暇つぶし
ニーアが繭となるために去った翌日。
いつの間にか結界は縮み、今まで見えなかった一番奥の壁にある10m規模の大穴を塞ぐものとなっていた。
触れても当然ながら破ることも出来ず、万一があればニーアに何かあるかもしれないから手は出していない。
本当なら結界を破るために本気で魔法を撃ってみたり召喚獣たちにも攻撃させてみたいんだけど、先の通り万一があると不味いからじっとしている。
さて、こんな話をする余裕があるのだからさぞ暇なのだろうと思っているかもしれないが……実際はそうでは無い。
ニーアと契約をしたのならその後この大迷宮から出なきゃいけない。俺はその準備に忙殺されているのだ。
まあそっちは並列思考の俺に任せておけばいい。
身体は勝手に動いてくれるしこうやって考えてるのも、動かしてるのも俺だから間違いは起きないしな。
意外と便利な〈
まあ召喚獣たちとのコミュニケーション用だな。知っての通り俺と召喚獣は会話でのコミュニケーションが可能だ。
今まで召喚獣は話せなかったがな。
しかしこの三年の進化で召喚獣たちも言葉が発せるようになった。考えてもみれば魔物であるニーアが喋れてるんだから当然っちゃ当然だが。
「よーし、定例会じゃないけど始めるぞ」
こうして宙に向かって喋ると頭の中にいくつもの声が響く。
また同時に脳内にはある光景が広がっていた。薄暗いのに明るい。広いのに狭い。
何とも不可思議な場所に俺が居て目の前に途方もなく大きな影が二つ、成人くらいの大きさの影が一つそしてもう一つ気配だけが全方位から伝わってきた。
よし、全員いるな。
『『『はーい』』』『はい』
「というわけで点呼、どうぞ!」
まあ居ることはわかってるんだけどね、こういうのは雰囲気が大事なのだ。
『一番!ギガントクイーンスパイドルのクネイ!』
『二番、グランカノンセンチピード、カノン。居ます』
『三番!グランティアビススライムのアビー!』
『四番、エルダーネクロマンスクイーンのネロいるよー』
うん、カノンは相変わらず真面目だし二人は元気、ネロも変わらず気だるげに。健康そうでなによりだ。
「よし、蛇っ子は進化前の昏睡状態だから良いとして……とりあえずアビー、この前の模擬戦お疲れ様」
『えへへー、スッキリした!』
「ニーアに傷を付けられたのはアビーのおかげだ。ありがとな」
『もー、アビーだけずるいー』
『クネイ、仕方ないでしょう。私たちが出たらそれだけで部屋が埋まってしまうんですから』
『それでも小さくなれるよぉー、カノンも出来るでしょう?』
『はあ、それで私たちは本領を発揮出来ますか?まあネロなら戦えたかもしれませんが』
『私も無理かも。魔法だけならともかく私は打たれ弱い』
『ならばやはりアビーが正解でしたね』
「俺もそう思う。クネイとカノンの実力を存分に発揮するなら大きく開けたところでの戦闘が一番だろうからな。それにネロは狭くても戦えるだろうけど結果を見るなら広い方が色々とやりやすいだろ?特に混戦状態なら尚更」
『その通り。さすが、わかってる』
「これでもみんなの主だからな。特性とかは把握してるよ」
『そういえば模擬戦で杖弓、弓の方使わなかったね。私の糸ダメだった?』
「ああそれか。アビーならわかるかもしれないがあの速さの戦闘で弓使う余裕あったと思うか?」
『無理だねー、クネイの糸だからどれだけ雑に撃っても切れないとは思うけど』
『そもそもあの杖から弓にするのにいくらか時間が必要です。弓を使うのは現実的では無いかと』
「まあその通りだ。弓を使うのはみんなに前衛を任せられるときだな」
今話題に上がった杖弓、俺が模擬戦の時に使っていた物だ。かつて上層にいた時に手に入れた短杖は既に壊れてしまっている。それから魔法の発動のために必要になったから新たに杖を製作したのだ。それがこの杖弓だ。
長さは2m程度、色合いは黒で杖にしては表面が金属質だ。先端45cmくらいは30度くらい傾いている。一番太いところで直径4cm細いところで1.5cmだ。
材料となった素材は魔物の甲殻や一部に純魔光石を使っている。魔物の素材と言ってもいくつかは自分で討伐したものだが、大半は召喚獣の彼女らからの提供だ。
まず芯にはクネイが以前脱皮に失敗した時に抜け殻に残ってしまった足先の爪を削った物を使っている。
爪の中心部分は伸縮はしないがワイヤーのように結んだり出来るほど自由に動く特殊な性質があって、それを利用できないかと考えたのだ。
目論見は成功してとても丈夫だが柔軟性のある芯となった。ちなみに既に彼女の爪は治っている。
次にガワだ。黒い魔物の甲殻を使用していて、元はカノンの物だ。
これもやはり脱皮時の物でカノン自ら使ってくれと出してきた。普段は食べてしまうのだけどその時だけ心境の変化があったのだろう。
召喚獣……いや彼女たちにも杖のことは話していたし、使えそうな素材を探していたのは事実だからとてもありがたかった。
カノンの脱皮殻は昆虫などにあるような半透明では無く鎧ごと脱ぎ捨てるような物で硬さや色まで全て残っていた。
だから有難く表面を剥がしたり、砕いたりして使わせてもらった。
魔法の杖というのはあくまでも指または腕の延長線上だ。
しかし魔力をよく通す素材の方が色々と便利になる。なので杖の石突と刃を形成した場合の中枢として機能させるために純魔光石を使用する。
貴重なものらしいがこの地底というか最下層には腐るほどある。いくらか持っていったり、杖に使っても無くなりはしない。
それをアビーに一度吸収させて削って貰い、丁度いい大きさや形状に加工してもらった。
そしてアビーの特性であるスライムの出す粘液で杖と接着してもらう事で固定する。
そして最後に弓をとしての機能を持たせる。ニーアとの修行中に石などの物を投げて得た〈投擲〉スキル。
魔物を誘き寄せたりするために何度も使用していたらいつの間にか〈狙撃〉をカンストするまでに成長していた。
また同時に色んな技能を身につけようと剣術や棒術、弓術を学んだ。
最終的に得られたのは弓術と棒術それを活かさない手は無い。
そしてあとは武器として杖はあるからあとは弓を作るだけ。
方法は案外簡単だ、ネロの力を使う。彼女はエルダーネクロマンスクイーンという種族の魔物だ。見た目は完全に人なんだけどな。
彼女との出会いはまたいずれな。
ネクロマンスとあるように彼女はネクロマンサーだ。死霊術という魂に関連する特殊な魔法を扱うことに特化している。
それは死体に適当な魂を込めてあやつり人形のように動かしたり、石の塊に魂を込めて泥人形のように形成して動かしたりと出来る。
それを応用して杖弓にとある魔物の魂を活性化させた。それによって杖弓は擬似的に生物としての強さと柔軟性を合わせ得た。まあ細かく見ていけば色々と理論があるみたいなんだけどそれを説明しても今は仕方ない。
とりあえずクネイやカノンたちの抜け殻を使った杖を作りアビーに協力してもらって杖弓として形成、ネロに仕上げをしてもらった集大成がこの杖弓だと思えばいい。
銘はシュリリースとなった。ニーアに教えて貰って、古い言葉で統率者を意味するそうだ。まあ彼女たちの主を名乗るわけだし中々に良い銘ではないか?
『あ、そうだ。クネイの糸で作ったコートとか服完成したよ。あのカノンの甲殻で作った鎧も。あとは靴とかも』
「よかった、完成したか。ほんとアビーには助けられてばかりだな」
『えへへー』
『むぅー』
『クネイ、さっきも言ったでしょう。ここでは私たちでは本領が発揮出来ないと。それにわかっていたはずです。自分たちが戦闘に特化していることに。その点アビーは色々と器用。性格も含めてね。だから主のサポートはアビーに任せて、私たちは私たちの出来ることで力になればいい。そもそもクネイもなれるのでしょう?半獣には。それにそのコートの素材はクネイのでしょう』
『でも〜』
『でもじゃないです。それにこれから主は他にも私たちのような仲間を集めるでしょう。みんながみんなアビーのように器用なわけありません。確かに模擬戦でのあの攻撃は私も驚きましたが……しかし主と共に戦うということに関して皆に相違はありません。そうでしょう?』
『うん……わかった』
『急く必要は無いのですよ。すみません主、遮ってしまい』
「別にいいさ。確かにここではずっとアビーに頼りっぱなしだからな。でも安心してくれ、外に出たら何があるかわからない。もしかしたら普通にクネイとかの大きさの魔物がいるかもしれないからな。忙しくなるかもしれないぞ」
『そうなの!』
「多分だからな」
『はーい』
クネイもカノンも大きいから大迷宮では活動範囲がかなり限られてしまうのだ。
その点アビーはスライムという特性上大きさを変えたりしてかなり自由に動けたりするし、何より物の加工も出来るのだ。
彼女曰く身体の形状を変えるような感じだそうだけど、便利だから良く手伝ってもらっている。
確かに大迷宮内での個人貢献度だけならアビーがダントツだけど外に出てからはわからない。
どこぞの怪獣王みたいなのがウヨウヨしてる可能性だってあるのだ。これから外に出るが、油断は禁物だな。
そう考えながら俺は定例会を締めて意識を戻し武具の手入れを始めるのだった。
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