はじめてのおつかい(依頼) 序
地上に出てから今日で三日目。宿を取ったり、色々買い物をしたりと過ごして生活を整えているうちに三日も経ってしまっていた。
手持ちの金は迷宮内で死んだ冒険者たちの荷物に入っていたものを集めて金貨15枚に銀貨45枚に銅貨30枚だ。
懐かしの異世界ハンドブックに書いてあった貨幣価値と照らし合わせて日本円換算で19万8000円也だ。
つまり金貨が1万円、銀貨が1000円、銅貨が100円らしい。わかりやすくて何よりだ。
ただ、この金額多いと思っていたのだけど思っているよりも少ないようで宿に三日泊まって銀貨六枚も使ってしまった。これでも宿は安い方だ。
この調子で居たらすぐにお金が無くなってしまう。そう思った俺は朝早くから冒険者ギルドへ向かったのだ。
「こんちわーって誰も聞こえねえか」
ギィと音を立てて開けられる木の扉の奥からは地球のパチンコ屋と同じくらいの音量が飛び出してくる。右手に依頼の貼られた掲示板や様々なカウンター。左手に食堂を兼ねた酒場と上へ向かう階段がある。聞いたところによると雑魚寝の宿があるらしい。
俺が用あるのは右手なのでこの前聞いた常設の依頼の掲示板の前に立つ。
あの時すっかり忘れてて聞きそびれたのだが、冒険者ランクは自身が受けられる依頼の度合いを示すものだ。
基本同じランクの依頼を受けることが推奨されて自信があるならもうひとつ上のランクまで受けることが出来るらしい。
この辺りは作り物とかでよく見るな。
さてさて、常設依頼の掲示板はと。
ゴブリン討伐、コボルト討伐、裂傷用の薬草の納品。火傷用の薬草の納品、よくわからない八香草とやらの納品か。
次にEランクの掲示板だが、内容はほぼ同じ。ただ街中での依頼が追加されてるくらいだな。
ドブ掃除に換金素材の個数計測、犬探しにおばあちゃんの肩たたきか。
内容が内容だけに報酬も安いが、おばあちゃんの肩たたきが報酬銀貨三枚なのは何故なんだ。
続いて一応ランク的には受けられるDランクの掲示板。
ここが迷宮都市と言うだけあってこの辺りから迷宮の中での依頼が出てくる。
Eランクのゴブリン討伐などは街の外での依頼になるからな。
依頼は上層での魔物の一定数の討伐、魔石の一定個数の回収、指定の魔物の討伐などなど。迷宮外なら商隊護衛なんかもある。
さてと、何を受けようか。
常設依頼のゴブリン討伐は決定だ。
この世界のゴブリンを見てみたいし、討伐数に応じて報酬も増える。なかなかに美味しい依頼だ。
もう一つはコボルト討伐。これもゴブリン討伐と同じく討伐数に応じて報酬が増える。
そしてもう一つ。
森林地帯の調査依頼。これはDランクの依頼だな。ゴブリン討伐とかと同じエリアだから問題無いだろう。それに手伝ってもらうつもりでいるしな。
というわけで二枚の札と依頼書をカウンターに持っていく。
あれ、受付してくれたお姉さんと同じ人だ。蒼穹のような髪色は忘れることは難しい。
「あの、これ全部ですか?」
「そうだが、何か問題あったか?」
受付のお姉さんの目は困惑と言うよりも不審なものを見る目だ。
「失礼ながら、どうやら登録したばかりのようです。それなのにいきなり三つの依頼は。しかも見た限り後衛ですよね。一人は危険では?」
心配してくれてるのか。確かに一人だとなあ。
「ああ、その事か。大丈夫、俺は召喚士だ。後衛だけどちゃんと前衛も居るよ。それにゴブリン程度の弱いやつなら何度も倒してるからさ」
うん、全く嘘は言っていないぞ。
俺は後衛もできる召喚士だし、ゴブリンとかコボルトは討伐経験無いけど、同じくらいのランクの魔物ならそれこそ数えきれないほど討伐した。
傲慢とかではなく純粋な余裕だな。
「なら私どもから言うことはありません。ですが、責任の一切はこちらにありませんので。ではこちらを持って行ってください。帰還したら持ってきてくださいね」
俺の言葉に説得を諦めたのか、お姉さんは淡々とした受付業務に戻る。その時一緒に依頼書と札を渡してくれる。
「わかってます。それじゃあ行ってきます」
答えながらそれらを受け取る。
「はい、お気を付けて」
でもちゃんと送り出してくれるんだよな。
丁寧なお辞儀をチラリと見ながら俺は冒険者ギルドを後にした。
さて、依頼に出ると言っても必要な物がある。
一つは食料。これが無きゃ何も始まらない。
二つは薬。万一の時に役立つぞ。
三つは情報。偵察とかして本来は集める。
あとは水とか着替えとか本来は色々持っていくべきものがあるみたいなんだけど……
「はーいありがとうね。はい、串焼き二本!」
30cmはある大きな串に刺さったこれまた大きな肉。豚肉っぽくてめちゃくちゃ美味い。
しかも二本で銅貨5枚!
「おばちゃんありがとねー。銅貨5枚ね」
「はーい確かに!また来てねー」
よし、食料確保!
この屋台、冒険者ギルドの近くにあって、地上に出た初日に買った最初の食事なんだが、美味くて旨くてリピーターになりました、はい。
薬は治癒魔法とか色々方法があるし、情報も既に調査済みだ。目的地の森の場所もちゃんとわかっている。
なのでそのまま串焼きにかぶり付きながら目的地の森の方に出れる門の方へ向かうのだ。
門の辺りは出る人と入る人でかなり賑わっていて露店や屋台が軒を連ね、少し路地裏を覗けば真昼間ながら夜のお仕事の方々が待機している。
ヨーロッパ系の雰囲気を感じながら街を進み、大通りの先にある巨大な石壁に近づく。
見上げるほどに積み上げられた壁は15mはありそうで、その中央に巨大な門が見える。本来なら街の入り口はあのような門なのだろう。
ただ俺は地下から入ったのだけど。
門に近づくとそこでの手続きが見れた。
冒険者ならタグを見せることでそのまま入場出来ていて、ここの市民なら当然税はない。商人と思われる人々は指定された税を払っているようだ。
やっぱり冒険者になって正解だな。一々街にはいるのに税を払っていたらすぐにすっからかんになっちゃいそうだ。
そんなことを思いながら門に立ってる槍を持った衛兵みたいな人に首から革紐で提げた冒険者タグを見せる。
だけどどうやら出る時は必要無いみたいだ。怪訝な目をされた。
すみませんねえ、三年もこの世界にいるけど異世界初心者なもんで。
街から出るとそこは草原であった。
雲一つない青空と境界線を作り上げている地平線まで広がる草原に真っ直ぐ伸びる街道とそこを往く人々の点。
ずっと遠くには青っぽい山脈も見え、真上を見れば見たことの無い鳥。
燦燦と降り注ぐ陽光は春の太陽のように暖かい。
「よしっ、行くか!」
真っ直ぐ伸びる街道を目的地の森に向け俺は進むのだった。
────迷宮都市付近森林地帯
「やーっと着いた~」
長かった。朝っぱらに出てきたのに着いたの昼前だよ。
もの珍しいもの多すぎるから景色眺めながらのんびり来たってのもあるけどここまで掛かるとは予想外。今度からは何か足になりそうなもの使うか〈
ただまあ……ここは誰もいないんだよねえ。
周囲を見れば右は草原左は森林。人っ子一人居ない。街道まで出ればそりゃいるけどここは若干外れている。つまりあれができる。
「みんな、出てきていいぞ」
そう、みんな呼べるのだ。
「ああー!やっと出れたあ!」
「これが太陽の光ですか……暖かいのですね」
「やっとこうして出てこれたよー」
「眩しい……」
黒色の魔法陣が目の前に四つ展開される。そこからせり上がるように出てくる人影が四つ、半獣型では出てこなかったようだ。そして。
「陽の光を浴びるのは何時ぶりかの」
同じく黒色ながら、四人の魔法陣の大きさが1m程度なのにこちらは豪華な3mクラスの魔法陣を引っさげて出てくる我らが黒蝶ニーアさん。
みんなの顔を確認してから俺は彼女たちに頭を下げる。
外に出て安全を確保したら彼女たちを呼び出すと言っていたのに外に出てから三日も呼び出せずにいたことに対してだ。
「やっとみんなを呼べたよ。なかなか外に出してあげられなくてごめんな?」
「大丈夫大丈夫、この分は別で返してもらうから」
え、それってどういうことですかクネイさん。
そんなことを気にする間に俺は彼女たちの服装がこの前見た外行きの服になっているのに気づく。
こうして見ると彼女たちは本当に似合っている。クネイの軍服、カノンのスーツ、アビーのアーバンファッション、ネロのドレス。
全くもってこの森には不釣り合いだな。でもそんな服でも並の鎧より強いってのがまた面白い。
「さてと、この森で依頼を受けたからみんなには協力して欲しい。とりあえずゴブリンとコボルトの依頼を終わらせる。そのまま森の奥に直行してもう一つの依頼をやるから」
パンと手を叩いて注目させてから呼び出した理由を伝える。
「「「はーい」」」「はい」
と、言う感じでそれっぽく始めるも俺たちにはそんなこと似合わないと言う感じですぐに空気が緩む。
すぐにみんな俺の方に来てアビーならくっついて来るしカノンとネロはくっつきはしないけど後ろに立ってたまに服の裾を掴んでくる。そしてクネイはと言うと。
「えへへ、こうしてユートにくっつくのも久しぶり~」
「そうだなあ。呼び出して会うことはそうそう無かったからな。でもこうして外に出たしこれからはもっと呼び出せるし、なんなら外に出たままでいいぞ?」
クネイは俺の肩にしなだれかかってくる。
「本当!わーい!」
おっふ……クネイや、耳元で叫ばないでおくれ。肩に抱きつかれたまま叫ばれると鼓膜にダイレクトアタックなんだよ。
そんなことが起きている間もアビーとニーアが楽しそうに話していたり背後ではカノンとネロが無言のまま。だがその二人は何やら異様な雰囲気を漂わせている。
「みんな行くぞ。いくら弱い魔物、ゴブリンでも舐めてかかるとヤバいからな」
皆に向けてそう言うと緩い空気が一転、真剣な表情で皆が森に向き合い、一斉に一歩踏み出した。
「さあ、行こうか」
たとえ相手が弱くても、戦うのなら全力で。
俺たちはその事を身をもって知っているのだから。
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