第53話 結婚式まで一週間②

レオンスと寄り添いながら庭園の中を歩いて行く。

色鮮やかに咲き誇っている花々はどれを見ても私の好みの品種だった。

好みの花を教えた記憶はないのだけどね。

彼が私のことをよく知っているのは今更の話だ。別に驚いたりはしない。


「気に入ったか?」

「ええ、とても過ごしやすい場所です。素敵な庭園を用意してくださりありがとうございます」


時機が合わず伝えられなかったお礼を伝えるとレオンスは嬉しそうに笑った。


「この庭園はいつ用意されたのですか?」


聞いても良いのか分からないし、答えを知るのが怖いのだけど気になるので尋ねてみる。

レオンスは顎に手を当てて考えるような仕草を見せた。

思い出すのに時間がかかるほど昔の事なの?

戸惑っていると彼はくすりと笑った。


「アリアが城に来てからだ」

「へっ…」


情けない声が漏れる。

私が城に来てからということは庭園が出来てから三ヶ月も経っていないということだ。

思い出すのに時間をかける必要はないと思うのだけど、どうして考えるような態度を見せたのだろうか。


「考え込んでいたのでもっと前かと思いました」

「わざとそういう風に見せたんだ」

「何故ですか?」

「アリアの戸惑った反応が見たくてだ」


愉快に笑うレオンス。こちらの戸惑った反応を見て楽しむとは意地悪い人だ。

繋いでいない手を使って彼の脇腹を突いた。皇帝にするべきじゃないと思うが後一週間もすれば夫婦となるのだ。これくらいの戯れは許して欲しい。


「こら、やめろ。擽ったいだろ」

「揶揄ったレオが悪いのです、我慢してください」


身を捩って逃げようとするレオンスだけど本気で逃げる気はないのだろう。繋いだ手を離す気配が全くしないのがその証拠だ。手を繋いだままくるくると追いかけっこをする私達は周りから見れば子供さながらである。皇帝として公爵令嬢として見せてはいけない光景だろう。


「逃げないでくださいよ」

「擽ったいのだから仕方ないだろう」

「罰は受けるべきです」


逃がさないと勢いよく彼の身体に抱き付けばバランスを失って二人で倒れていく。

どさりと音が響いて芝生に寝転がった。真下にはレオンスの姿があり、頭をぶつけていないか心配になる。


「だ、大丈夫ですか?」

「平気だ」

「申し訳ありません。まさか倒れると思っていなくて…」


謝ると何故か笑われた。

とにかく退かないと。

レオンスの上から退こうと身体を動かし始めた瞬間、伸びてきた腕に捕まり抱き寄せられてしまう。


「わざと倒れたんだ」


よく考えれば鍛えている為、体躯がしっかりしている彼が私に抱きつかれたところで倒れたりしない。

しかし怪我をするかもしれないのにどうしてわざと倒れるような真似をしたのだろう。

至近距離で揶揄うように笑うレオンスに首を傾げる。


「アリアに押し倒されたくてわざと倒れたんだ」

「なっ…」


一瞬で顔が赤く染め上がっていく。

押し倒されたくてってなにを考えているのよ。

さっさと上から退いてしまおうと身を捩るがしっかりと抱き締められてしまっている為もぞもぞ動くので精一杯だ。


「後は脇腹を突かれたお返しだ」

「それはレオが悪いからじゃないですか、離してください」

「駄目だ」

「誰かに見られたらどうする気ですか?」

「誰も来ないように指示を出させている」


元々ここに入って来られるのは信用が出来るごく一部の侍女だけ。皇帝の指示となれば本当に誰もやって来ないのだろう。

暴れたところで離して貰えないと諦めに似た気持ちでレオンスに胸元に顔を乗せる。

どくんどくんと心臓の音が耳の中に入り込んできた。


「あまり心臓の音を聴くな」

「何故ですか?」

「速くなっているだろう、情けない」


顔をずらしてレオンスを見ると耳まで赤くなっていた。一目で照れているのが分かる。

可愛い。

成人男性に思うことじゃないと分かっているが今のレオンスは可愛く感じてしまう。

悪戯をしたくなってわざと胸元に耳を欹てる。


「こら、聞くなと言っているだろ」

「レオが離してくれないのがいけないのですよ」


離してくれますか?という視線を向けると逸らされた。どうやら離す気はないらしい。それならば私も好きにさせてもらおう。

甘えるように彼の胸元に顔を埋めて心臓の音を聴く。さっきよりも速くなったそれは存外心地良く聴こえるので不思議なものだ。


「速いですね」

「アリアが可愛い事をするせいだ」

「全部レオが離してくれないせいですよ」


埋めていた顔を上げると真っ赤な顔でこちらを見つめてくるレオンスがいた。

皇帝としての威厳が抜け落ちてすっかり普通の青年みたいになっている。新鮮な彼を見ていたらぎゅっとしがみ付きたくなった。

どうせ抱き締められているのだから私から腕を回してもおかしくないだろうと首元に腕を絡ませる。


「アリア」

「はい?」

「キスがしたい。良いか?」


真っ赤な顔で尋ねてくるレオンスからは普段の強引さまで消えているようだ。肯定の言葉の代わりにこちらからキスを贈った。

背中に回されていた手が首と後頭部に移動していく。


「んっ…」


強く引き寄せられ閉じていた唇を舌先で突かれる。

それを合図に薄っすらと口を開けばぬるりとした柔らかいものが嬉々として侵入を果たす。

舌を絡め合う大人のキスは何度しても慣れない。それなのに気持ち良さは増していく一方だ。


「んんっ…」


じゅるっと舌に溜まっていた唾液を吸い上げられて気持ち良さに背筋が粟立つ。

必死に応戦していても息苦しさには勝てない。首の後ろを掻けば素直に離れてくれた。くっ付いていた部分から伸びた銀色の糸がゆっくりと切れてレオンスの唇を濡らす。


「ふ、拭きますから少し待ってくださいね」

「要らない」


自身の唇を舐める姿は男性とは思えないくらい妖艶で大人の男性という感じだ。

さっきまで青年らしさがあったのに凄まじいギャップを見せられた。


「真っ赤だな」

「息が苦しかったせいです」

「それは悪い事をした」


笑いながら言われても反省しているようには見えない。呼吸が整うのと同時にまた唇を奪われる。

何度も角度を変えてくっ付いたり離れたりを繰り返す。さっきのねっとりした濃厚なキスとは一味違う噛み付くような、貪るようなキスに頭がくらくらする。


「アリア……早く俺だけの妃にしたい」


無我夢中のキスの合間に告げられた言葉。

また『俺』と言ってるわ。

ぼんやりする中で終わったら尋ねようと心に決めた。

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