第29話 悪魔の花1



(いや、ないわー。さすがにこれはないわー。これでまんまと誘い出される私だと思って? どう見ても破滅フラグがビンビンに立ってるじゃないのー)


 私はマックスが届けてくれた、いかにも曰くありげな紙切れを生暖かい目で見つめた。

 どうやらこの内容から推理するに、アヴィーは何者かに誘拐されたらしい。

 しかもきっと無理やり脅されて書かされたのね。

 私をおびき出そうとする、この手紙らしきもの………。

 


 いやいや、これはどう見ても『海老で鯛を釣る作戦』っぽいーー!



 犯人がどんな奴なのかは知らないけれど、孤児であるアヴィーを攫っても一銭にもならない。でもアヴィーを餌にして私を人質にし、公爵家に身代金を要求すれば大金がガッポガッポ!?


 うん、今日の私冴えてる!

 まるでドラマに出てくる刑事並みの推理力ね!


 ということでここは大人しくコーリキとジョシュアの帰りを待つことにした。

 さすがに私でも、ここで一人で飛び出すほど知能指数は低くない。

 誘拐事件が起きたら即警察に通報! これ前世からの常識よ!


「あ、そだー、それからデボダさまー」

「なぁに? マックス」


 私の名前はデボダじゃなくてデボラよ……と言う大人げないツッコミは、この際脇に置いとくとして。


「さっさとこねーと、ほんとうにころしちまうぞー」

「………っ!」


 無邪気なマックスの口から出てきたのは、心を凍らせるような脅迫だった。

 マックスは多分、意味もわからず教えられたまま喋ってる。

 でもだからこそ恐ろしい。

 私は慌ててリリをソファに寝かせ、忍者のような忍び足で窓際に近づいた。


(まさか誰かに監視されてる? あからさまに脅迫してくるってことは、その可能性が高いわよね……)


 カーテン越しに外の様子を窺ってみるものの、薄暗いせいでどこに誰がいるのかよくわからない。もしもこのまま私が指示通り孤児院の裏まで行かなかったら、人質になってるアヴィーの命は……。



 ……。

 ……。

 ……。

 ………。



 えーい、くっそー!

 やっぱ破滅フラグですかーーー!!



 心の中で絶叫しつつ、私は誰にも見とがめられないよう、急いで孤児院の裏手へと移動した。

 ちょうど大きな坂道になっている裏手は、人通りも全くなく寂しい限り。まさに犯罪者が好みそうなシチュエーションだ。


「デボビッチ家の奥方だな?」

「!」


 案の定、出てくるわ、出てくるわ、怪しい悪役モブ達の影。気づけば私は三人の男に囲まれていた。いうなればチンピラA・B・Cってところかしら?


「なんなのあんた達。アヴィーを連れ去ったのは何が目的?」

「気が強そうな女だなぁ」


 チンピラAは醜い乱杭歯を剥き出して品のない笑みを浮かべる。


「まぁ、とりあえず眠っててくれや」

「さ、触らないでっ!」


 だけどやはり女一人の身で男三人に抵抗できるわけもなく。

 何やら怪しい薬をかがされて、私の意識は一瞬でブラックアウトした。


 ああ、ごめんね、コーリキ、ジョシュア。

 あんなにしつこく約束したのに、私やっぱり、やらかしちゃいました……。


















 ――ううっ、なんだかさっきから体育館倉庫の匂いがするわ……。

 丸まったマットとか埃だらけの跳び箱って、超臭いのよね……。


 目覚める直前、前世のどうでもいい記憶がフラッシュバックした。

 さらにどこからか聞こえてくる、今にも泣きそうな少年の声。


『……い、……おいっ!』


 なぁに? 私まだ眠いのよ。このままもう少し寝かせてちょうだい。


『まさか………死んじまってるのか? 嘘だろ? 目を覚ましてくれよ……なぁってば!』


 ……ったく、うっさいわね。私の安眠を邪魔するのは誰!?


『起きろよ、バカ女! なんで捕まったりしてんだよ? 俺のことなんて放っておけばよかったのに……!』


 ぽつぽつと、私の頬に何か冷たいものがかかった。

 ああ、この声は……アヴィーね?

 まったくどれだけ心配したと思ってるの。お仕置きにデコピン30発は覚悟しなさい。


『くそ、このバカ女……』


 そこで私は覚醒した。

 バカ?

 今私のことバカって言った?


 一気に怒りの頂点に達して、私は勢いよく飛び起きた。


「ゴルァっ! バカって誰がバカだって言うのよっ!?」

「ぐえっ、いてぇっっ!!」


 起き上がるなり、すぐ近くでカエルがつぶれたような声がした。

 あら、額が何だかジンジンするわ……。辺りを見回すと、私と同じく額から湯気を出し、一人悶えるアヴィーの姿があった。


「あら、アヴィー、おはよう」

「お、おはようじゃねぇっ! 死んでるのかと思ったら突然頭突きとか勘弁しろよ、バカ女! 心配して損したじゃねぇか!」

「それはどうもすいませんねぇ……」


 額が痛いのは私も同じなんだけど……と心の中で突っ込みつつ、私は今いる場所を確認する。


「ここは……」


 まぁ、予想通りと言うか、意外性がなさすぎるというか、私が連れて来られたのは薄暗い倉庫のような場所だった。辺りには何やら怪しい箱が山積みされている。

 ここに監禁されているのは私達二人だけのようで、分厚い扉の向こうからは、例のチンピラ達の笑い声が響いていた。

 

「それよりアヴィー、ここはどこなの?」

「……多分、港にある倉庫群のどれか。ごめん、俺もほぼ意識がないままここに運ばれてきて、正確な位置はわかんねぇ」

「そう……」


 幸い私達の手足は縄で縛られてはいない。その理由は簡単だ。この部屋の出口はチンピラ達がいる部屋へと続くドア、それと天井近くの小窓くらいしかないから。

 この倉庫、めちゃくちゃ広々としているくせに密閉性は高い。唯一陽が射す小窓は4メートルくらいの高さがあって、普通ならば全く手が届かない位置にある。


「それよりアヴィー、あなたは無事なの? どうして奴らに捕まったの?」

「腹は空いてるけど、今のとこはちょっと殴られたくらい。でもあいつらやべーよ。関わったのがそもそもの間違いだった」

「……詳しく話してくれる?」


 私は暗い倉庫の中でアヴィーと向き直った。相変わらずアヴィーは心を閉ざし、なかなか口を開いてくれないけれど。


「あのさ、私が何でこんなとこに連れてこられたかわかってる? 知ってること全部教えてもらわないと、打開策も見つからないわ」

「……わかった」


 さすがに罪悪感があるのか、アヴィーはポツリポツリと事情を話してくれた。

 最初は市場で知らない男にいい仕事があると声をかけられたとのこと。


「なんか船に荷を運ぶだけですげーいい日給がもらえたんだ。大人と大して変わらないような。だから孤児院にもほとんど帰らないで、ここで一気に金を貯めてやろうと思った。でも奴らが扱ってる商品ってのがヤバすぎた」

「扱ってる商品?」

「その辺りにある箱、ちょっと漁ってみろよ」


 アヴィーに言われ、私は近くの箱を開けてみた。まだ荷造り前なのか、蓋は釘打ちされてなくて、容易に中を覗くことができる。


「あれ、これって……」


 そこには見覚えのあるものがぎっしりと詰められていた。

 一体どういうこと?

 なぜこれが、ここに、こんなにも大量にあるの?


「アヴィー、この袋に詰められてる花って……」


 心なしか、私の声は震える。

 愛らしい白の花弁は乾燥したせいで茶色く濁っているけれど、やっぱり間違いない。

 これは……この花は――




 ――グレイス。

 デボビッチ家の秘密の温室で、大事に大事に育てられている奇跡の花。




 これは普通の一般人には手が届かない、超高価な薬だったはずだ。

 それがなぜかこの倉庫の箱いっぱいに詰められている。

 私は混乱した。まさかこの花は、温室から盗まれたものなの?


「ちげーよ」


 だけど私の推理は全くの的ハズレだったようだ。アヴィーは軽くかぶりを振り、その花の正体を教えてくれる。


「それはグレイスによく似た花だけどグレイスじゃない。他の国から密輸された、グレイス・コピーっていう紛い物だ」

「グレイス……コピー……」


 初めて聞く単語だった。

 紛い物らしいけど見た目は本当にグレイスによく似ている。素人目じゃ、ぱっと見判断がつかないくらい。


「グレイス・コピーは当然表向きグレイスとして高値で取引されてるよ。グレイス・コピーは元々鎮痛剤として、外国で根付いた花だったんだ。だから使うと体の具合が突然良くなったり、グレイスと同じ効果が期待できる」

「詳しいわね」

「俺の父ちゃんが昔、グレイス・コピーの常用者だったんだ。それでグレイス・コピーのせいで死んだ」

「――」


 アヴィーの声色は子供とは思えないほど温度がなく、絶望と悲しみに満ちていた。

 ああ、そうか、なるほど……。

 グレイスによく似ていて、強い鎮痛効果と常用性がある。

 つまりそれって――


「グレイス・コピーは麻薬……なのね?」

「マヤク? 難しいことはよくわかんね。ただグレイス・コピーは本物のグレイスと違って、奇跡の花じゃなくて悪魔の花だよ。病気や痛みによく効くからって使い続けていると、いつの間にか気力がない人間になったり、逆にいつも酔っぱらってるような状態になったり……。母ちゃんが亡くなる前に聞いたんだ。先代のクァールって奴の時にグレイス・コピーはアストレーに入ってきて、それから爆発的に流行したって。それで俺の父ちゃんも……」

「……」


 先代・クァールの時代はかなりひどかったと、今までさんざんみんなから聞かされていた。

 でもまさかここまでひどかったなんて……。

 この悪魔の花をきっかけにして、アヴィーのように家庭が崩壊した子も少なからずいるんだろう。 

そう思うと胸が抉られるように痛む。


「だから俺、この花が売買されてるのを見た時、こいつは本物のグレイスじゃない。やばいほうの奴だってすぐに気づいた。カイン様の代になってから、グレイス・コピーの輸入や販売はすげー厳しく取り締まられてるけど、捜査の網目をかいくぐるズルい奴が、まだまだたくさんいるんだ」

「……」


 私は腕を組み、深く考え込む。

 これはマジでヤバイ。

 アヴィーの行方不明事件の根本にあるのは、このグレイス・コピーだった。

 グレイス・コピーも本来の目的通り、鎮痛剤として少量を使うならとても有益な薬なんだろう。

 でも話に聞いた限り、この花は過剰摂取により使用者の精神や肉体をいとも簡単に崩壊させてしまう。

 まさに悪魔の花。

 グレイスと同じ真っ白で純真な花弁は、実は毒のひとかけら――というわけだ。


「それで俺、すぐにこの事実を知らせようと保安局に行こうとしたんだ。でもその前に奴らに捕まっちまって……」

「そうそう、余計なことをするガキがいたもんだよねぇ」

「!」


 その時だった。

 予告もなしに私とアヴィーの会話に第三者が割り込んできた。

 弾かれるように振り返ればいつの間にか監禁室のドアが開いている。



「ごきげんよう、デボラ様。ようこそ我が城へ。歓迎いたします」


「あなたは……!?」



 そこに立っていたのは――嘲笑を浮かぶる一人の青年。


 フィオナの兄・マルクだった。






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