無色のノエルは自重がデキナイ 3
「私、言ったよね? 一人は危ないから、誰か連れて行くようにって、言ったよね?」
エントランスホールの深々としたレッドカーペットの上。正座させられたノエルが、こんこんと姉からお説教を喰らっていた。
約束を破り、供を付けずに抜け出したのがまずかったらしい。粛々と説教を聞きながら、痺れた足にこっそり治癒魔術を掛けるノエルはあまり反省していない。
「今度からはちゃんと供を連れて行きなさい、分かったわね?」
「……心配掛けてごめんなさい。でも、分かりません」
「のーえーるー?」
アレクシアにほっぺをむにゅっと引っ張られる。
「いひゃいです、おねえひゃま」
「あなたが聞き分けのないことを言うからでしょう。あなたは自分が可愛い女の子だということを少しは自覚なさい。なにかあったらどうするのよ」
アレクシアの言うことは基本的には正しい。
だが、ノエルはリディアとしての知識と、それに伴う力を持っている。前世と比べれば格段に能力が落ちているとはいえ、その辺の人間でノエルに危害を加えられる者はいない。
ただし、その力を多くの人に無差別に見せるつもりもいまのところない。その力を無差別に振るい、前世の二の舞になることを恐れているからだ。
自主的に正座をやめて立ち上がったノエルは、アレクシアと向き合った。
「ごめんなさい。でも、私の力はあまり多くの人に見せたくないんです」
「……私の力って、どういうこと?」
ノエルは返事の代わりに、孤児院から持ち帰った糸巻きに巻かれた糸を突き出した。
「これは……糸、よね?」
アレクシアが糸に熱い眼差しを向ける。
この時代の生地は、高価な物でもわずかながらにザラつきがある。最初はそういう流行かと思っていたノエルだが、この数日でそうでないことを知った。
紡織や機織の技術も前世と比べて数段落ちている。
「アレクシアお姉様は、この糸の価値をどれくらいだと見積もりますか?」
「これだけ太さが均一で繊細な糸は王都でもなかなか手に入らないでしょうね」
「王都へ行けば手に入るのですか。なら、目立ちすぎると言うこともありませんね」
「……どういうこと? ノエルはこれをどこで手に入れたの?」
ノエルは答えず、周囲に視線を走らせた。人払いを望んでいると気付いたアレクシアが手を上げると、使用人達がお辞儀をして下がっていった。
「それで、一体どこで手に入れたの?」
「その問いに答える前に、昨日の提案に対する答えを聞かせていただけますか?」
「昨日の話ね。……本気なの?」
「冗談であのようなことは申しません」
人払いはしているが、それでも万が一を考えて曖昧な言葉を使う。
それが指しているのは、アレクシアを次期当主に押し上げる代わりに、ささやかなお願いを聞いて欲しいというノエルの提案についてだ。
孤児院の件に口を出すことは許可してもらったが、それ以外についてははぐらかされた。
「……いいわ。あくまで仮定の話だけど、もしも貴方が私を助けてくれたなら、そのお礼に貴方の願いを叶える協力をするわ。……これでどうかしら?」
願いを叶える協力をする。
つまり、無茶な願いは聞かないという予防線。
だが同時に、可能な限りは約束を守るという意図も感じられる。
「十分です。ささやかな願いでしかありませんから」
「信じるわ。それで、その糸をどこで手に入れたの?」
「孤児院で作りました」
「――いますぐに孤児院に行くわ!」
喰い気味にアレクシアが使用人を呼びつける。
「あの、アレクシアお姉様。もうすぐ夕食なのでは?」
「なにを言っているの。これだけの糸が作れる施設よ。すぐに押さえないと」
「口止めをしていますし、心配ありません。それに、いまは目立つ方がまずいと思いませんか? 夕食をほっぽり出して孤児院に行けば、サイラス兄さんが訝しみますよ?」
「……それは、たしかにノエルの言う通りね」
アレクシアは出立の準備に掛かろうとしたメイドに予定の変更を告げる。
「だけど、ノエル。それとお供の件は別よ?」
「……むぅ」
「明日は私も同行するからかまわないけど、ちゃんとお供を連れないとダメよ。貴方が選ばないのなら私が選ぶから、それが嫌ならちゃんと自分で選びなさい」
「はぁい……」
これが監視目的などであれば、突っぱねればいい。
だけど――
(アレクシアお姉様は、純粋に私のことを心配してそうなんだよね)
どうしたものかと、ノエルは思いを巡らせる。
その後、アレクシアと別れて、着替えるために部屋に向かう――途中、サイラスと出くわした。彼はノエルの服装を見るなり目を見張る。
「……兄さん?」
「あのときのてん――いや、おまえはノエル!?」
「え、あの……兄さん?」
「まさか、そんな――っ。ノエル、おまえが森で会ったあの天――っ!?」
肩を摑まれ、ノエルは思わずサイラスを突き飛ばした。
直後、サイラスの頭が吹き飛ぶ。
「やばっ!」
とっさに周囲を見回すが、幸いにして目撃者はいない。ほっと息を吐いたノエルは、聖女の祈りを発動してサイラスを生き返らせ、彼が目を開けると同時に逃げ出した。
その後、ノエルが着替えて食道に顔を出すと、サイラスが「天使はこの屋敷にいた。あの後ろ姿……メイドか……?」などと呟いていたが、希少種の天使が屋敷にいるはずがない。
やはり、頭を吹き飛ばすのは後遺症があるのかもしれないとノエルはだいぶ不安になった。
翌朝。
子爵家の家紋が入った馬車に揺られたノエルは、アレクシアと共に孤児院へと向かう。
アレクシアは無論ドレス姿で、ノエルも今日はドレスを身に纏っている。お人好しなただのノエルではなく、子爵令嬢としての訪問だからだ。
「アレクシアお姉様。昨夜にお願いした材料は用意してくださいましたか?」
「朝一で仕入れに行かせたわ。孤児院に直接届けてもらう予定よ」
「なら準備は万端ですね」
これから起きることを想像して、ノエルは小さな笑みを浮かべた。
それからほどなく、馬車が孤児院の前に到着する。孤児院には先触れを出していたため、院長先生とリゼッタが孤児院の前で迎えに立っていた。
アレクシアが馬車を降り、続いてノエルが馬車を降りると――
「ノエル、あの建物はなに? どうなってるの?」
「ノエルさんがどうして馬車に?」
アレクシアサイドと、孤児院サイドの両方から困惑の声が上がった。
「孤児院は魔術で改装しました。でもって私は子爵家の次女なんだ。黙っててごめんね?」
軽いノリで答えたノエルは、両者からどういうことかと詰め寄られた。
その後のアレクシアの行動は早かった。孤児院サイドに断りを入れ、孤児院の一室を貸し切り、そのにノエルを連れ込んだのだ。
「ノエル、説明なさい。この孤児院はボロボロだったはずよ?」
「はい、たしかにボロボロでした。だから青系統の錬成魔術で改装しました」
「……いや、錬成魔術で建物を改築するのがどれだけ大変だと……」
「そうですね、とっても大変でした」
相槌を打って合わせるが、いまのは比喩で、実際は大変とかいうレベルじゃないと呆れられてしまった。
「そもそも、どうして青系統を使えるのよ? 貴方はその……」
「はい。私が持つのは無色の魔力ですね」
「……知ってたの?」
(やっぱりアレクシアお姉様も、私が無色の魔力だって知ってて黙ってたんだ。やっぱり、この時代の人達にとって、無色の魔力は忌むべき存在なんだね)
「魔術の練習をしていますから、自分の魔力は把握しています」
「……独学で練習したからって、普通は自分の魔力を知るところまで行かないんだけど」
「それはまぁ……頑張りました」
前世の記憶があると言いたくないノエルは、わりと強引に誤魔化した。
「ツッコミどころが多すぎるけど、話が進まないから無理矢理に進めるわよ。貴方は自分の魔力が無色なのに、青系統の錬成魔術を使ったって言うの?」
「はい、そうです」
「それで、孤児院をこんな新品同然に建て直した、と?」
「はい、そうです」
「……ごめん、やっぱりちょっと考える時間をちょうだい」
アレクシアは「無色の魔力で青系統の錬成魔術を使うだけでもあり得ないのに、孤児院を建て直すなんて、そんな非常識な……いやでも、現実に……」と呟き始めた。
「ノエル、聞いても良いかしら?」
「はい、なんでしょう?」
「私はいつから夢を見ているのかしら?」
「お姉様、これは現実です」
アレクシアを諭す。
いくらしっかりしているとはいえ、まだ十六の少女には少々刺激が強すぎたらしい。
「孤児院が建て直されていることに驚いているようですが、決して一度の魔術で改築した訳ではありません。二回の魔術に分けていますから、そこまで驚くことじゃありません」
「いや、二回とかいう問題じゃないから」
「五……いえ、十回くらいなら納得できましたか?」
「うん。貴方の論点がずれてることだけはよく分かるわ」
「……あれぇ?」
この時代の魔術はどうなっているんだと、ノエルは本気で困惑した。
「ハッキリ言うわよ。宮廷の青魔術師でも、精々が剣を作るくらいが精一杯よ」
「それは、その……鉄を斬り裂くような剣ですか?」
「そんなアーティファクト作れるはずがないでしょ! 宮廷の青魔術師でも精々、作れるのは鋳造と同じくらいの性能の剣よ!」
「……鍛造品レベルですらないんですか」
鋳造はただ型に流し込んだだけ。つまり、剣の形をしたインゴットと大差ない。対して鍛造は、金属から不純物を叩き出し、更には結晶の形と方向性を整えた品だ。
(結晶を弄るのは錬成魔術のわりと初歩だったはずなんだけどね。まさか、そこまで魔術の水準が下がってるなんて……びっくりだね)
人類の衰退をびっくりの一言で済ませつつ、それなりに驚くノエル。ふと気付くと、アレクシアがいぶかしむ様な目でノエルを見つめていた。
「ノエル、本当に青系統の錬成魔術が使えるの?」
「使えますよ――ほら」
ノエルは自身の魔力から赤と緑を抜いて、青い魔力を手のひらから放出してみせる。
「……本当に、青い魔力を持っているのね」
「アレクシアお姉様も青系統は私と同じくらい才能があるんですけどね」
「まさか。私の薄い魔力を見たでしょう?」
「あれは高い青の適性に加え、赤と緑もそれなりに適性がある証です」
「私にそんな適性が……?」
アレクシアは信じられないと自分の手のひらを見つめる。
「お姉様方がなぜ誤解をなさっているかは知りませんが、魔力は光と同じで色を重ねると無色になります。だから透明度が高い方が適性も多いんですよ」
「光と、同じ?」
「絵の具は混ぜ合わせると黒くなりますよね? だけど――」
ノエルは親指、人差し指、中指からそれぞれ、赤、青、緑の魔力を放出した。青と赤を放出する指を合わせて紫色に、続けて赤と緑で黄色、緑と青で水色へと魔力を変色させる。
最後に三本の指を合わせれば、魔力の光が重なった部分が無色に戻った。
「ノエル……貴方はフォース、四色の魔力を持っているの?」
信じられないと目を見張り、アレクシアは口元を手で覆った。
「正確には三色、五系統――つまりフィフスですね。三色を持っている時点で白も黒も使えるのでフォースは存在しません」
魔力の放出をストップ。最後に色をすべてカットした魔力を手のひらから放出すれば、光を放たぬ黒い魔力が炎のように揺らめいた。
「さ、三色で五系統? すべての系統を扱える魔術師なんて、神話の中でも漆黒の魔女リディアしか聞いたことないわよ」
(漆黒の魔女リディア……? なんだかちょっと親近感のある名前だね?)
「というか、アレクシアお姉様もある程度なら五系統使えますよ」
「またまた、信じないわよ」
「……」
「いやいや、騙されないからね」
「……」
「…………ホントに?」
(うちのお姉様が可愛い)
ノエルは口元をほころばせる。
「実際に出来るかどうかはお姉様の努力次第ですが、才能は間違いなくあります」
「そっかぁ……」
アレクシアは考えるような素振りで、自分の手のひらをじっと見つめた。
(自主的に頑張ると言って欲しいところだけど……いまは時期尚早かな)
そんなことを考えていると、扉がノックされた。そうしてやってきたのはアレクシアの使用人。どうやら、魔石を始めとした素材の準備が整ったらしい。
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