決着2コマ
開始の号砲が鳴った瞬間俺は一気に膝を曲げ、低い姿勢のまま前に飛び出した。
杖は右手に保持した状態で先端に青龍偃月刀を生成し刃の向きを調整する。
ギルドマスターは突っ込んできた俺に驚きながらも一歩大きく踏み込んで加速する。
「はあっ!」
腰と肩で加速を加えながら細身の片手剣で予想通りこちらへ吠えながら鋭い突きを繰り出す。
直線的だが速度が尋常じゃなく、初見ならばまず避けられないだろう。
しかしあらかじめ軌道を読んでいた俺は突き出された剣のギリギリを掠め、一息で鋭く間合いへ踏み込んだ。
ハラリと交錯の瞬間に切られた髪の毛が数本舞うが、別に薄毛に悩んだりしていないので気にしない。
そのまま短く持った右手の杖を上からの軌道で思い切り振リ降ろすも、ギルドマスターの方が早い。
即座に剣を戻され刃を受け止められた。そのままギルドマスターは剣を返しこちらの刃を落とそうとする。
しかし刃と刃がぶつかった瞬間俺の刃は変形する。
「何っ!?」
ギルドマスターの剣を引っ掛けるように青龍偃月刀から大鎌へグニャリと粘土のように形状を変えたのだ。
そのまま俺は杖を両手で掴み、右足を前に出す勢いと重ね一気に振り下ろす!
剣を巻き込んだまま振り下ろされたためギルドマスターはすぐに対応出来ず剣を引き抜くことが精一杯だ。
対するこちらはただ杖を振り下ろしただけの状態。しかもとっくに地面を突き刺していたはずの大鎌は消えている。
剣を引き抜いた勢いで後ろに飛ぼうとするギルドマスター、しかしそれを一番速い
その隙を利用して杖の先端、石突側に刃が生成される。そこからはただ杖をグルリと回すだけで一気に脳天直撃だ。
先に生成していた刃を消すことで引っかかるものは無くし、そのまま回すことで不意打ちのようになるのだ。
この一連の動きはニーアとの修行中、近接戦の訓練として行っていた似非柔道を応用したものだ。結局インファイトは苦手だからいらない子みたいになっていたけど案外役に立つな。
「くっ……」
「俺の勝ち……でいいかな?」
ブンと音を立ててギルドマスターの頭皮ギリギリで止まる鉾。
チョリって音を立てて少しだけ髪の毛を削っちゃったけど、俺のと相殺でいいよな。
ギルドマスターは俺から離れて審判と二言三言言葉を交わし、しっかりと頷いた。
「……君の勝ちだ」
よっしゃあ!
いやー、本当に初手で決めようと思ってたのにまさか防がれるとは。
『初撃が遅い。我との模擬戦の時はもっと早かったぞ。鈍ってきているのか?』
うぅ、ニーアの言葉がストライク。でも事実だから否定できない!
「君の実力はよくわかった。Dランクへの昇格と先の依頼の正当な報酬を支払おう。私個人の意見としてはもう一つくらいランクを上げておきたいのだがな」
そうなの?ギルドマスターとは言えそんなこと言っちゃって良いの?
「しかし君の実力はわかっても実績が無い。例えばそうだな……何か大きな依頼を達成したら昇格も早まるぞ?」
何やらニヤリとそんなことを言ってきたけど俺別に昇格に興味は無い。
あ、でも……
『ユート、ちょっと悪いこと考えたね』
『クネイ、それをマッチポンプと言うのですよ』
マッチポンプとは失礼な。そもそも対象は既に存在してないのに。
そんなことを脳内で言われつつも俺はギルドマスターにワイバーンの件を報告した。結局これは三つ目の依頼である調査依頼、その達成と認められた。
しかしというか、マッチポンプの言葉通りあの森でのワイバーン調査が依頼として掲示され、俺も参加することになった。なぜならもうDランク冒険者になったから!
はぁ……初めて知ったがこういう近くに何か危険な魔物とかが出た時はギルド主導で大規模依頼が出される。
その依頼は人手をより多く確保するためにランク制限がほとんど無く、下限がDランクなのである。後はもうおわかりだろう。
俺も、参加することになったのである。しかも情報提供者本人だから強制的に。
強制的と言うのは好かない。のんびり出来ないからな。
「確かにこれじゃあマッチポンプだよなあ……」
外を歩きながらふとボヤく。
あの後ちゃんとDランクに上がり、新しいタグを貰ったしちゃんと正当な報酬もゲット。
「ねえねえ、今日のご飯どうするの?」
「そうだなあ、一応お金多めに手に入ったしお肉でも……ってあれ、なんでアビーが?」
普通に話してしまったがいつの間にかアビーが隣に立っていた。召喚した記憶も無いし、形跡もない。思わず身構えてしまったがその後の言葉で我に返る。
「コートに潜んでたんだよ。小さな欠片でも付いてればそこからこの形になれるからね!」
ブイッと指を立てる彼女はかわいらしいが、同時に彼女の特性を思い出すことになった。
彼女はスライムだ。分体を作ると同時に〈並列思考〉のスキルで自律的に動かすことも出来る。つまり一は全、全は一を体現しているのである。本体も分体も捉え方で変わってしまう。
本人的には核となる魔石を保有するのが本体らしいがここ一年彼女の魔石は見ていない。
それよりも勝手に外に出てきてる事だが……
「まぁいいか。みんなも出てきたけりゃ出てきていいぞ」
アビーはその特性を使ったがほかの皆はそういかない。だからといって仲間はずれは良くないしな。
一歩事に杖で一回ずつ地を突いていく。
その度に魔法陣が発生し人影がせり出てくる。しかし人混みの中のため誰も気づかない。
「あったかーい、ねえねえご飯どうするの?」
出てきたクネイが肩に寄りかかってくるのを上手く受け止めながら後ろを歩く皆にも聞く。
「アビーからも同じ質問されたぞ。飯は肉でいいかなって。みんなもそれでいいよな?」
「私は構いません」「お肉……!」「我も腹が減ったの」
カノンは普段通り、ネロは目を輝かせてニーアはなんともマイペース。これもいつもの光景だ。
街中を進むと何件も食堂や酒場が目に入る。その中でも比較的マシな飯屋を探しているのだけど。
「お、あそこ美味そうだ。みんな、あそこに入ろう」
「「「はーい」」」「はい」「うむ」
目指すのは数件先に見える食堂。パッと見た感じ変な輩も居ないし何よりも焼かれる肉が美味そうな匂いを発している。嗅ぐだけで腹が減ってくるのはもはや魔法の領域だ。
そうして店に入って最初にこうオーダーするのだ。
「女将さーん、六人行けます?」
食事も終え夕暮れ時。
普段泊まっている宿に向け帰路を進む俺たち。ネロとニーアは眠くなったと言って戻り、外に出ているのは三人だけだ。
「こうしてみると、警戒しすぎだったかもな。アビーの作ってくれた服のおかげでみんな溶け込めている」
「えへへー、もっと褒めてもいいんだよ?」
「それは今度な」
前を歩くアビーの頭を撫でるついでにクネイも撫でておく。何も言っていないが、「素材は私!」と言いたげな雰囲気を感じたのだ。
「カノンもお疲れ様。俺が言うのもなんだが今日みんな纏めてて疲れただろ」
「いえ、これもまた私の仕事ですから」
「カノンは変わらないな。でもさ、なんかわがまま言って欲しいんだよね。クネイやアビーみたいに奔放になれとは言わんけど」
彼女はこうして会話出来るようになった頃からずっとこうだ。お固く、真面目で仕事に忠実。ニーアに言わせれば忠誠心の塊だそう。
この質問はそんな彼女を労いたい気持ち七割、わがままを聞いてみたい気持ち三割で構成されている。
「わがまま……そうですね」
チラと後ろを見ると顎に手を当てて悩むカノンが。案外悩むんだな。カノンの事だから「主の傍に〜」って言いそうと思ったけどそれは傲慢かな?
そう思っていると、背後から袖を引っ張られた。見るとやはりカノンだ。ちょっと俯きながらも袖を摘んでいる。
「その……ずっと主の傍に居させてください」
「え、それって……」
マジで来るとは思って無かった。
聞き返すと表情が一転、夕暮れ時でもわかるほどに一気に顔が赤くなってなんか……壊れた。
こう、腕をブンブンしたりなんか目もグルグルしだしてアワワワワとよく分からない言語を発し出した。
「あ、あの変な意味じゃなくて!そ、その〜」
「と、とりあえず落ち着けカノン。な?」
ワタワタしてる彼女もかわいらしいが会話にならないからも一旦落ち着かせる。
彼女だけではなく、クネイたちも肩をポンポンしてやると大抵は落ち着く。
元々進化前からみんな背中を撫でたりしてやると落ち着くことがあって、それが進化してからは肩や頭になった。
「ううううぅ……」
袖から手を離して両手で顔を覆ってしまったカノンを宥めるようにそっと耳元に口を寄せる。
「カノン、安心しろ。俺はみんなから離れることは絶対に無い。だからほかのわがまま……というかお願いを教えて欲しいかな?」
「な、なら……」
前を進む二人には聞こえない程度の音量でカノンから世にも珍しいわがままが聞けた。
ふふん、俺満足。
「了解だ。楽しみにしといてくれ」
軽くポンと頭を撫でて先を進む二人のところに追いつく。なぜなら宿を通り過ぎていたから。
その様子をカノンは僅かに微笑みながら眺め、後ろを歩くのだった。
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