第79話 披露宴②

披露宴の会場となっているのは皇城の中央に位置するダンスホールである。

精緻な彫刻が施された金箔張りの豪奢な扉を前にした私は既に疲労困憊状態だ。原因は隣に立っている夫と後ろに控えた侍女のせいである。

控え室からここに来るまでの間に投げ続けられたのは私を褒め殺すような台詞ばかり。ある意味、罰を受けているような気分になった。


「アリア、自分の良さが分かったか?」

「わ、分かりましたからもう褒めないでください!」


実際のところ自分が素敵とは思わない。しかし余計な事を言ってまた褒め殺しの刑を味わうのは勘弁して欲しいのだ。必死になって言うとレオンスは満足気に「それなら良い」と笑いかけてきた。

こちらの気を知らず楽しそうにするとは酷い旦那様だ。


「レオンス・ルロワ・フォルス皇帝陛下およびアリアーヌ・フォルス皇妃殿下のご入場です」


レナールの声が響き、そして目の前の扉が二手に大きく開いた。こちらを振り向いたレオンスは穏やかに微笑みかけてくる。安心させてくれるような優しい笑顔にこちらまで頬が緩む。


「行くとするか」

「ええ」


二人揃って中に入ると惚けたような視線を向けられた。即座に大きな拍手が湧き上がる。祝福の声を浴びながら奥に進む。中には恨みがましそうに私を見つめてくる令嬢達も居たが笑顔を返しておいた。


「さっき全員がアリアに見惚れていたぞ」

「レオ様に見惚れていたのですよ」

「アリアの美しさに見惚れていたんだ」


婚約披露式の時も似たような会話をしたことを思い出す。くすりと笑っているとレオンスに「どうかしたのか?」と首を傾げられる。


「婚約披露式の時も同じような会話しましたね」

「そうだったな」


笑い合っていると周囲から「ほぅ…」と感嘆の声を漏らした。


「挙式の時も思いましたがお似合いなお二人ですね」

「ええ、あの陛下が笑いかけていますよ。アリアーヌ様が好きなのですね」

「フォルス帝国の未来は明るいものになりますわ」


うっとりした表情で会話を繰り広げるのは母と仲の良い高位貴族の夫人達だった。

祝福してくれる気持ちもあるのでしょうけど…。

わざわざ大きな声で言うあたり自分達の家が私とレオンスの結婚を支持していると周囲に知らしめる目的もあるのだろう。高位貴族の夫人達が支持しているとなると私の敵に回ろうとする人は少なくなるからだ。

友人の娘を応援したいという善意なのか、エクレール公爵家延いては私に媚を売りたいからなのか。彼女達の真意は分からないが味方は多い方が良い。

感謝の意味を込めて微笑むと会釈で返された。

その様子を見ていたレオンスにくすりと笑われる。


「アリアは立派な皇妃になりそうだな」

「レオ様の恥になるような妃になるつもりは毛頭ありませんよ」


お持ち帰りされる時は妾になるかと思っていたけどまさか正妃の座をもらうことになるとは思わなかった。

もらい受けたからには皆に認められるような妃になりたいと思っている。

レオンスは嬉しそうに「期待している」と笑った。

最奥の中央に用意された壇上に辿り着くと会場内はゆっくりと静まりかえった。


「此度は私レオンス・ルロワ・フォルスおよび我が最愛の妃アリアーヌの為にお集まり頂き感謝致します」


最愛って付ける予定無かったですよね?

レオンスを見るとしたり顔をしていた。最初から言うつもりだったのだろう。

どうやら旦那様はかなりの悪戯好きなようだ。そして私が思っているよりもずっと私を大切に思ってくれているらしい。

レオンスから発せられた最愛という言葉に一部の女性達は顰めっ面を浮かべる。


「今宵はゆっくりとお楽しみください」


つらつらと言葉を並べていくレオンスは最後にそう笑って挨拶を締め括った。

彼に続くように私も感謝と歓迎の言葉を述べていく。それが終わると待機していたオーケストラが演奏を開始する。

力強く華々しい音色は披露宴の始まりを告げるものだった。



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