください」
「お前の世話は妻の義務であるし私が好きで焼いているのだが、感謝の意は素直に受け取っておこう」
お酌をした流れで自分の猪口にも酒を注ぐ。嬉しそうに飲む雪の横顔を横目で見ながら飲む酒はいつもよりおいしく感じた。
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