第58話 求婚の日③
二人きりの夕食は初めてというわけじゃない。普段なら他愛もない会話を楽しむのに今日は妙な緊張感が流れている。
求婚の話を意識しているせいだろうか。美味しいはずの食事が上手く喉を通らない。
「アリア」
「はい?」
「その、公務を手伝わせてしまってすまない。助かった」
伏し目がちに言葉を発するレオンスに首を横に振る。
元々は私が担当する公務だったのだ。今までは特別な計らいでレオンスが代わってくれていただけ。謝ってもらうことでもお礼してもらうことでもない。むしろのんびり過ごせるようにしてもらっていた私が謝罪と感謝を述べる方が正しいのだ。
「それはこちらの台詞です。今まで公務を代わって頂いて申し訳ありませんでした」
「私が許可をしたのだ。アリアが謝る事ではない」
レオンスは私に甘過ぎる。彼の好意に甘えて寄りかかっていたけど皇妃となったらそうはいかないだろう。私が彼を支えられるような妃にならないといけない。
甘えてもらえる存在になりたいのは私の我儘だけどね。
「今までは甘えてばかりでしたがこれからは私がレオを支えますから無理しないでくださいね」
十歳も差があるのだ。レオンスから見れば頼りない存在見えるかもしれないが少しは頼ってもらえれば良いという気持ちを込めて微笑みかける。
彼は驚きに目を開き、すぐに柔らかく緩めた。
「十分支えて貰っているぞ。アリアが側に居てくれるだけで助かっている」
そう言ってもらえるのは嬉しい。だけど私は側にいるだけで満足するような役立たずの妃になりたいわけじゃないのだ。皇帝と皇妃として、夫婦として持ちつ持たれつな関係になれたら良いと思うけどすぐには無理なのだろうか。
「と、とにかくレオも私を頼ってくださいね」
レオンスは穏やかな笑みを浮かべて「分かった」と返事をするがきっと頼ってはもらえないだろう。
今の私は大した役に立っていない。結婚して皇妃として経験を重ねれば堂々と言えるようになるはず。
悔しいけど今は引かせてもらおう。
「アリア、明日は皇城に来なくて良いぞ」
話がひと段落したところでそう声をかけられる。
結婚式の打ち合わせと衣装合わせは終わっているし、昼間のうちに段取りの最終確認もした。皇城にやって来る必要はないかもしれないがレオンスから言われるとは思わなかったので驚く。
「どうしてですか?」
「明後日からはここで暮らす事になるのだ。明日くらいは家族と過ごすと良い」
どうやら気を使ってくれていたようだ。
皇妃として行動に制限をかけられ会う頻度は落ちるかもしれないが決して会いに行けない距離じゃない。それに向こうからも会いに来てくれるだろう。
立場が変わってしまうが家族であることに変わりはないのだ。しかし毎日のように顔を合わせられないのはやはり寂しいものである。最後の最後にのんびりと過ごせるのは嬉しい。
「お気遣いありがとうございます」
「当然の事だ、気にしなくて良い」
「レオは明日どのように過ごされるのですか?」
レオンスも結婚前に片付けなければいけない仕事は終わったと言っていた。私と違って彼には家族がいない。ウラリーやレナールが家族のような存在だろうから彼女達の過ごすのだろうか。
「父上と母上の墓参りに行こうと思っている」
「お墓参り…」
フォルス帝国の皇族の墓は帝都を一望出来る高い丘に建てられている。
亡くなっても帝国を見守り続けられるように。
そういう意味が込められているそうだ。
「父上と母上に報告したい事がたくさんあるからな」
優しく笑うレオンスの表情は親を慕う子供のようなものに見えた。
一緒に行きましょうか。
そう言いかけて口を閉じた。私が家族と過ごすようにレオンスも家族だけで過ごしたいと思っているかもしれない。邪魔という無粋な真似は出来ないのだ。
「結婚したら私も連れて行ってくれますか?」
明日は邪魔を出来ないが明後日からはレオンスの家族となるのだ。義娘として挨拶をしておきたい。
一瞬目を瞠ったレオンスだったがすぐに嬉しそうに笑って「勿論だ」と頷いてくれた。
「そろそろ外に行こうか」
「外?」
お互いのお皿が空になったのと同時にレオンスに声をかけられる。
どうして外に行くのだろうか?
求婚するという話以外はなにも聞かされていない為、戸惑っていると席を立ったレオンスに手を差し出される。
よく分からないまま彼の手に自分の手を重ねると一瞬で景色が変わった。転移魔法を使われたのだ。
「ここは…」
「皇城の天辺だ。ここからでも帝都を一望出来るからな」
私の肩を抱いたレオンスは遠くを指差す。
そちらを見ると彼の言った通り帝都の夜景が広がっていた。まだ寝るには早い時間だ。城下町には無数の灯が広がり幻想的な空間に感じられる。
「私はこの素晴らしい景色を守り続けたいと思っている」
「レオ?」
レオンスは私の側から離れるとその場に跪いてこちらを見上げてきた。
皇帝に跪かせるのは不味いと立ってもらおうとするがそれより先に彼が口を開く。
「アリアーヌ・エクレール公爵令嬢。どうか私レオンス・ルロワ・フォルスの妃となって欲しい。そして共に帝国を照らす存在となってくれ」
断る選択肢はない。
私もレオンスと共に在り続けたいのだ。
「勿論です」
自然と笑顔が溢れるとレオンスも目を細めて笑ってくれた。立ち上がった彼に抱き上げられて共に帝都の景色を見つめる。
「この景色を守り続けましょう」
「アリアと一緒ならば怖いもの無しだな」
「ご期待に応えられるように頑張ります」
くすりと笑い合う。ふと視線が交わりどちらともなく唇を重ねた。
「許可なくしてしまったな」
「それもう良いですから。好きな時にしてください」
「人目を憚らずキスする事になるぞ」
「常識の範囲内でお願いします」
「善処しよう」
流石に皇帝と皇妃が人目も憚らずキスをしていたら周囲から変な目で見られてしまう。レオンスを支える存在としてそれは許せない。
そう思っていると触れるだけのキスをされる。
「アリア、愛している」
囁くように紡がれた言葉と共に長いキスを贈られる。
いつかレオンスに同じだけの気持ちを返せる日が来ることを望みながら彼の首に腕を回した。
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