第42話 父と兄は似ている

夕方近くなって目を覚ますと寝不足は解消されていた。

手短に準備を終わらせてから向かうのは皇城だ。


「あら、アリアちゃん。もう出掛けるの?」

「早めに行こうと思って」


自室を出ると母から声を掛けられるので頷いて答える。

父と兄にも挨拶をしてから出ようと思ったが屋敷に気配がないので出掛けているのだろう。


「お父様とジェイドお兄様はどちらに?」


寝ていたので二人がどこに行っているのか知らない。

母に尋ねると苦笑いを向けられた。


「旦那様は皇城に居るわ。ジェイドはリシューちゃんのところよ。泣き叫びながら出て行ったのだけど何か知らない?」


一瞬何の事だと思ったがすぐに今朝の事を思い出す。

おそらくリシュエンヌに謝罪をする為に屋敷を飛び出して行ったのだ。母が苦笑いをしている理由は兄の見慣れぬ姿を見たせいだろう。


「リシュー様がジェイドお兄様との関係に不満を持っているという話をしたからですね」

「え?不満なの?」

「どうやらキスもして貰えないのが不満みたいですよ」


兄に言う事は出来ないが母には言っても良いだろうと答えると「なるほどね」と遠い目をされた。

何かあるのだろうか。


「そういうヘタレな部分は旦那様似なのね。大事にしてくれるのは良いけど少しくらいは女の気持ちを汲み取りなさいよ。親子揃って馬鹿なのだから」


母の話を聞く限りだと父も兄と同じような感じだったらしい。小さな声で「リシューちゃんが可哀想だわ」と呟く母に今度は私が苦笑いになる。


「そう考えるとヘタレじゃない陛下は良いわね」


にこりと微笑む母にどう返したら良いのか分からなくなる。

キス一つもされないのは寂しいと思いますが会うたびに激しく求められるのも結構困りものですよ。

勿論レオンスに求められるのは嫌じゃないけど限度を考えて欲しい。

花祭りの休憩中にされた事を思い出して恥ずかしさに頰を赤くする。それを目敏く見つけるのは母だ。


「あら顔が赤いわね。何を思い出しているのかしら」

「な、何も思い出していませんよ…!」

「本当に?」

「本当です」


花祭りの件を母に話したら怒るか揶揄われるかのどちらかになる。

口に出すのも恥ずかしいので絶対に言わないけど。

一応誤魔化してはみたが反応を見れば丸分かりだ。母は楽しそうに「そうなのね」と笑った。


「そろそろ行きますね」

「あまり遅くならないうちに帰るのよ」

「分かっております」


逃げるように屋敷を飛び出して馬車に乗り込む。

ガタガタと揺れる中で感じるのは嫌な気配。

レオンスとの婚儀が近づいているせいか狙ってくる人が多くて落ち着かない。


「ブリュノ、馬車の速度を上げられる?」


小窓から御者をしてくれているブリュノに声をかけると黙って頷かれる。

やたらと体躯の良い彼の本業は護衛だ。

寡黙な人なのであまり話したことはないけど仕事が出来る人だと知っている。


「捕まえないのですか?」

「今日は泳がせておくわ」


殺しに来たというよりも私の身辺調査をしようとしているのだろう。

命を狙おうとするなら容赦はしないが調査くらいならいくらでもさせてあげて良い。

心配そうに眉を下げるブリュノ。そこまで心配しなくても大丈夫なのに。


「不届き者の雇い主は影が見つけてくれるわ」

「良いと思います。そちらの方が陛下に伝わりやすいですから」


納得の表情で頷くブリュノ。

そういうつもりじゃなかったけど。

その言葉は飲み込んだ。

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