第26話 小百合

 その娘の名前は


    小百合


 人族の村に生まれ、人族の両親を持つ至って普通の女の子だ。


 特別な力はない。


 しかし、両親の深い愛を受けて、すくすくと育てられてきた。


 だが、その家族に不幸は突然訪れた。


 小百合が8歳になった頃、突然鬼族達が自分達のいる人族の村を襲ってきたのだった。


「母さん!小百合を連れて早く逃げるんだ!!」


「あなた!あなたも一緒に来て!」


「ダメだ!俺が時間を稼ぐ。もう奴らは村の中に入ってきた。早く行け!小百合!母さんの言う事をよく聞くんだぞ!」


「やだよ!パパも一緒がいい!ねぇママ!パパも一緒に逃げようよ。」


「ごめんなさい!あなた!必ず小百合を守るわ!」


「やだやだ!パパ!!パパ!!」


 そういうと小百合の母は小百合を抱きかかえて、家の裏口から出ようとする。


 そして裏口の扉を開けると…そこにはニターっと気持ち悪い笑みを浮かべた鬼がいた。


「キャーーー!小百合、逃げなさい!!」


 咄嗟に小百合を突き飛ばし、鬼の前に立つ母。


「どけ!女!」


 鬼は平手で小百合の母の顔面を平手打ちした…すると、鬼の強い力により一瞬で母親の顔は弾けて飛んいき、壁にぶつかった。


 ベチャ…


「おっと!しまった!うっかり力を入れ過ぎちまった…畜生…売れば金になったもの…まぁいい。まだまだ沢山エモノはいるからな…ぐへへへ。」


 小百合の目の前で母親の顔は爆散し、見るも無残な姿になっていた。


「きゃあああああああ!ママ!!ママぁ!!」


 その姿を見た小百合は恐怖と悲しみに絶叫する。


「おのれ鬼ども!よくも俺の愛する妻を!!」


 小百合の父は激昂し、手に持った剣でその鬼に向かって行った。


 ガキン!!


 父親は鬼に一太刀を入れた。


 だがしかしその頑強な鬼の体には傷一つつかない。


 人と鬼では基本的に身体能力の差が圧倒的に離れていた。


「ガハハハ、嫁が殺されて怒っているのか。これは面白い。これだから略奪はたまらねぇなぁ!!俺が憎いか?悔しいか?くぅーーー弱い者が怒る姿はいいなぁ!そして何の力もなく無残に殺される姿は至福の光景だ!」


「逃げろ小百合!早くしろ!立つんだ!お前さえ生きていればそれでいい!」


しかし小百合はあまりの恐怖で立つことも喋ることもできなくなっていた。


「おっと、そうはいかねぇなぁ。そいつはもう俺のもんだからよぉ。げへへへ」


「黙れ外道!さぁ早く行け!」


 そういうと父は再度鬼を斬り付けようと刀を振りかぶる…がしかし…


「そう何度も斬られるわけにはいかねぇなぁ…」


 ズボ!!


 父親のお腹から赤い色をした大きな手が生えている。


 鬼の手は父親の腹をその手で貫いたのだ…


 ぶはっ!!


 父親は口から大量の血を吐くと、刀を床に落とす。


「小百合ごめんな…お前だけは…生きてくれ…幸せに…なれ…」


「お前はもういらない。」


 そして鬼は手刀で父親の首を刎ねた。


 目の前で両親を無惨に殺された小百合。


 あまりの出来事に心が耐えられず、そのまま気を失った。


 そして目を覚ますと、そこは檻の中だった…


 ふと気づくと、首に鎖が繋がっている…


「ここ…どこ?ママ?パパ?」


 小百合は困惑した。


 そして次第に記憶が戻ってくる。


「きゃあああああああああああああああああああ」


 思い出すと小百合は絶叫した。


 その声に鬼達が気付いた。


「なんだ!でかい声を出して!ほう、気付いたか。」


 小百合のいる檻の周りに鬼が集まってきた。


 ふと周りに気付くと、自分と同じように鎖でつながれた子供や女性が沢山いた。

 震えている者、静かに泣いている者、放心状態の者。

 しかし、だれも声を上げない。

 知っていたのだ、声を上げるとどうなるかを…

 そして小百合は知らなかった。


「ねぇ!パパとママはどこ!ここはどこなの?出してください!パパとママに会わせて!!」


 小百合の記憶では父と母は殺されている。

 しかしあまりに酷い状況だったので、あれが現実だとは思いたくなかった。

 あれはきっと夢だ。

 そう思い込むことで何とか今を保っていた。


「ほぉ…パパとママに会いたいか…くくく…あっはっはっは。」


 周りの鬼達はみんなして大爆笑をする。


「何がおかしいの!早く会わせて!」


 すると、一人の鬼が近づいてきた。


「随分いきがいいじゃねぇか…震えていたあの時とは大分違うじゃねぇか。」


 小百合の顔が凍り付いた。


 その鬼の顔を忘れるはずがない。


 父と母を殺した鬼だった。


 その鬼を見た瞬間、自分の記憶に残っている光景が現実であった事と確信してしまった。


 心が否定するのに、体が…記憶がそれを肯定する。


 すると、小百合はまたパニックになり、絶叫をあげる。


「きゃああああああああああああああああ!!」


 鬼は小百合の声のデカさに耳を塞ぐ。


「かぁ!こううるさいとかなわんな。おい!あそこ連れていけ。この餓鬼を調教してこい。」


 そういうと二人の鬼は檻の中に入って小百合に近づいていく。


 周りの人族は震えながら、目を伏せる。


 何が起こるのかを知っていたからだ。


 小百合は近づいて来る鬼に向かって更に叫ぶ。


「いや!!やめて!!来ないで!!きゃああああ!!」


「うるせぇ餓鬼が!」


 そういうと鬼は小百合を抱きかかえて出て行った。


 そして調教室という名の拷問部屋に連れていくのだった。



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