気まぐれ短編集

斜偲泳(ななしの えい)

第1話 陰口

「……あぁ。聞いてるよ」

 妻の問い掛けに、夫はうんざりした様子で答えた。

 ソファーに寝転ぶ彼は、相変わらず携帯を弄ったままで、台所で洗い物をする妻を振り返りもしない。

 イラついた妻は、わざと食器を乱暴に扱ってガチャリと音を立てた。

 これ見よがしに溜息を吐くと、蛇口を捻る。

 気まずい沈黙を数秒送りつけると、妻は言った。

「……じゃあ、私がなんの話をしていたか分かるわよね」

「……あぁ」

 また始まった。夫の相槌には、そんな言葉が透けていた。

「いつもの陰口だろ」

「なんの話をしていたのかって聞いてるのよ」

「……それは、だから」

「ほら。やっぱり聞いてなかったんじゃない。あなたっていつもそう。仕事から帰って来たと思ったら、一日中携帯を弄り繰り回して、あたしの話なんか全然聞いてないんだから」

「仕方ないだろ。仕事の連絡が来てるんだから」

「その割には、随分と楽しそうだけど」

「……悪かったよ。今は、まとめサイトを見てたんだ」

 ばつが悪そうに認めると、ようやく夫は携帯を置き、身体を起こした。

「それで、今日は何があったんだ?」

「もういい」

 拗ねた妻は、洗い物を再開した。ガチャガチャ、ガチャガチャ。耳障りな音が彼女の内心を代弁した。

「悪かったって。ごめんよ。謝るから」

 ご機嫌を取るような猫なで声で夫が言う。

 妻はわざと聞こえないふりをした。そうして、視線を手元に固定したまま、視界の端で所在なさげに彼女の言葉を待つ夫に罰を与えるつもりで、暫くの間放置する。

 あまりやりすぎてもいけない。こういうのは、バランスが大事なのだ。

 夫に逆切れを起こさないギリギリのタイミングまで引き延ばすと、もう一度わざとらしくため息を吐き、蛇口を捻る。

「職場の佐藤さんの話。本当に最悪なのよ。もう入って二年になるって言うのに、学生の新人より使えないんだから」

 妻の言葉に、夫の顔が露骨に歪んだ。

「なによ、その顔。またその話かって思ってるんでしょ」

「……そういうわけじゃないけど」

「じゃあ、どういうわけよ」

「……あぁ。思ったよ。仕方ないだろ。昨日も、一昨日も、その前も、毎日その話を聞かされてるんだ。いい加減うんざりするよ」

「仕方ないじゃない。こっちはそのうんざりする佐藤さんと毎日顔を合わせて働かないといけないんだから。ストレスだって溜まるわよ。それに私は、仕事の後に家事をしないといけないから、あなたみたいにしょっちゅう飲み歩いて親しい人に愚痴を言えるわけでもないのよ」

「毎日って……君がパートに出てるのは週に三日だけだろ。それに、飲みに行くのは仕事の付き合いで、それだって言う程多いわけじゃ……」

「なによそれ! 私が悪いって言うの? 週に三日も働いて、その上家事までやってるのよ? 時間で言ったら、あなたより忙しいくらいじゃない! 大体、あなたの稼ぎが悪いから!」

「待ってくれよ! 別に君を責めてるわけじゃないだろ!? 僕はただ、毎日毎日誰かの陰口を聞かされるのはしんどいだけで……」

「じゃあ、私の気持ちはどうなるのよ! 辛くても悲しくても、平気な振りをしてあなたのご機嫌を取ってろって言うの? それじゃあまるで奴隷じゃない!」

 飛び出しそうになった言葉を夫はグッと飲み込んだ。このまま不毛な言い争いを続けたら、ヒステリックな妻は泣き出すか、出ていくか、暴力を振るうか、物を壊すか、その全部をやる。そうなると、機嫌を直して貰うのは一苦労で、その為には、彼の全面降伏が必須だった。その度に、夫婦のパワーバランスは崩れ、些細な言い争いの度に、あの時の言葉は嘘だったのねと嫌味を言われる羽目になる。勿論、その間全ての家事は夫がしなければならないし、妻は仕返しのつもりで外食や散財を行い、僅かな貯えを食いつぶすのである。

 そうなるくらいなら……と、結局夫は妥協する事にした。どうせ負けが決まっているのなら、ダメージは少ない方がいい。そう自分に言い聞かせて。

「……悪かったよ。君の気持ちを考えない僕が馬鹿だった。謝るから、もう一度最初から話してくれ。その、佐藤とかいう馬鹿な女の話をさ」

 夫は白旗を上げた。本音を言えば、陰口の片棒など担ぎたくはないのだが。そうしない事には、妻の機嫌は直らないのである。

 その証拠に、妻は途端に機嫌を直し、怒りの矛先を職場の同僚に向けた。

「そうなのよ! 本当にあいつは馬鹿なの! 私と同い年くらいの癖に、いままでなにをして生きて来たのかってくらい使えないの! そのせいで、他のスタッフも手を煩わされるし! 本当に迷惑! いない方がマシ。っていうか、死んでくれた方がマシなのよね。だって、ゴミみたいに使えなくても、会社の方からクビにするっていうは難しいでしょ? 追い出してやろうと、私も職場のみんなと協力して色々やってるんだけど、全然ダメなの。すごいわよね! その図太さ。みんなから嫌われてるのに居座り続けるなんて、どういう神経してるのかしら! 普通の人だったらとっくにやめてるわよ! つまり、異常者なの、あの人。サイコパスって言うのかしらね。なにを考えてるんだか。きっと何も考えてないのかも。頭の中が空っぽなのよ!」

 それこそ、蛇口の栓を開いたみたいに、妻はしゃべり続けた。相槌など、挟む余地もない。ただ、好き勝手喋り、自分の言っている言葉で自家中毒を起こして怒り、それを燃料にしてまた喋る。負の永久機関である。

 彼女が眠りにつくまで、陰口は止まない。聞いているこちらの頭がどうにかなりそうだが、夫は携帯を弄って現実逃避したい気持ちをグッと抑えた。

 こちらの反応などまるで必要としていない癖に、聞いていないと烈火のように怒り、増大した熱量をこちらに向けてくるのである。

 彼女が死ぬまでこんな生活が続くかと思うと、夫は心底ゾッとするのだった。


 †


「ちょっと。佐藤さん。UTの棚替え、私がお昼に行ってる間に終わらせてって言っておいたわよね」

 木村の勤め先はユニクロだった。昼休憩から戻った後、狭い棚の間で大慌てで作業する佐藤を見つけると、彼女は言った。

「……すみません」

 蚊の泣くような声で佐藤が謝る。いつだってこいつはこうなのだ。なにを言っても、とりあえず謝る。男のスタッフは、佐藤のAV女優みたいに下品な顔に騙されて役に立たないが、木村はそうはいかない。十代の頃からこの店で働く一番の古株として、使えない人間を指導する義務がある。肩書だけの社員など役に立たない。佐藤の仕事が遅れれば、その分こちらが大変になるのだ。

「すみませんじゃなくて。なにをやってたのかって聞いてるんだけど」

 木村はわざと低い声を出した。本当はそこまで怒っていないのだが、使えない佐藤に対する罰のつもりで脅しをかける。それに、彼女は怠け者だから、こうでもしないと反省しない。

「……その、お客様のご案内が続いて」

「だからなに。客の案内なんて一分もかからないでしょ。それとも佐藤さん。私がお昼に行ってる間に何十人も案愛してたわけ? 違うでしょ?」

「……はい」

 言い返したい気持ちをぐっと堪えて、佐藤は言った。

 木村と佐藤では、接客の質が全く違った。在庫を聞かれた場合でも、木村は一言、そこになければないと言って追い返す。彼女の嫌味な雰囲気に、客はそれ以上聞こうとせず、別のスタッフを探す。佐藤の場合は、自分の目で売り場を確認し、端末で倉庫の在庫も見る。それでもなければ、お客様に他の店の在庫を知りたいか確認までする。

 そんな佐藤だから、常連の客は木村を避け、自然と佐藤を頼るようになるのだが、そんな事は木村の知った事ではないし、お局の木村を恐れ、佐藤もそれが理由だとは言えない。

 ただ一言。

「……すみません」

 と謝るしかないのである。

「本当、しっかりしてよね。あんた、ここにきてもう二年よ? いつまでも新人気分でいられちゃ困るんだけど」

「……すみません」

「すみませんすみませんって、あんたそれしか言えないわけ?」

「……すみません……ぁっ」

 木村の性質を知っていて、ほとんど脊髄反射で応えていた佐藤である。返答を間違えた事に気づき、しまったと声をあげる。

 対する木村は、気に入らない佐藤をいびる材料が増えて、しめたとばかりに、意地悪な顔を作った。

「はぁ?」

 佐藤のつぶらな瞳を睨みつけると、それだけ言って、彼女の反応を待った。どう答えた所で、木村に嬲られるだけなのだが。

「佐藤ちゃん。木村ちゃんが帰ってきたら、入れ替わりでお昼、行っちゃってよ!」

 助け船を出したのは男性社員の舟木だった。偶然通りかかった風を装って、佐藤を休憩に行かせる。

「……ぁ、はい……」

 と、佐藤は震える声で頷くと、木村の顔色を伺った。木村は佐藤の視線を分かっていて無視し、舟木を睨んだ。

「ちょっと舟木さん。私今、佐藤さんと話してる所なんですけど」

 舟木は社員だが、入社してまだ三年だ。立場上は舟木の方が上だが、職場の雰囲気としては、最古参の木村の存在感は無視できない。

「まぁ、そうなんだけどね。後ろも使えてるし。佐藤さんも、次から気を付けてね」

「……はい。気を付けます……」

 早くいって! 舟木の念を受け取って、佐藤は逃げるように休憩室へと向かった。

 その背中を射るように睨むと、木村は舟木に視線を戻した。得意技の、嫌味っぽい溜息で先制攻撃を仕掛ける。

「はぁ。舟木さん、佐藤さんに甘すぎませんか? そんなだから佐藤さん、いつまでたっても使えないんですよ」

「う~ん。最近は頑張ってるみたいだけど、まだ駄目そう?」

「全然ですよ! もう、本当、どこに目を付けてるんですか?」

 他のスタッフにも聞こえるよう、大袈裟に木村が言う。

「そもそも、舟木さんが佐藤さんを採らなかったらこんな事にならなかったんですからね」

「またその話?」

「またってなんですか。またって」

 冷たくねばついた視線がタコの触手のように舟木を捕らえる。

「佐藤さんが使えなくて困るのは私なんですよ? 毎日毎日毎日毎日、あいつの尻ぬぐいで大変なんですから。仕事が遅いの、いくら注意しても全然直らないし。社員だったら、少しはこっちの気持ちも考えてくれませんか? サボっている人に甘くて、頑張ってる人が馬鹿を見るんじゃ、みんなその内辞めちゃいますよ?」

 木村はあくまで、自分は正しく、悪いのは全て佐藤というスタンスである。そして、それが職場全体の総意であるかのように振る舞っている。そんな事はないのだが、この通り、古株な上に面倒な性格の木村である。少しでも異を唱えようものなら、今度はこちらがいじめの対象にされると、彼女の前ではみんな、イエスマンを演じてしまう。それがまた、彼女を増長させるのだった。

 舟木もこの状況はよくないと思っているのだが、どうにもならない現実があった。世渡り上手の木村は、初対面の相手には人当たりがよく、一見親切に見える。職場のお局という事もあり、会話の中心にはいつも木村がいた。そのせいで、舟木が木村の本性を知る頃には、今更ガツンと言えないくらいの仲になってしまっていた。おまけに、パートやアルバイトの人間は全員、彼女の陰険なやり口を知っており、陰口の対象になるのを恐れて、木村の顔色を伺うばかりなのであった。こうなると、もはや舟木一人が抵抗してどうにかなる状況ではない。精々、木村のご機嫌を取りながら、出来る範囲で佐藤を庇ってやるくらいだ。

「……悪かったって。面接の時はしっかりしてたし、もうちょっと使える子だと思ったんだよ。前もアパレルで働いてたって言ってたしさ……」

 これ以上木村の機嫌を損ねるのは不味い。そう判断し、舟木は木村の夫と同じように敗戦処理に入った。後はただ、彼女の胸糞の悪くなる陰口を聞いてやり、嫌々ではあるが、保身の為に頷いてやるしかない。

「本当、見る目ないですよね、舟木さん。あいつのどこを見たらしっかりしてるなんて言えるのか。なにをするにも一々とろいし、どうしたらいいですか? どうしましょうかって聞いてくるし。ちょっとは自分の頭で考えろっての! 全く、ウザいったらないですよ。あんなんでみんなと同じ給料なんだから、不公平ですよね。本当、給料泥棒! 舟木さんはそう思わないんですか?」

 これが彼女の常とう句だった。けちょんけちょんに相手を貶し、周りに同意を求める。自分は多数派で、言われてる相手は異端である。賛同しない者は、同じように異端である。そういう思考回路なのだ。

 おもわねぇよ、このクソ女! そう叫びたいのをぐっと堪え、舟木は愛想笑いを浮かべた。

「まぁそうなんだけどね。ほら、木村さんみたいに仕事の出来る人っていうのは中々いないからさ」

 そんな事は欠片も思っていないのだが。陰口を否定せず、かといって同意もしないとなると、こんな風におだてるくらいしかないのだった。

「そう思うなら、お給料上げて欲しいですけどね。そうだ。佐藤さんのお給料を減らして私に回してくれたら解決じゃないですか? あいつ、一人前の仕事出来てないし」

「ははは……そうできたらいいんだけどね……」

 なにを言ってるんだこいつは……そう思いつつ、舟木は愛想笑いを浮かべる事しか出来ない。木村と働くストレスで、最近は頭痛薬が手放せない舟木だった。

「え、本社から電話? はいはい、今行くよ。悪いね、そういうわけだから」

 と、インカムからの連絡を天の助けと、舟木は去っていった。

「ちぇ。逃げやがったな」

 舌打ちを鳴らすと、木村は子分格の伊藤に話しかけた。

「マジ、舟木って使えないよね。あんなんで社員が務まるなら、ちょろいもんだよ。私らの方が何倍も働いてるってのに」

「言えてる言えてる」

「大体さ、キモいんだよ。あいつ、絶対佐藤に気があるよ。ま、いかにも男ウケしそうな顔だけどね。本当、それだけで生きて来たって感じだし。マジキモイ。死ねばいいのに」

「ね~」

「てか佐藤、なにやってたの? いつもの事だけど、頼んだ仕事全然終わってないし」

「わかんないけど、ふらふらしてたんじゃない?」

「本当最悪。それで普通にお昼行っちゃうんだから、どういう神経してるんだろ。自分の仕事くらい終わらせてから行くのが普通でしょ?」

「うんうん」

「責任感がないのよあいつ。常識もないし。恥もないし。プライドもない。あったらさ、平気な顔出来ないでしょ普通。私だったら、辞めちゃうもん。本当、どういう神経してるんだろ。もしかして、脳に障害でもあるんじゃない?」

「かもね~。あ、いらっしゃいませ~」

 木村の扱いを心得た伊藤は、適当に相槌を打つと、お客さんに呼ばれ、接客に出ていった。

 さて、次は誰に陰口を言おうか。そう思って空いている人間を探していると。

「……?」

 木村はサラリーマン風の中年男の視線に気づいた。が、どこか様子がおかしい。用のある客は、いかにも用がありそうな雰囲気でこちらに向かって来たり、すいませ~んと呑気に声をかけてくる。しかし、その男は、杭のように立ち尽くし、死んだ魚のような目でじっとりとこちらを見ているだけなのである。その表情はどこか、繁華街の路地裏のごみ溜め見るような嫌悪感が滲んでいるようだった。

「いらっしゃいませ~」

 木村は動じなかった。接客業をしていれば、妙な客に出くわす事など日常茶飯事だ。むしろ、陰口のネタが増えたと内心で喜んでいるぐらいである。後で、キモイ客が来たと仕事仲間で盛り上がろう。パートの連中とは、毎日のように顔を合わせる。身近な話題など、とっくに尽きたし、普通の話題は方向性が手探りになるから、風向きを読み違えると変な空気になる。その点陰口なら、方向性も結論も決まっていて、みんなで仲良く盛り上がれるから、話題としては優秀なのだった。

 そんな事を考えていると、サラリーマン風の男は、プイとそっぽを向いていなくなった。

「はぁ? なによ、あいつ」

 毒づくと、木村はバックヤードに向かい、暇そうにしているパートの主婦と、一時間ほどその男の陰口で盛り上がった。


 †


 その日の夜だった。木村は、一通り佐藤の陰口を言い終えると、ふと、あの薄気味の悪いサラリーマンの事を思い出し、夫に話した。

「気のせいだろ」

 胸焼けを堪えるような顔で夫が言う。実際、毎日耳の穴かから注がれる大量の汚物で、夫の胸はいっぱいだった。

「ねぇ! ちょっとは真剣に考えてよ! 私の事、心配じゃないの?」

「ただのお客さんだろ。シャイだったんじゃないか?」

 君は見るからに気が強そうだからね。そんな言葉が出そうになり、夫は慌てて飲み込んだ。

「何か頼もうと思って諦めたんだろ」

「そんな感じじゃなかったわよ。なんか、恨みがあるって言うのとは違うけど。嫌いな人を見るような目って言うか……」

 気持ち悪いというよりも、苛立ちが募っていた。なんなんだあの男。思い出すだけで腹が立つ。結局、今日はずっと、その話で盛り上がっていた。佐藤は命拾いをした事だろう。

「もしかして君。職場でも人の陰口を言ってたんじゃない? それを聞かれたとか」

「だったら何よ」

 図星を突かれ、妻は心の針を逆立てた。

「怒るなよ。別に責めてるわけじゃないんだ。ただ、世の中にはそういうのが嫌いな人も少なくないだろ。あんまり表でそういう事を言うのは――」

「余計なお世話よ!」

 妻が声を荒げた。

「私がどこでなんの話をしようと勝手でしょ! 大体、人の話を盗み聞きする方が悪いじゃない! なんで私が責められなきゃいけないのよ! あなた、誰の味方!?」

 まくし立てるように妻の銃口が唾を噴いた。

 しまったと思ってももう遅い。

 結局その日、夫は寝るまで妻の陰口に付き合わされる事になった。


 †


「ありえな~い」

 小太りの伊藤が軽薄な口調で同意する。

 場所は隣の駅の繁華街にあるカフェテラス、夜鳩だった。

 その日は二人で休みを合わせ、昼間っから飲み歩いていた。

 もう三件目で、太陽の沈みかけた空はオレンジと紺の絵の具を混ぜ合わせたような不気味な色に染まっている。

 月に何度か、子分格の伊藤を連れまわし、酒を飲みながら陰口大会を開くのが木村の習慣であり、唯一の楽しみだった。

「伊藤さんもそう思うでしょ? 本当、男ってなんであんなに馬鹿なのかしら。どう考えたって、あのキモイおっさんの方が悪いってのに、私を責めるなんてどうかしてるわ」

「ほんとね~」

「そもそも、陰口のなにが悪いのよ。前から思ってたんだけど、陰口って言われる方に原因があるでしょ? なにもなけりゃ、私だってこんな事言わないわよ。言われる方が悪いの。こっちは被害者じゃない! 顔がキモイ、仕事が出来ない、話がつまらない、職場の人に色目を使う、そういうのってみんな、悪でしょ? 悪い事を悪いままに放置しておくのも悪じゃない! だから、私はこうやって悪い事は悪いって声をあげてるだけなのよ! 他の連中は、自分に勇気がないから正直な人を妬んでいるのよね。じゃなかったら、陰口が悪いなんて言えるはずないもの!」

「それに、陰口って楽しいもんね~」

「それもあるわよね。だって、わたし達良い事してるんだもん。楽しくて当然よ。みんなが見ないようにしている世の中の間違いを暴いてあげてるの。言わば、正義の味方みたいなもんよね。それなのに、あの人っていつも嫌な顔をするのよ。潔癖症なのよ。それも、ものすごく異常な。飲み屋のおつまみに殺菌スプレーを撒いてるようなもんよね。だって陰口ぐらいみんな言ってるじゃない。それが普通よ。私だけ文句を言われる筋合いなんかないし、あの人だって本当は私が正しいって分かってるのに、天邪鬼で反対の事を言ってるのよ。そうするのがかっこいいとでも思ってるんでしょうね。本当ガキ。ま、男なんてみんなそうだけど」

「そうそう。うちの旦那もガキよガキ」

「ね。なんであんな男と結婚しちゃったんだろ。浮気の一つでもしてくれたら、慰謝料ふんだくって別れてやるのに。そうしたらもっとイケメンの優しくてお金持ちの話の合う男と結婚出来るのに。本当、次の相手は一緒に陰口で盛り上がれる人が良いわね。子供っぽい偽善者はもう沢山よ。伊藤さんもそう思うでしょ?」

「思う思う~」

 ゲラゲラと、大口を開けて笑い合うと、二人の悪鬼はビールの大ジョッキをあおった。どちらの家も、さほど裕福な家ではないが、夫の小遣いを減らして、飲み会の費用を捻出している。毎日毎日、休みなく家事をやってやっているのだ。これくらい、当然の権利だろう。

「ゲェップ。あはは。木村さん、私ちょっとトイレ」

 オバケカエルのような伊藤は、喉の奥でラッパを鳴らすと、席を立った。

「いってらっしゃ~い」

 木村は日に何度も見せない楽し気な笑みでそれを見送った。こうやって酒に溺れながら陰口を言うのは、本当に楽しい。そうやって他人を貶めていれば、自分の冷え切った夫婦関係も、何の生産性もない空虚な日々も、陰鬱とした未来も、なにもかも忘れられる。それどころか、他人を下げる事で自分が幸せで恵まれて有能で素敵な人間かのように思い込める。しかも、金はかからないし、他人はそんな木村を恐れて、なんでも言う事を聞いてくれる。こんなに素晴らしい事を、どうしてやめられるだろうか?

 そう、私は悪くない。悪いのは、陰口を言われる側だ。まぁ、その対象は木村が選ぶのだが。私は正しいのだから、選んで当然だ。さて、次は誰の陰口で盛り上がろうか。

 頭の中を、ちっぽけな人間関係が駆け巡る。家と職場を往復するだけの女の、閉じた人間関係だ。

 バイト歴十年の加藤君。三十を超えて定職にもつかず、あろう事か、二十そこそこのバイトの清水さんと付き合っている。職場では仲睦まじいい仲良しカップルだなどと言われているが、とんでもない。三十代のバイトの分際で、十歳近くも年の離れた小娘と付き合うなんて、どうかしている。加藤を選んだ清水も同じだ。二十代なら、もっと他に選ぶ相手がいるだろうに、なぜよりにもよって加藤なんかと。悪趣味にも程がある。どちらも異常だ。普通ではない。

 それとも、去年入社した新人社員の牧田の話題で盛り上がろうか? 背が高く、がっちりとした牧田は、不愛想で挨拶もろくに出来ない。舟木は心の病気がどうだとか言っていたが、そんなのは甘えだ。木村は、日々、常人の百倍のストレスを受けているが、心の病気になんかなった事がない。私が平気なんだから、若くて男の牧田が病気になるはずなどないのだ。

 そんな彼を、パートの人間たちは裏でターミネータと呼んで笑っていた。発案者は勿論木村である。いつもむっつりとしていて、客に呼ばれて走っていく姿はどこかロボットめいている。仕事は出来ると評判だが、そんなのはなんの自慢にもならない。社員なんだから、仕事なんか出来て当たり前だ。仕事というのは大勢で働いているのだから、気を使えなくてどうする? 大体、人の目を見て喋れない人間にまともな奴がいるわけがない。きっと、休みの日に公園で小動物でも殺しているのだろう。いかにもそんな雰囲気がする。つまり、異常者だ。普通ではない。

 あるいは、使えない社員筆頭の舟木の話で盛り上がろうか……。

 次から次へと湧き上がる陰口を整理しながら、木村は残ったビールを飲み干した。

「ちぇ。もう空っぽ? ていうか、店員なら、こっちが頼む前に聞きに来いよな! このグズ!」

 そんな事を呟きながら、お代わりを注文しようと店員を探した。

「……ぇ!?」

 木村の毛の生えた心臓がキュッと縮まり、凍り付く。

 夜鳩は隣町の人気のカフェテラスだ。有過ぎという事もあり、店は満席で、沢山の声で賑わっていた。

 そのはずだった。

 ミュートにしたみたいに、辺りは静かだった。

 人はいる。

 大勢。

 満席だ。

 なのに、誰一人、一言も発していない。

 そして、全員が、じっと、木村を見ていた。

 全員が、示し合わせたように。

 じっと。

 薄汚れたドブ川を嫌々覗くような嫌悪の表情を浮かべて。

 なにが起きているのだろう。

 呆気に取られ、木村は馬鹿みたいにぽかんと口を開いた。

 これは夢か? 飲み過ぎたのか? しかし、状況は一向に変わらない。

 酔いは一瞬で消し飛んだ。

 さざ波のような恐怖が足元から押し寄せる。

「……な、なによ!」

 だが、その程度で怯む木村ではない。物心ついてから今日まで、毎日欠かさず誰かの陰口を言って生きてきたのだ。時には、陰口を咎められ、激しく対立する事もあった。だが、その全てを、持ち前の気の強さと陰湿な陰口ででねじ伏せて来た木村である。

 毛だらけの心臓は、ゴキブリよりもしぶとく、無神経である。

「人の事じろじろ見て! 言いたい事があるなら言ってみなさいよ!」

 こちらを睨む、数百の瞳に向けて叫ぶ。

 誰も、何も言い返さない。それでも、そこに並んだ表情を見れば、彼らの心の中に深い憐みと嫌悪感が渦巻いているのは見て取れた。それは、木村にとっては何よりも許せない最大級の侮辱だった。陰口で築き上げた虚栄の衣を奪われ、その中ででっぷりと肥大した醜い本性を透かされているような気分になる。

「おまた~。あら、どうしたの、木村さん」

 濡れた手をぱたぱたと振りながら、能天気なオバケカエルが戻ってくる。

「い、伊藤さん!? ここの人達、おかしいのよ!?」

 と、木村は辺りを指さし、伊藤に言った。

「おかしいって、なにが?」

 伊藤があるかないかの首を傾ける。

「なにがって……」

 見ればわかるじゃない!? そう言いかけて、木村は気づいた。

 いつの間にか、客達は元に戻っている。

「おかしな木村さん」

 不思議そうに言うと、伊藤は対面に座り直した。

 ……気のせいだったのだろうか。

 そんなはずはないのだが、木村はそれで納得し、性懲りもなく陰口を始める事にした。

「そういえば、知ってる? 先週やめた椎名さん、うつ病だったらしいわよ」

 椎名は佐藤と仲がよく、彼女より一年早く入ってきた20代のパートだ。美人ではないが、おっとりとして愛嬌のあるタイプだ。去年、木村の休憩が他の人より二十分長い事を注意して以来、木村の怒りを買い、陰険な陰口の対象にされていた。椎名が辞めたのも、うつ病になったのも、全部木村のせいなのだが、とうの木村は小指の爪の先ほども罪悪感を憶えていなかった。むしろ、自分の権力を象徴するトロフィーのように自慢に思ってすらいた。流石に人を選ぶ話題だという事は分かっていたが、伊藤なら喜んで乗って来てくれるだろう。

 そう思って話したのだが。

「…………」

「……ぇ?」

 また、音が消えた。

 伊藤の、カエルのように厚ぼったい瞼がどろりと落ちて、濁った半眼が、流しの三角コーナーで静かに腐った残飯を見るように木村を眺めた。

 また、音が消えていた。

 辺りを見回すまでもない。

 肌に刺さる無数の気配が、客達の無遠慮な視線を知らせている。

 いや、客だけではない。今や、店員や、表通りの通行人まで、全ての人が木村を見つめていた。

 じっとりと。

 責めるような目で。

「な……なによ!?」

 流石にこれには、木村も肝を潰した。

 がくがくと膝を震わせながら席を立つ。

 それに合わせて、数百の瞳が、ギョロリと動いた。

「ひぃ!?」

 耐え切れず、木村は店から逃げ出した。

 音もなく、首が動く。

 表通りに飛び出しても、事態は変わらない。

 目に通る、誰も、彼もが、木村を見ていた。

 通りを歩くサラリーマン、手を繋いだカップル、鉄骨の上で工事をする職人、コンビニの中の店員、五階のフィットネスジムで身体を動かす若者までもが……。

「ひぃ!? ひぃ!? どうなってるの!? どうなってるのよ!?」

 完全にパニックになり、とにかく走る。

 ここはおかしい。異常だ。普通ではない!

 しかし、どこに行っても同じである。視線の先では、次々に人々が振り返り、魔法にかけられたみたいに、木村に釘付けになった。判で押したように、皆、責めるような嫌悪の表情を浮かべている。

「見るな、見るな!? ぅ、おぇええええ」

 ストレスと急に走ったせいで、木村は道の真ん中で盛大に嘔吐した。

 その姿に、人々は一斉に眉を潜めた。

「ち、違う! これは、だって、あんた達のせいでしょ!?」

 羞恥心が込み上げる。こんな失態、生まれて初めてだ。

 だれも、何も言わない。

 木村は走る。

 頭がどうにかなりそうだ。

「助けて……誰か、誰でもいいから!」

 けれど、助けてくれそうな人間は誰も浮かばない。それどころか、木村の頭の中では、今まで陰口を言った相手が、つまり、これまでに出会った全ての人間が、木村の事を憐れむように見下している。

「ちがう……違う! 私は悪くない! 悪いのはみんな、あんた達でしょ! あんた達が悪いのよ! この、異常者め!」

 狂ったように喚き散らし、時折残った反吐を撒き散らしながら、汚物まみれになって木村は走る。

 程なくして、木村の手が携帯に伸びた。

 旦那だ。あの男だ。私の事を好きで結婚したんだから、きっと助けてくれるはず!

 震える手で携帯を操作する。

 無機質な着信音が木村を嗤う。

「お願い出て! 早く早く早く早く……早く出なさいよこのグズ!」

「もしもし? どうしたんだ? 今日は飲み会だろ?」

 携帯から聞こえる声は、休日出勤を命じられた会社員のように億劫そうだ。

「そんな事はどうでもいいのよ! 助けて! 早く!」

「え? 助けてって、どうしたの?」

「どうもこうもないわよ! おかしいの! みんなが、私を見てるのよ!?」

「はぁ?」

 それがどうしたと言う風に、夫が生返事をする。

「はぁじゃないでしょ!? 大事な奥さんが困ってるのよ! 心配しなさいよ! そんなんだからあんたは駄目なのよ! グズ! ノロマ! マヌケ!」

 習慣で、罵詈雑言が飛び出す。お陰で、少し気が楽になった。

「……酔ってるんだろ。今仕事中だから」

「ま、待ちなさいよ! 迎えに来てってば! みんなが私を見てるのよ!」

「それがどうしたっていうんだよ!」

 突然の大声に、木村は身を竦めた。

「いいかげんにしてくれよ! こっちはなぁ、お前みたいに遊び歩いてるわけじゃないんだよ! みんなが見てるって? そりゃ見るだろうさ! どうせ飲み屋で誰かの陰口でも言ってたんだろ! この際だからハッキリ言わせて貰う。おまえは最低の性悪女だよ! 口を開けば人の陰口ばかり! どうせ僕のいない所では僕の事も悪く言ってるんだろ! 誰も、そんな話聞きたくないんだよ! 君は歩く公害だ! 喋る汚物だ! 誰もかれも、君にはうんざりしてるんだよ! 黙ってくれ! お願いだから、二度と喋るな!」

 ブツ。

 夫は乱暴に電話を切った。

 夫から向けられた、初めての厳しい言葉に、木村を身をすくめた。

 湧き上がるのは、悲しみではなかった。

 かといって、罪悪感でもない。

 今更そんな真っ当な事を感じる木村ではない。

 彼女の胸に広がるのは、マグマのように煮えたぎるどす黒い怒りだけだった。

「はぁ!? あのクソ旦那! 誰に向かって口聞いてんだ! 短小包茎のワキガのクソ野郎が――」

 世界の中心で木村が叫んだ。

 いつだって、彼女が世界の中心なのだ。

 彼女の世界では。

 しかし、他人の世界ではそうではない。

 そこは、横断歩道の中心だった。

 クラクションが鳴った。

「っ」

 悲鳴をあげる間もなく、性悪女は大型トラックに跳ね飛ばされた。


 †


「やったよ! ついにやったんだ!」

 佐藤春子の家にやってくるなり、木村隆は小躍りをしそうな勢いで報告した。

「まぁ。それじゃあ?」

「あぁ! 死んだんだ! 即死だったよ! さっき病院で確認した! やっとあの性悪女から解放されたんだ!」

 言いながら、ネクタイや上着を脱ぎ散らし、半裸になって春子の身体に抱きついた。

 甘い香りのするほっそりとした白い首元に、吸い寄せられるようにキスをする。

「あぁん。くすぐったいわ。もう、奥さんが死んだばかりなのに、気の早い人」

 朗らかな笑みを浮かべて、春子は言う。言いながらも、彼女も服を脱ぎ始めていた。

 一年前から、二人は秘密の不倫関係にあったのだった。

「だって、この日をずっと待ってたんだ! はは! 全部君のお陰だよ! まかさ、こんなに上手くいくなんて!」

 生まれたままの姿になると、二つの身体が絡み合いながらベッドに倒れ込む。

「あの女に恨みのある人達に協力して貰って、SNSであいつの事を晒上げる。あいつは最後まで知らなかったけど、この街じゃ、今や相当な有名人さ! これまでに沢山の人を鬱病にさせてきた、恐怖の陰口女ってね! 僕一人だと足がつくけど、君の職場の仲間や、これまであいつに苦しめられてきた沢山の人が協力してくれたから、バレっこない! 現代の完全犯罪ってわけさ! まったく、死んでくれて清々したよ!」

 隆の唇に、春子が人差し指を押し当てた。

「陰口は駄目よ、隆さん。どこで誰が聞いているか、分からないんだから」

 蠱惑的に笑うと、春子は隆の唇に吸い付き、二人きりの素敵な夜を貪った。








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あとがき





 私は陰口が嫌いだと言った時、そんな事は当たり前だと思ってくれる読者である事を私は祈る。ご存じないかもしれないが、それとも、ご存じかもしれないが? どちらにせよ、本短編で書いたような恐ろしい人間というのは、意外に少なくはないのだ。


 本題に入る前に一つ注意書きを。と言っても、本編のオマケのエッセーである。さして本題らしいものなどない。身構えず、それこそオマケだと思って楽しんで欲しい。


 注意書きの件だが、これは私の配偶者を書いた話ではない。愛すべき配偶者の名誉の為に、それだけは強く言っておきたい。であれば、私の身の回りの誰かの話なのかと勘繰る読者もいるだろう。

 ノーコメント。読者の空想の余地を残しておくのは、良い作家の嗜みではないだろうか?


 さて。とある偶然から、カクヨムなるサイトでとあるゲームのライター公募の賞があると知り、遅まきながら新年の運試し気分で三本程書き散らした私であるが、折角登録し、少ないながら、読んで下さる方もいると知ったので、これっきりにしてしまうのももったいないと思い、気まぐれに短編でも投げてみようかと思った次第である。短編とエッセー。それ以外にも、まぁ、気が向いたら。


 本題に戻るのだが、私は陰口が嫌いだ。言うのも、聞くのも、真っ平である。これがなくなれば、世の中は間違いなくより良くなるし、みんなが幸せになる。そう思うのだが、しかし。


 本編を書くにあたり、陰口とはなにか、改めてという程でもないが考えてみた時、ふと思った事がある。もしかして、私の書いているこの短編も、広義で言うなら陰口ではないだろうか?


 本編は、大別するなら、風刺短編に属する物だろう。風刺とは……と、説明しようと思ったが、感覚的には知っているが、辞書的な意味を知らない事にふと気づいた。面倒なので、お手数ではありますが、知りたい方は目の前の文明の利器に頼って頂きたい。


 そういうわけで、風刺とは、それ自体、陰口的な側面があるのではないかと思う。というか、物凄く巨視的な見方をするならば、ありとあらゆる否定の概念は、超広義的には陰口の側面を持っているのではないだろうか?


 勿論、これはどう考えても詭弁である。そんな事を言いだしたら、それこそ何も言えないし、一々そんな事を気にしていたら、生きづらい。けれどまぁ、作家のような人間は、生きづらさを感じてナンボという感もある。元々生きるのが上手くない私だし、私くらいはそんな生きづらさを直視しするのも一興であろう。


 つまり、詭弁を続けるなら、例え陰口という邪悪な文化を風刺する短編であっても、それ自体が陰口でないと正当化する事は出来ないのではないかと思う。うむ。我ながら、少しわかりづらい。


 言い換えるなら、本短編は、陰口に対する陰口なのである。これは、私がかねてから思っている、自己否定のパラドックスである。否定の中には、しばしば、その否定事態を否定する矛盾が発生する、というような概念だと思って頂ければよろしい。


 そして、本短編の風刺的趣旨は、陰口はよくないぞ、という話なので、巡り巡って、本短編のような風刺もよくないぞ、という事になってしまう。つまり、自己否定のパラドックスだ。


 別に、だからなんだという話ではない。少し前に言った通り、この話は大いに詭弁であるし、どういった所で、私自身の、陰口は嫌いであるという主張、そして主題は微塵も揺るぎようがない。


 だとしてもである。我々がこの短編に出てくる木村と言う人物と同列にならない為には、この主題は正義だから陰口ではないのだ、などとは思うべきではないと、私個人は思うのだし、他人様にそれを強制する気はさらさらないが、私個人には強く言い聞かせ、自戒したい所である。


 なので、私は陰口が嫌いだし、陰口を言う人が減る事を祈ってはいるが、これを読んだあなたが陰口を言っていたとしても、私は声を大にして咎めたてたりはしないつもりだ。


 ただじっと、あの物語に出てくる有象無象の人々のように、悲しい目をして見返したりはするだろけど。

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