バースデイ

間 孝一

第1話

 月曜の朝。登校の支度を済ませた頃、俺はそれに気付いた。


 自室のベッド、その枕元に茶封筒が置かれていた。封筒には何も書かれていない。中を開いて確認すると、一枚の紙と銀色のメダルが入っていた。


 紙には一日目であること、同封の物がメダルであるということ、おめでとうという言葉が記されていた。成程、このメダルは贈り物というわけだ。メダルを手に取る。サイズは硬貨より一回り大きいという程度で、表面には散りばめられた星々、裏面には山が描かれている。なぜか心に来るものがある。率直に言って、嬉しいという感情があった。


 だが、それとは別に恐怖に襲われていた。この封筒の差出人は不明であり、且つ該当する人物に心当たりがまるでなかったからだ。


 この部屋に入ることが可能な人物となれば、真っ先に家族を疑うべきであろうが、生憎と両親は断りもなく部屋に入る性格ではないし、悪戯を理由に何か行動することもない。というのも、どちらも茶目っ気溢れる人間ではないからだ。それでも確認を取るべきなのだろうと考え、部屋に入ったか訊ねるメッセージを送った。


 それから少しの間、家中を調べ回ったが、特に何も見つからなかった。侵入者の可能性もある以上、通報すべきだろうが、大事にはしたくないとも思い、躊躇する。ストーカーがいると仮定して、室内に侵入していると考えたら迷っている場合ではないが、どうにも二の足を踏んだ。


 居間のソファに座り、テレビを点ける。気分を明るくするような内容の放送を探し当てる。それから、紙を再度確認した。日数、物、祝福の言葉。もしかすると明日も送り付けられるかもしれない。


 携帯電話を意味もなく確認する。返信はまだ来ない。こういうとき、相談できる相手がいれば助かっただろう。残念ながら、俺には腹を割って話せるような相手がいなかった。


 そろそろ家を出ないと学校に遅刻する。俺はメダルを制服のポケットに入れ、テレビを消した。静けさのある場所から逃れるように、鞄を持った俺はいそいそと家を後にした。




 自宅を出た後、俺は電車に揺られて市外に出る。車窓から見える景色には徐々に緑が増えていく。学校の最寄り駅で降車し、歩くこと数十分。坂を登ったところに、俺の通う県立第三高校はある。


 厳しい立地だったが、一年も通えば慣れも生じる。げんなりした表情を浮かべる学生を横に、俺は学校に到着した。校門の柱には罅が入っていて、年季を感じさせる風体だ。実際、この学校には創立70周年という長い歴史がある。伝統があると言えば聞こえは良いが、校舎の老朽化は明白であり、更に風を遮る建物なんて周りに無いため、冬はよく冷える。


 教室に着いた俺は真っ直ぐ自分の席に向かった。現在は窓際の席なので、道中はクラスメイトの輪を横切らなければならない。席に座り、一息吐く。本日も快晴なり、とポケットのメダルを弄りながら思う。


「よう」


 短い挨拶を告げてきたのはクラスメイトの土屋だ。俺と同じく中肉中背で、顔に覇気がない。手には携帯電話。ポケットから伸びる充電ケーブルに繋がれており、画面には流行っているゲームアプリが映し出されている。


「おはよう。今日も眠そうだな」

「イベントの周回で忙しくてな。他にもやりたいゲームがあったから、今日は4時間しか寝てない」


 同時並行で幾つものゲームを遊び、且つアニメとマンガをチェックする彼は睡眠時間を削る傾向にある。趣味のためにアルバイトにも精を出すものだから、成績は察するべし。


 土屋の語り掛けに相槌を打ちながら、先生が教室にやって来るのを待つ。この時間の過ごし方は決まってこうだった。


 授業が始まると、俺はおもむろに携帯電話を弄りだした。今朝の出来事について、インターネット上になにか情報がないか探るためだ。しかし、一向に収穫はない。都市伝説などオカルト方面にも手を出すが、検索しても出てくるのは有名なものばかり。結局、空振りに終わった。


 土屋に相談しようか。いや、やめておこう。真剣に聞き入れられるとは到底思えないし、なかんずく嫌われそうだ。立場が逆だったら、俺は面倒がるだろうし。




 明日もプレゼントが贈られてくるのだろうか。そう疑問に思った俺は夜を徹することで事態を把握しようと試みた。途中までは上手くいっていたが、朝方まで来ると押し寄せる眠気に抗いきれず、一〇分ほど意識を失っていた。目を覚ました俺は机の上に茶封筒が置かれていたことに気が付いた。急いで中身を確認すると、初日同様に一枚の紙とプレゼントが入っていた。内容は微妙に変化しており、メダルからシャープペンシルの芯になっていた。しかも、よく見掛ける市販のそれは俺も普段から使っているものだった。


 更に翌日。部屋を家のビデオカメラで撮影したところ、プレゼントは自室ではなく、ご丁寧にも封筒は居間に置かれていた。中身はポケットティッシュだった。


 俺は段々とこの出来事は怪奇現象なのかもしれないと思うようになった。相手が人間だと仮定した場合、動機が全く見えてこない。何か壮大な実験が我が家で行われている可能性も否めないが、真相を突き止めようがないことは数日の試行錯誤で実感した。だったら、もうオカルトでいいやと思えたのだ。


 結局は慣れて、危機感が麻痺していったのだろう。連日の緊張感とは裏腹に実態はただプレゼントが置いてあるだけ。命の危険とは程遠く、警戒心を保ち続けることは困難に等しかった。それに、プレゼントを貰えるのはちょっと嬉しい。また、中間テストも差し迫っているため、俺の関心は否が応でも切迫する方に向かった。


 貴重な土曜日をテスト勉強に費やし、明けて月曜。俺は寝違えた。


 首を曲げるどころか、体を起こすこともままならない。肝心のテスト初日になんたるアクシデントか。後日に受けられるとはいえ、面倒は避けられないし、何より痛い。微動だに出来なかった。


 湿布はどこだったか。ベッドから起き上がれないため、取りに行くのも難しい。と、そこで俺は昨日のプレゼントについて思い出した。昨日、すなわち七日目の贈り物は傷薬である。俺は地を這う虫のようにベッドから抜け出し、机の引き出しに手を掛ける。そこからプラスチックの袋を取り出す。中には一錠の薬が入っていた。


 怪しい薬物を服用する恐怖と、テストを受けられないかもしれないという焦燥感。何より激痛に耐えかねた俺はどうにでもなーれと飲み込んだ。




 テストを無事に終えてからから数日経過した平日の昼頃。授業を受ける傍ら、俺は考えを纏めていた。


 あれから分かったことがある。一つは区切りの良い日数になると、普段より有用なアイテムが貰えるということ。もう一つは日毎にアイテムの性能が高まるということだ。というのも、十日目に『失せ物発見機』という名前のアイテムを貰えたからだ。説明書を読むと、外見上はボイスレコーダーのそれに、探し物の名前を吹き込むと、対象物の位置を示す声が再生できるようになるらしい。七日目に貰った傷薬同様、アイテムが非常に便利な代物となっていることから、そのような予想を得るに至ったというわけだ。


 今後も継続的にアイテムを送り付けられるようなら、日々は安全なものとなるだろう。十日目の時点で、物を失くす心配が無くなったのだ。以降、さらに強力な物がもらえるだろうという期待はどうしたって高まってしまう。


 別に自分で使う必要性もない。むしろ使わないに越したことはない。『失せ物発見機』を使う状況とはすなわち、失くしたら困る物を失くしてしまったということだ。場所を発見するだけで、必ず取り戻せるとも限らない。財布なら中身を抜かれている場合もあるのだから。だったら誰かに売り払った方が良いのではないかなんて思ってしまう。その効果を保証さえすれば、大金を積む人も現れることだろう。


 まあ、安直な発想だ。アイテムの効用と生じる結果との因果関係を証明することが大変だし、身元が割れたら面倒である。バレたら終わりだってことくらい想像できる。それに、この年で金銭感覚が壊れるのも怖い。調子に乗っていたら、いつの間にか落とし穴に嵌ってたなんて、ごめんだ。授業をまともに聞いてはいないが、二度と授業を受けられなくなるような状況にはしたくない。


 授業が終わる。ようやく昼休みだ。体を軽く伸ばしていると、クラスメイトの女子から席を貸すように促される。俺はすぐに席を立ち、そそくさとその場を離れた。



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