暁星の絆

亜月 氷空

暁星の絆

 僕はその子を見た瞬間、これは運命だ、と思った。白髪に限りなく寄ったふわふわの金髪、ぱっちりとした茶色い瞳に薄い唇。清楚でシンプルなワンピースがよく似合っていた。

 通学路の途中の公園でたまたま見かけたのだが、それ以来僕はすっかりその子の虜になってしまった。何とかしてその子を見ていたくて、運よく仲良くなれたりなんかと夢を見て、暇さえあればその公園へ行き、その子に会えた日はどんな嫌なことがあってもすべてが吹き飛ばされた。ここまで他人に執着するなど初めてで、自分でもすごく驚いた。これが恋というものか、という考えに至った時、全身を駆け抜けるような衝撃を感じたのを覚えている。

 そうしてその子に会いに行き始めてしばらく経った頃。すっかり習慣化したその行為をいつものように行ったのだが、運悪くもその日あの子はどこにも見当たらなかった。まあそんな日もあるかと肩を落としながら帰ろうとした時、

「ねえ」

 凛と響く、透き通った声。すぐ近くから聞こえたので、驚いて声のした方を見る。するとそこには、僕が恋い焦がれたあの子がいた。

「おにいさん、ボクのこといつも見てるでしょ」

 急だった上に元来のコミュ障、それとあの子に僕の存在を知ってもらえていたという驚きと喜び、それにボクっ子だったという萌え要素によりあっという間に僕の頭は容量オーバーを引き起こす。

 僕が何もできずにいると、その子は僕を訝しむような表情で続けた。

「なんなの? ボクをどうしたいの? 場合によってはおとなを呼んでけーさつに言うけど」

 警察? 冗談じゃない。僕はただ少し奥手なだけの、一人の子に恋する学生である。

「い、いやいや、僕はただ、そのぉ…… 君と、仲良くなりたいなあと、思って……」

 本音のはずなのに、どこか言い訳じみた言い方になってしまう。年下相手にさすがに挙動不審すぎる自分が嫌になる。

「はあ……? それほんと?」

「ほんとほんと! 一目見た時から、すごく、きれいだなあと、思って」

「は……!?」

 言ってしまってから、はたと気づく。今の、告白じみてなかったか!?

 初対面で告白なんて、さすがの僕でも常識外れでドン引きされる行為であることくらいはわかる。ああ、もうだめだ。こうして僕の初恋はあっけなく終わるのだ。暴言を吐き捨てられることを覚悟して、恐る恐るその子のほうを見る。

「そういうことなら、早く言ってくれればいいのに……」

 するとその子は予想外に、照れた様子でこんなことを言った。

「だったら、これからちゃんと仲良くしてよね!」

 どういうことだろうか。しかし、これは「運よく仲良くなりたい」という夢が叶った、ということでいいのだと信じたい。

「う、うん? わかった」

「じゃあ、ボク明日も学校あるから帰るね! 明日もまた来てね! ばいばい!」

 そう言うと道を駆けていき、途中でくるりと振り返るとぶんぶんと大きく手を振った。その様子がかわいらしすぎて、思わず悶絶しそうになるが、必死で耐えて手を振り返す。

 これが、その子と僕との出会いだった。



 翌日、約束通り同じ場所に行くと、もうその子はそこに来ていた。

「もう、遅いよ!」

 遅いと言ったって、まだ十六時だ。昨日は十七時近かったのだから、早いほうだと思うが。

「うちは門限きびしくて、五時には家につかないと怒られちゃうんだから! あんまり遊べないじゃん!」

 そうか、門限か。確かに小学生にとってそれは大事なことだ。

「ね、あそぼ!」

 無邪気な笑顔でこちらを見てくる。眩しすぎるその顔にこちらの下心ともいうべき心が痛むが、それよりも一緒にいられることのほうを優先したくて、言われるままについていく。周りから見れば、「妹と遊んであげる優しいお兄ちゃん」に見えることだろう。

 そうして僕たちは、ほぼ毎日この場所で、二人で遊ぶようになった。

 どうして毎日僕と遊ぶの、と聞くと、「学校に友達いないもん」と言う。

「ボク、こんな見た目だし、どうしても学校で目立っちゃって、いじめられるんだよね」

 苦笑いで答える様子は平然としていて、でもどこか苦しそうで、僕は黙って見ていることしかできなかった。しかしその表情すら狂おしく感じるほどに、僕はその子に溺れていた。



「ちょっと、なにニヤニヤしてんのよ。気持ち悪いわよ」

 そう言われて意識が戻る。話しかけてきたのはここのカフェのマスター。常連として通っているカフェにいつも通り来た後、いつのまにか回想に浸っていたらしい。

「気持ち悪くはないだろ、ひどいな」

「で、どんなやらしいことでも考えてたの? どうせまた幼女絡みでろくなもんじゃないでしょうけど」

「な、そんなこと考えてるわけないだろう!? ただちょっと、昔の君はかわいかったのになあ、と」

「なによ、幼女絡みな上に十分やらしいじゃないの。……まあアタシの場合、幼女じゃなくて『少年』だったわけだけど」

 あれからあの子とはしばらく二人で遊んでいたが、ある時突然あの子は現れなくなった。そして気づけば十年以上の月日が経ち、数年前に新しくできたカフェに通い始めてからすぐに、向こうが気づいて話しかけてきたのだ。

 あのときの子が大きくなっていた、それはそうであろう、何年も経ったのだから。問題はここではない。再会できた喜びよりも、あの子が「男」だったこと、そしてどうにも中性的というか、平たく言うとオネエになっていたということのショックが大きかった。今でこそこんな風に会話しているが、初めは本当に戸惑った。

「アタシもこんなだし、人の趣味をとやかく言うつもりはないけど、手は出したら犯罪だからね。そこは気をつけなさいよ?」

「……こんな趣味、誰のせいだと思ってるんだ」

 間違いなく、あの出会いが衝撃的すぎたせいだと思うのだが。

「それはそんな趣味になっちゃったアナタが悪いわよ」

 新しいコーヒーの準備をしながら彼が言う。その動きは洗練されていて、美形な顔立ちと相まってすごく絵になる。少年時代があれだけ美しかったのだから、当然といえば当然なのだが、どうにも複雑な気分だ。

「しょうがないじゃない、純粋にアタシをほめてくれた人なんて、初めてだったんだから。友達はいなかったし、息子に常習的に女装させる親なんて、ろくなもんじゃないし。子供心に嬉しくなっちゃって、仲良くなりたかったのよ」

 少しはにかんで言う姿は、世の女子たち全員が一瞬で落ちるほどの破壊力がある。

 しかしまあ、なってしまったものは仕方がない。あの出会いを後悔したことはないし、お互いに良い友達になれているので、結果オーライであろう。

「というか、新しい扉を開かなかったことを褒めてもらいたいね」

「なによ、ロリコンって扉ならとっくに開いてるじゃない」

「違う違う、再会した後の君に対しての」

「あら、そんな扉もし開いてたら、切り落とすわよ?」


 そんなちょっとおかしな日常の光景の片隅で小さく揺れる、数輪の桃色の花。日替わりでカフェのテーブルに飾られる花たちは、日ごとに違った彩りを店内に与えてくれる。

本日の花は、ニチニチソウ。花言葉は―――


「楽しい追憶」

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