第22話 離反
「ちょっと待って下さい!!」
誠がリングから立ち去ろうとしたとき、会場から何者かが飛び降りて誠の前に立った。
修羅である。
「修羅?どうした?」
誠はなぜ修羅がここに来たのか理解できない。
「やっぱり納得できません!!僕の方が強いのに何であんな雑魚がオニンピックに出れるんですか!」
「それがルールだ。」
「そんなルールは間違ってます!力こそが全て…そう私に教えてくれたのは先生じゃないですか!僕と勝負してください!僕が勝ったら僕がオニンピックに出ます!」
力こそが全て…これは誠が生きていく上で培った絶対不変の真理であった。
誠は日頃の訓練から事あるごとに、
「納得がいかないのはお前の力がないからだ。力無き者は奪われ、力ある者が手に入れる、力こそが全てだ」
と言いつけてきたのである。
「いい加減にしろ!!破門にされたいか!!」
しかし、誠は激怒した。
そして修羅も引かない。
「破門でもなんでも結構。もはやあなたに教わることは何一つない。あなたは僕より弱い。」
「なんだと…いうにことかいて、俺より強いだと!?」
「そうです…あなたはもう最強じゃない!」
そういう修羅の目は憎悪にまみれていた。
すると突然会場にアナウンスの声が鳴り響いた。
「その勝負、私が認める!さぁ思う存分とやりなさい。」
そういって現れたのは、以前町長の秘書をやっていた男だった。
昨年秘書は、町長の今までの悪事を民衆に少しづつ流布していくと、怒り狂った町民が町長の下に押し寄せ、暴徒と化し、そして町民によるリンチによって町長は惨たらしく殺された。
その全ては秘書による扇動であった。
そして町長が不在になるや否や、秘書が代理で町長になり、そしてそれは今年から正式なものとなった。
つまり、彼は現町長であり、修羅と誠の試合は町長権限での試合許可となる。
「馬鹿な!本気か?息子がどうなってもいいのか?貴様!」
誠は元秘書に向けて言い放った。
「馬鹿はどちらですか?あなたは利用されていたに過ぎませんよ。最初からね。まぁ御託は良いから、うちの息子と勝負しなさい。もしも勝てたら話を聞いてあげましょう。」
元秘書は薄ら笑いを浮かべながら誠に言った。
「どうなってもしらねぇからな!おい!修羅!覚悟しろよ!本気でやってやる!」
「覚悟するのはあなたの方です。もうあなたの力は見切った。」
修羅は雷の精霊の力を宿している。
水の精霊の力を宿す誠とは相性が良かった。
そして審判の声が会場に響いた。
「それでは、これより町長指名の特別マッチを行います!両者!はじめ!!」
審判の合図と共に、両者はお互い突っ込んだ。
二人は精霊の力を駆使してぶつかり合う。
力は拮抗しているように見えたが、次第に誠が押され始める。
「くそ、こいつ隠してやがったな…」
実は修羅はこの時の為に、普段の稽古では30パーセント程しか実力を見せていなかったのだ。
正直、全力の修羅と誠では全盛期ならいざ知らず、年齢と共に衰えていった誠の方が分が悪い。
「先生、その程度ですか?まだ僕は全然本気をだしてませんよ?」
「ちょこざいな!!!」
誠は得意の冷気の刃で切りかかるが、#悉く__ことごとく__#修羅に躱される。
足を止めたくても、速すぎる移動に翻弄され止める事もできない。
「そういえば先生が最初に教えてくれましたよね。戦いは相手の足を止めるのが基本だと。どうです?止められますか?今の僕を!!」
雷を宿した修羅のスピードは桁違いだった。
修羅は大技は使用せずに、じわりじわりと反撃できない誠を攻め続ける。
遊ばれている…
誠はそう確信した。
これは緻密に長い年月をかけた罠であったのだ。
元秘書は自分が作った最高傑作である修羅を誠の下に送り、誠に鍛えさせた。
そして、修羅から自分の方が誠より強くなったと報告を受けて、その後は決して力を見せないように言いつけた。
それは、今この時の為である。
しばらく誠と修羅の打ち合いが続くも、決着の時は訪れる。
修羅の持つ雷の槍の矛先が誠の喉の前で止まっている…
「参りました…」
誠は敗北を宣言した。
「みなさん!見てくれましたか!この男は僕よりも圧倒的に弱い!今までオニンピックで負け続けたのはこの男のせいだったのです!!目を覚ましてください!全部、こいつに操られていたんです!!」
誠は耳を疑った…
「お前…いったい何をいっているんだ…?」
「何って、もう馬鹿だなぁセンセ、真実を話しただけじゃないですかぁ」
修羅はふざけた笑みを浮かべている。
今までの誠を慕う元気の良い声と笑みは消えており、その笑みはかつての誠と同じ、邪悪なものであった。
「今回のオニンピックは私が選別した仲間で戦いたいと思います。こいつが隠してきたこいつよりも圧倒的に強いメンバーです!!」
そういうと会場にかつて修羅と一緒に誠の道場の門下生となった4人が降りてくる。
「せんせぇおつかれさんっす!!」
「せんせぇあれだけ偉そうに説教たれてこの様ですかぁ?目を疑いましたよ」
「先生・・弱い・・失望・・」
「もう雑魚に用はない。」
降りて来た門下生達は皆口々に誠に言い放つ…
「お前ら…」
今朝まではみんな素直でいい子ばかりだったのだ。
現実を受け止められない誠はそのままふらふらと歩きながら会場を去っていく。
本能がこの場所にいる事を拒否したのだ。
誠にとって、初めての敗北と弟子達の離反により、脳が…心が…追いつかなかった。
「さぁ!負け犬の戦犯は逃げていきました!どうか僕達にチャンスを!そして僕達に力を与えて下さい!皆様一人一人の声が僕達の力になるのです!さぁ一緒に鬼族の頂を目指しましょう!」
その声に観客は一斉に沸いた。
「おう!いいぞやれやれ!!」
「そうだ!力こそすべてだ!!お前はそれを証明した!」
「俺はお前らに夢を託すぞ!!」
「誠はおかしいと思ったんだ、いつまでもあいつが1位のわけがねぇ!」
「そうだそうだ!誠はオニンピックで負ける元凶だ!!」
修羅に賛同する声、そして誠を無慈悲にも非難する声、会場はそれらの声で溢れかえった。
その声は誠にも届いていた。
そして精気の失った顔で誠は妻の待つ家に戻るのだった…
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