第78話 披露宴①

披露宴には挙式に参列出来なかった貴族達も大勢招待している。

挨拶ばかりで碌に食事は取れないだろう。

ウラリーが気遣いで用意してくれた軽食を頂いているとレナールから招待客全員が入場を終えたと知らせを貰う。


「私達も移動しましょう」


そう言って立ち上がろうとするが横から伸びてきた大きな腕のせいで出来なかった。

身なりを気崩さない程度の軽い力で抱き締められている。

気分でも悪くなったのだろうかと思いながら「どうかしましたか?」と首を傾げる。


「行きたくない」


短く告げられる言葉に苦笑する。

私の肩口に顎を乗せ、上目遣い気味で見つめてくるレオンスは「アリアと二人で居たい」と甘えた声を漏らした。

可愛い。

歳上の成人男性に思うことじゃないけど今のレオンスは甘やかしたくなる愛嬌が滲み出ている。


「後で二人きりになれますよ」


頭を撫でてあげたいところだけど整えられている髪をぐちゃぐちゃには出来ない。代わりに丸まった大きな背中を撫でると抱き着いてくる力が少しだけ強まった。


「あのお二人は定期的にいちゃいちゃしないと死ぬ病気に罹っているのでしょうか」

「そうねぇ、陛下は患っているでしょうね」


扉の側からレナールとウラリーの呆れた声が聞こえてくる。

そういえば二人きりじゃなかったわ。

苦笑しながらレオンスを引き離そうとするが「もう少しだけ」と言われてしまう。甘やかしてあげたいところだけどあの二人からぐちぐち言われるのは勘弁してほしい。


「そろそろ移動しないと駄目ですよ」

「披露宴、面倒だな」


わざわざ他国から訪れてくれている人達も居るのだ。無碍には出来ない。それにレオンスの妻は私であると知らしめる必要がある。

レオンスの気持ちは分かるけど私にとって披露宴は大事な宴だ。

申し訳ないと思いながら腰に回された大きな腕を外させてもらった。


「駄目ですよ。さぁ、行きましょう」


会場に向かうように促すとレオンスは悪巧みを思い付いた表情をこちらに向けてくる。

今度はなにを考えているのだろうかと首を傾げた。


「アリアからキスをしてくれたら行く」


満面の笑みでキスを強請ってくるレオンスに頰を引き攣らせる。

別に嫌じゃないし、彼とのキスは気持ちが良いので好きだけどウラリーからの視線が痛い。

初夜を迎える前に説教を喰らうのは御免だ。


「あ、後でしますから…」

「今は駄目なのか?」

「化粧が崩れてしまいますので」


レオンスは楽しそうに笑って「化粧が崩れるくらい激しいものをしてくれるのか?」と聞いてくる。

そういう意味で言ったわけじゃないのに。

返答に困っていると助けに入ってくれたのはウラリーだった。


「いい加減にしてください、陛下」


やっぱりウラリーには勝てないレオンス。罰の悪そうな表情で「うっ…」と声を詰まらせる。

じっと見つめられたレオンスは仕方なさそうに深く溜め息を吐いた。


「それと披露宴が面倒だと仰っていましたがアリア様が自分の妃であると皆にご自慢したいと思わないのですか?」


その煽り方はどうなのだろうか。

そう思っているとやる気がなかったレオンスは「そうだな」と立ち上がる。彼が立ったことで揺れるソファに身体をふらつかせていると手と腰を引かれた。強制的に立ち上がると左手の結婚指輪にキスを贈られる。


「アリアを自慢するのは大切な事だ」

「私のような小娘では自慢になりませんよ」


招待客全員に自分がレオンスの妃であると分からせるつもりではある。しかし彼自身に自慢してもらうような人間じゃない。


「何を言っている!」

「変な事を言わないでください!」


レオンスと一緒に怒ったような表情を見せたのはウラリーだった。

この流れは不味いかもしれない。

助けを求めるようにレナールを見ると呆れの視線をこちらに向けていた。


「アリアは自分の魅力を分かっていないようだな」

「これに関しては陛下と同意見です」


普段と違ってウラリーと徒党を組むレオンスは無駄に良い笑顔で「良い機会だから会場に向かうまでアリアの良さを語らせて貰おう」と言ってくる。

流石にそれは遠慮したいと思うがウラリーも賛成らしく笑顔で頷いていた。


「自業自得ですよ、アリア様」


レナールにも裏切られた結果、会場に着くまで自分についての語りを聞く羽目になったのだった。

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