第80話 披露宴③

挨拶が終わりオーケストラの演奏と共に披露宴が始まる。まず最初にダンスを披露するのは主役である私とレオンスだ。

ダンスホールの中央まで辿り着くと流れていた曲が徐々に小さくなっていく。やがて静まり返り一呼吸入れた後、再び演奏が始まる。


「この曲…」


皇帝と皇妃の結婚披露宴なのだ。最初のダンスとして選曲されるに相応しいのはフォルス帝国独自の宮廷舞踏曲。それなのに流れてきた曲は全くの別物。大陸内でも随一の難易度を誇る舞曲である。

婚約披露式の時も曲をすり替えられていたけど、今回もそうなのだろうか。


「この曲を覚えているか?」

「もちろん、ちゃんと踊れますよ」


ぼんやりと犯人探しをしているとレオンスに声をかけられるのですぐに返事をする。

しっかりとステップを踏めていると思うけどもしかして踊り辛かったのだろうか。


「この曲が踊れる事は分かっている。前に一度踊っただろう」


そういえば婚約披露式の際もある貴族の嫌がらせでこの曲を踊った。レオンスはその時のことを覚えているか聞きたかったのだろう。にこりと笑って「婚約披露式の時も踊りましたね」と返事をする。私が覚えていたことに安心したのかレオンスは満足気に笑った。


「また嫌がらせですかね」

「いや、違う。この曲を選んだのは私だ」

「え?」


レオンスがこの曲を選んだ?どうして?

嫌がらせを未然に防ぐ為だろうか。それとも招待客に最高難易度の曲を踊れると見せたかったのだろうか。

考えてみても分からない。


「どうしてこの曲を選んだのですか?」

「アリアと初めて踊った曲だからだ」


まさかの答えに驚く。

確かにレオンスと初めて踊った曲だ。ただそれだけの理由で選ばれるとは思わなかった。


「私にとっては大切な思い出の曲なんだ」


優しく微笑むレオンス。皇族としてこれまで多くの曲を踊ってきたはず。その中で私と初めて踊ったことを大切な思い出と言ってくれた。

嬉しさで胸の奥がぎゅっと締め付けられる。同時に彼との初めてを大切な思い出として心に残せていなかったことが恥ずかしくなった。


「アリア」

「きゃっ…!」


名前を呼ばれて顔を上げると思い切り手を引っ張られた。唐突のことについていけず身体をふらつかせていると手と腰をしっかりと掴まれる。そのまま勢い良く回転するレオンスに驚いていると悪戯に成功した子供のような笑顔を向けられた。


「折角のダンスだ、楽しめ」


私が暗い顔をしていたからだろう満面の笑みで楽しむように言ってくるレオンス。

輝くような笑顔につられて自然と頰が綻ぶ。


「レオ様、さっきのもう一度お願い出来ますか?」

「良かったのか?」

「ええ、楽しかったのでお願いします」

「任せろ」


さっきよりも身体を密着させて曲に合わせてぐるりと回転する。周囲の視線も気になるが今この瞬間だけはレオンスだけを胸に刻み込みたい。視線を彼に戻すと今度は二人で子供のように笑い合った。

私は今日のダンスを一生忘れないだろう。



私達のダンスが終わりと歓声が湧き上がる。

少々はしゃいでしまったせいでダンス一曲で息を切らしたのは初めてのことだった。


「大丈夫か?」

「楽しかったのではしゃいでしまって…」

「楽しめたなら良かった」


優しく笑うレオンスに腰を引かれて壇上の席に戻って行った。

私達が戻った後もオーケストラの演奏は続き、今度は客人達のダンスが繰り広げられる。それを眺めながら果実酒を口に含む。


「招待客は頭に入っているか?」

「もちろんです」


披露宴の準備はレオンスとレナールに任せきりだった。私に出来ることは皇妃として恥ずかしくない姿を見せることだ。

招待した客人達が次々と挨拶に来てくれる。

皇妃として認めてもらえるか緊張はしているが隣にはレオンスが居てくれる。彼が居ると思うだけで自然と安心出来るのだから不思議なものだ。

友好国の王族、重鎮達は私のことを認めてくれているらしく褒めるだけ褒めて宴に戻って行った。何か含みがあるのだろうが表向きでも友好的に接してくれているなら別に良い。


「レオンス皇帝陛下、アリアーヌ皇妃殿下、ご結婚おめでとうございます」


頭を下げたのはフォルス帝国の西南方面にある海上貿易が盛んな小国の国王と王女だった。

つらつらと当たり障りのない挨拶をする国王の隣には頰を赤らめてレオンスを見つめる王女の姿がある。おそらく彼に惚れたのだろう。


「アリアーヌ皇妃殿下はダンスがお得意でしたね。先程の踊りはとてもご立派でした」

「ありがとうございます」

「実は私の娘も踊りが得意なのです」


愛想笑いをしていたレオンスの眉がぴくりと動いた。

ここで娘の自慢をするとは馬鹿なのだろうか。


「何が言いたい?」


睨み付けるように尋ねるレオンス。一瞬怯みを見せた国王だったが勇敢と無謀を履き違えているのだろう。

前のめりで「陛下がよろしければ娘と踊っては頂けませんか?」と願い出る。隣には王女が期待に満ちた目でレオンスを見つめていた。

親子で私の存在を無視するとは良い度胸だ。


「何故、私が貴方の娘と踊らなければならないのだ」

「そ、それは…」

「今日は愛する妻としか踊らないと決めている」


威圧感のあるレオンスに国王も王女も顔を青褪めさせる。二人とも彼の反感を買ったことに気が付いたのだろう。


「陛下、踊って差し上げたらいかがですか?」


私の言葉にレオンスは「なっ…」と驚いた表情を見せた。国王は安心したように息を吐き、王女は嬉しさで頰を赤らめる。


『アリア、何を考えているんだ』


脳内に響いたのはレオンスからの念話だった。怒っているのだろうがそれは私も同じだ。

返事をする代わりに彼に微笑みかけた後、王女に向き合う。


「王女殿下はダンスがお得意なのですよね?」

「えぇ!」

「もしよろしければ私と陛下が踊った曲を踊って頂けますか?」


レオンスは一瞬驚くが私の考えに気が付いたのだろう。すぐに笑ってみせる。

国王達に向き合うと楽しそうな声を出した。


「妻の頼みだ。先程の曲で良ければ踊らせて貰おう」


レオンスの言葉に国王と王女は顔を青褪めさせる。

私達が踊った曲は難易度が高いものだ。一度は完璧に踊りきったレオンスを相手に失敗したら彼に恥をかかせることになる。大帝国の皇帝に恥をかかせたことは醜聞として広まるだろう。貿易を主軸としている国として王女の醜聞は痛いものだ。

いくら自信があったとしても完璧に踊れる確証がなければ踊ろうとは思わないだろう。


「あの、やっぱり遠慮しておきますわ…」

「そ、そうだな…。陛下はお忙しいでしょうからまたの機会に…。これで失礼させて頂きます」


逃げるように去って行く国王達にくすりと笑った。


「アリアはいい性格をしているな」

「そうですか?」

「あの二人だけじゃなく私の肝も冷やしたじゃないか」

「ちょっとした悪戯ですよ」


片目を瞑って言うとレオンスから「後でやり返すからな」と言われてしまった。

その後レオンスに迫ろうとする女性は何人も居たが追い払ったのは私だった。

彼の言う通り私はいい性格をしているらしい。

新しい自分を知った宴だった。



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