第52話 結婚式まで一週間①
波乱のお茶会から一週間が経った。
ロゼ公爵家が起こした大騒動は落ち着きを見せ始めている。
無事と言って良いのか分からないがロゼ公爵一家の処刑は執行された。
最初は見るつもりはなかったのだけど次期皇妃として、被害者として彼らの死様を目に焼き付けておく必要があると思ったのだ。
力なく私を見つめてきたサビーヌ嬢が最期に呟いたのは。
『レオンス様を幸せにして』
彼女が本気でレオンスを愛していたことは分かっていた。分かっていたからこそ彼女の首が飛ぶ姿は見ていて苦しかった。
私はサビーヌ嬢から貰った言葉を一生忘れないだろう。
ロゼ公爵家の取り潰しと共に行われたのは帝国内に蔓延る悪の取り締まりだ。
お茶会の会場内に居た貴族の過半数は私の暗殺未遂に関わっており厳しい処罰を余儀なくされた。その中には私と同席に通されていたご令嬢達も処罰の対象者だ。近いうちに貴族籍を外されて規則が厳しい修道院に送られることが決まっている。
皇帝陛下の結婚前なのに対処するべき問題が多過ぎる。
てっきり延期になるのかと思ったがレオンスは首を横に振った。
「各国への招待状は既に送られている。今更延期には出来ない」
真っ当な意見だった。
結婚式の日を迎えるまでに全てを片付けると息巻いているレオンスとは四日も会っていない。彼だけを頑張らせるというのは心苦しく私も公務を手伝っているのだ。
おかげで寝不足気味である。
「アリア様、少し休憩をされては如何ですか?」
一週間のことを思い出してぼんやりしていたからか様子を見に来たウラリーに言われてしまう。
執務机に乗せた時計を見ると先程確認した時から四時間は優に過ぎていた。
「あまり根を詰めては身体を壊してしまいますよ」
「そうね。少し休憩するわ」
外の空気を吸おうと執務室を出て向かったのはいつ用意されたのか分からない私専用の庭園だった。
一人きりになり大きく伸びをすると長座によって凝り固まった身体が逸れていく。空気を目一杯吸い込み、吐き出した。
「疲れているみたいだな」
「ええ、少しだけ……」
ぴたりと口が止まる。今ここに居るのは私だけのはず。それなのに聞こえてきたのは自分のものじゃない男性の声だった。
私専用の場所である為、入って来られるのはごく一部の人間だ。その中で入ることが許されている男性は一人のみ。
「レオ」
振り向いて確認すると朗らかに笑うレオンスが立っていた。
人の気配には敏感なのに…。
全然気が付かなかったのは大魔法師の皇帝が相手だからだろう。
「いつ来たのですか?」
「アリアが伸びをしていた時だ」
おそらくウラリーが気を利かせて呼びにいってくれたのだろう。
それにしても恥ずかしい姿を見られてしまった。熱を帯びた頰を手で扇いでいると伸びてきた大きな腕が背中に回って抱き寄せられる。
正面から抱き締められたのは一週間以上前のこと。そこまで長い期間でもないのに久しぶりに感じるのはそれだけ彼と過ごした時間が濃密なものだったからだろう。
「しっかりと抱き締めるのは久しぶりに感じるな」
「私も同じことを考えていました」
するりとレオンスの大きな背中に腕を伸ばしてぎゅっとしがみ付く。
触れ合う身体も、漂う匂いも、感じ取れる体温も全てがしっくりくる。
原因不明な動悸は襲ってこない。代わりに感じるのは安心感だ。
「もうすぐ結婚式だな」
「そうですね」
「ようやくアリアを手に入れられる」
「もう既にレオのものですよ」
お持ち帰りをされたあの日から私はレオンスのものだ。それなのに今更過ぎる発言に笑ってしまった。
「ものじゃない。アリアは私の妃だ」
「そうですね。私は貴方の妃になりますよ」
どちらともなく身体を離すと微笑みかけられる。
「結婚式が楽しみだ」
「その前に片付けなければいけないことが多いですけどね」
「休憩中くらい公務の事を考えさせないでくれ」
苦笑いをするレオンスに「ふふっ…」と笑い声が漏れた。
「レオ、少しだけ一緒にお散歩しませんか?」
「散歩?」
「ええ、何も考えず歩きましょう」
「それは良い考えだな」
どうぞと手を差し伸べられた手を握り締めて歩き出した。
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