第59話 家族とお出かけ①
レオンスから求婚を受けた翌日、家族揃ってお出かけをする事になった。
彼の計らいにより父も兄も今日は仕事がないそうだ。
馬車に揺られて向かっているのは帝都から三時間のところにあるフードルという商業都市である。
十年前に一回だけエクレール公爵家の人達に連れて来てもらった思い出のある場所。嫁入り前に行きたいと私が願ったのだ。
「みんな揃ってのお出かけは久しぶりね」
「お父様とジェイドお兄様が忙しいからですよ」
穏やかに笑いながら「そうね」と返してくる母の視線は父と兄の方に向いた。二人は気不味そうに頰を引き攣らせて馬車の外に視線を逸らす。どうやら悪気はあるらしい。
「ジェイドお兄様、リシュー様も連れて来られたら良かったのに」
話を聞いたところによると兄とリシュエンヌの関係は一進一退らしい。仲が悪くなっているわけじゃないが進展もしていないそうだ。
単に兄が根性なしのせいだろう。
「誘ったけど家族で出かけるのを邪魔出来ないって返されたんだよ」
「リシューちゃんも家族みたいな存在なのに…」
「ジェイドお兄様のことですから簡単に引き下がったのでしょうね」
母が言う通りリシュエンヌも家族のような存在。
兄と彼女が二人揃っているところを見たかった気持ちもあるけど、結婚前に一緒にお出かけをしたかった気持ちの方が強い。
兄が「リシューも家族だ」の一言を言ってくれたらきっと彼女も折れてくれたのに。残念な話だ。
「そうね。ジェイドは旦那様に似て気の利いた言葉をかけられないから」
知らない顔をしていた父はいきなり自分の事を言われて驚いた表情を見せた。兄を横目に「ジェイドと一緒にするな」と言うが母から聞かされている両親の話を聞く限りではどっちもどっちだ。
「俺だって父様と一緒にされたくない!」
「もう喧嘩しないの。折角のお出かけなのだから」
火種を作って投げた母が鎮火させている。面白い光景に頰が緩む。
笑っていると兄に「アリア、笑うな!」と言われてしまうので知らない顔をした。
顔を逸らした拍子に外を見ると十年ぶりに見る光景が視界に映る。
「アリアはフードルに来るの久しぶりだよな」
「十年ぶりです」
同じように外を見ている兄に言われるので頷いて返事をする。アルディ王国に居た頃は家族旅行に連れて行ってもらったことがない。それを可哀想に思ったのか今の家族は何度も旅行に連れて行ってくれたのだ。
人生で初めての旅行、忘れることが出来ない大切な思い出である。だから今日は一番思い出深い場所であるフードルを選択したのだ。
「あの時以来か」
「そういえばジェイドお兄様はフードルで迷子になったことがあるのですよね?」
「そうよ」
約二十年前、初めての旅行に浮かれた兄が母の注意も聞かず勝手に走り回って迷子になったそうだ。
すぐに連れ戻そうとした母を止めたのは父だった。
一回くらい痛い目に遭った方が学ぶこともあるだろうと放置したのだ。護衛が付いていたので安全環境の中で兄は迷子となっていた。
私は母に教えてもらったが兄は今でも事実を知らされていないらしい。
「その話を持ち出さないでくれ…」
「迷子になって以降はジェイドは落ち着きを持つようになったわね」
恥ずかしい話をされたからか兄は頭を抱えて「最悪だ」と呟いた。
普段見れない姿に笑っていると兄に睨まれてしまう。
「そ、それを言ったらアリアだって迷子になった事あるだろ!」
「ジェイドお兄様に連れ回されてお父様達と逸れてしまった時の話ですか?」
十年前、兄に連れ回されて父と母と逸れてしまったのだ。兄が「俺が父様達を探して来るから待っていろ」と言われて一人で放置されてしまった記憶がある。
今思い出してもあれは十六歳だった人の取る行動ではなかったと思う。
「お、覚えていたのか…」
「私の記憶力を舐めないでください」
「そうね。結局アリアは自力で私達のところに戻って来たもの」
「あの時の旅行は怒られた記憶しかないな」
「もう一回叱ってやろうか?」
父の睨み付けに兄は頰を引き攣って「勘弁してください」と目を逸らした。
兄のおかげで迷子になっても自分で落ち着いて帰れる力を手に入れたのだけどね。
得意気な顔を向けられそうなので絶対に言わないでおこう。
「あ、到着したみたいですね」
結婚前、最後の思い出作りをしましょう。
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