第4.5話 本当の私を誰も知らない(彩花視点)
放課後、菊池彩花は友達と校門を出た。口では笑顔で会話をしながらも、頭の中では全く別のことを考えていた。
「ねえねえ、彩花。この間インスタに上げた写真、めっちゃ盛れてたよね。何枚も撮ったの?」
「70枚くらいかな? でもそのうち使えたのは3枚だけ」
「やっぱり自撮りは難しいよね」
「でも、彩花が載せる写真はいつも可愛い! 私なんて全然ダメ…」
「そんなことないよ。角度と光の当て方さえ分かれば、誰でも可愛く撮れるよ」
彩花は優しく微笑んだ。心の中では「そうね、あなたみたいなブスでも多少マシには見えるわね」と思いながら。
スマホを取り出し、撮影のコツを説明し始めた友達が必死にメモを取る姿を見て、彩花は内心で残酷な微笑みを浮かべた。この程度で喜ぶなんて、本当に単純な生き物だ。
「さすが彩花! なんでもできて羨ましい! 勉強もできるし、見た目も可愛いし、しかも彼氏までいて…」
彼氏。その言葉を聞いた瞬間、彩花の表情が一瞬だけ険しくなった。堂道昇というクラスで最も無価値な存在を思い出すと、胸が嫌悪感で満たされた。
「あ、そういえば堂道くんって最近見かけないけど、まだ付き合ってるの?」
「うん…まあね」
彩花は冷たく答えた。堂道のことを考えると、彼を利用している自分に少し罪悪感が芽生えそうになる。だが、そんな感情はすぐに押し潰した。感情など邪魔なだけだ。
「じゃあ、私こっちだから。また明日ね」
友達と別れ、一人になった彩花は立ち止まり、嫌悪感をこめたため息をついた。他人の目がない場所だけが、彼女にとっての解放区だった。
スマホを開き、翔吾からのLINEを確認する。
「今日、会える?」という短いメッセージ。
彩花はニヤリと笑い、「行くよ♡」と返信した。
堂道昇は単なる道具だった。彼が何を言おうと、何を思おうと、彩花にとっては関係ない。クラス委員の仕事も、テストの対策も、彼が全部やってくれる。そんな便利な奴隷を失うのはまだ早い。
遡ること5か月前。
「彩花ちゃん、マジで堂道くんと付き合ってるの?」
放課後の教室。彩花は親友の麻美から尋ねられて、計算された照れくさそうな表情を作った。
「うん、この前告白されたの」
「え〜! でも堂道くん、なんかダサくない? 服装とか全然センスないし、地味だし」
「そんなことないよ! 昇くんは真面目だし、優しいし」
彩花は心にもない言葉を吐いた。彼女の中では「利用価値がある」という言葉が適切だった。堂道昇という男は、操るのが簡単な標的だった。彼の純粋さは、彩花にとって嘲笑の対象でしかなかった。
「彩花ちゃんが付き合うなら、もっとカッコいい人いると思うけど…」
「外見だけじゃないでしょ。昇くんは中身がいいの」
外見も中身も、彩花にとっては重要ではなかった。大事なのは「使えるか否か」だけだった。
最初の数週間は演技が大変だった。男の前で可愛く振る舞い、初々しさを装うのは骨が折れた。だが、堂道が彼女の言いなりになるのを見て、彩花は支配欲が満たされていくのを感じた。
「昇くん、これやっておいてね」と言えば、どんな面倒な仕事でも引き受ける。
「私と付き合えているんだから、私のために何でもするでしょ?」と言えば、何も反論できない。
テストの点数が悪いからと言えば、ノートまで作ってくれる。
これほど都合のいい奴隷はいなかった。
しかし、サッカー部のキャプテン・翔吾と出会ったとき、彩花の心は初めて本物の感情で揺れ動いた。背が高くて、肌は小麦色に焼けていて、学校中の女子が憧れる存在。
「菊池さん、今度一緒に帰らない?」
最初は断った。まだ堂道を捨てるタイミングではなかった。だが、翔吾は諦めなかった。
ある日、友達と下校途中、彩花は立ち止まった。校門のところで翔吾が彼女を待っているのが見えた。
「あ、彩花ちゃんだ!」
友達が指さした方向を見ると、翔吾が彩花に向かって手を振っていた。
「知らないの? 翔吾くん、彩花ちゃんのこと気になってるって噂だよ?」
彩花は動揺した振りをした。内心では「計画通り」と思っていた。彼女の美貌がついに学校一のイケメンを振り向かせたのだ。
「彩花ちゃん、彼氏いるのに大丈夫?」
「もちろん大丈夫だよ。ただの挨拶でしょ」
彼女は何事もなかったように翔吾に向かって歩いた。内心では「あんなゴミクズなんかいつでも捨てられる」と考えていた。
その日から彩花と翔吾は少しずつ距離を縮めていった。最初は「たまたま」同じ道を帰ることになり、そのうち意図的に会うようになった。
翔吾との時間は刺激的だった。彼の周りには常に人がいて、彼と一緒にいると自分も注目される存在になれる。堂道とはまるで次元が違った。
「菊池さんって、なんであんなゴミクズと付き合ってるの?」
ある日、翔吾が唐突に聞いてきた。
「え?」
「だって釣り合わないじゃん。菊池さんみたいな子が、あんな地味な奴と」
彩花は心から同意したが、慎重に答えた。
「別に…理由なんてないよ」
「じゃあ、俺と付き合わない?」
翔吾の告白は突然だった。彩花は喜びで胸が震えたが、冷静さを失わなかった。堂道を捨てれば、テスト前のノートやクラス委員の仕事を失う。それを失うのは惜しかった。
「ごめん、今は…」
「別に別れなくてもいいよ」
翔吾は意味深な笑みを浮かべた。
「俺たちだけの秘密にすればいい」
彩花は一瞬躊躇ったが、翔吾の魅力に負けてしまった。それに、裏切るスリルも味わってみたかった。
それから彩花は二重生活を送るようになった。表向きは堂道の彼女でいながら、裏では翔吾と会う。初めのうちは罪悪感もあったが、次第にそれすら快感に変わっていった。
彼女は堂道への態度をどんどん冷淡にした。彼の純粋さが鬱陶しく感じられるようになり、彼を見るだけでイライラした。それでも彼は変わらず優しく接してくれる。その愚かさに彩花は内心で嘲笑した。
「彩花、これテスト対策のノートだよ。赤線引いたところ絶対出るから覚えておくといいよ」
「ん、ありがと」
彩花は面倒くさそうにノートを受け取り、バッグに放り込んだ。堂道の顔を見ると、少し寂しそうな表情をしていたが、彩花はそれを無視した。どうせすぐに別れる予定だったから。
「今日もクラス委員の仕事頼むね。私、友達と約束あるから」
実際には翔吾と会う予定だった。
「わかった。でも…最近全然一緒に帰れてないね」
「忙しいのよ。じゃ、よろしく」
彩花は堂道の返事も待たずに教室を出た。
「彩花ちゃん、この前のデート写真見せて!」
昼休み、友達たちが彩花のスマホを覗き込んでいた。
「あれ? この人、堂道くんじゃないよね?」
「え?」
彩花は慌ててスマホを取り上げた。翔吾との写真が表示されていた。
「あ、これは…いとこ! 遊びに来てたの」
「へぇ〜、すごくイケメンないとこだね」
冷や汗をかきながらも、彩花は自分のウソを信じ込ませることに成功した。演技の才能には自信があった。
「でも彩花ちゃん、最近堂道くんとあんまり一緒にいるの見ないけど大丈夫?」
「別に。あいつは私の言うこと何でも聞くから心配ないよ。何かあれば私の足を舐めて謝ってくるわ」
「彩花ちゃん、ちょっと性格変わった?」
「そんなことないわよ」
彩花は笑った。
「ただ、本当の私を見せるようになっただけ」
そう、これが本当の自分だった。優等生の仮面を被った冷酷で打算的な女。堂道は自分のことを完璧な彼女だと思っているだろうが、彩花自身は自分の本性をよく知っていた。
校舎裏で翔吾と抱き合いながら、彩花は考えた。もう堂道を利用するのは限界かもしれない。このまま二股をかけ続けるのも面倒になってきた。そろそろ彼を捨てる時期が来たようだ。
「彩花、今日も最高だな」
翔吾の言葉に、彩花はうっとりした。
「翔吾くん…」
二人はキスを交わした。それは激しく、情熱的で、堂道とのキスとは全く違う種類のものだった。
この校舎裏でのキスが、誰かに見られているとは知らずに。
「もう堂道とは別れたら?」
キスを終えた翔吾が言った。
「面倒くさいだけでしょ?」
「そうだね…そろそろその時かも」
彩花はそう思った。堂道は自分の役目を終えた。もう必要ない。
でも、最後の試験が近いことを思い出した。彼をもう少しだけ利用してから捨てよう。彼が流した涙を見ることが今から楽しみだった。
「堂道くん、本当にごめんね」
彩花は心の中で嘲笑した。その言葉に、一片の誠意もなかった。
***
帰宅途中、彩花はスマホを開き、堂道から送られてきたメッセージを眺めた。「今日は早めに図書館で待ち合わせる?テスト対策、手伝うよ」
「バカね」彩花は冷たく笑った。「こんなに必死に尽くしても、私は翔吾くんのものなのに」
彼女は返信せずにスマホをカバンに戻した。翔吾と過ごす時間のことを考えながら、彼女の唇に残酷な笑みが浮かんだ。
「ゴミは、ゴミ箱へ」彩花は呟いた。「もうすぐあなたも捨てられるわよ、昇くん」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。