サクラの答え

亜月 氷空

サクラの答え

 二〇一七年、春。僕は都内の某高校の新入生として、入学式に参列していた。今日は天気も良くて、長めの冬により桜も見ごろ、最高の入学式日和だ。

 とはいえ、うららかな気候にあくびをかみ殺しながら、ほかの新入生の名前が一人ずつ呼ばれるのをなんとなく聞くくらいしかやることがない。卒業式も暇だったが、入学式もだいぶ暇である。なんて、こう思っていることが先生に知れたら、怒られるだろうか。僕の名前はというと、一組だったため最初の方にすでに呼ばれていた。

 この中の大半は、これからの新生活に不安を抱くと同時に、期待に胸を膨らませているのだろう。まあこれから三年あるのだし、何かしら面白いことが起きないとも限らない。友達は浮かない程度に数人いればいいだろう。なんだかんだ、僕も新生活を楽しみにしているのかもしれない。

 そんなことを考えているうちに式は進められていき、すべての新入生の名前が呼ばれ終わったタイミング。ここで、その事件は起こった。


「ザ、ザザ、ザ、新入生の皆様、ご入学おめでとうございます…… さて、私は今、この入学式をジャックさせていただきました…… これは、組み込まれた演出ではありません…… 繰り返します…… 私はこの入学式をジャックしました…… これは組み込まれた演出ではありません……」


 唐突に流れ出した校内放送のような何か。声は機械で加工されており、男か女かもわからない。その人物曰く、これは演出などではなく、入学式をジャックしたという。

「おい、これはなんだ! 音響の担当の先生はどうした!」

 強面の先生が叫ぶ。その一言で一気に会場がざわめきだした。

何が起きたのかはわからないが、おそらく演出でないのは本当だろう。先生たちの様子や、入学式という場を考えても、こんなことをするのは常識的でない。


「ザザ、皆様には、今から私が出すいくつかの問いについての解答を提示してもらいます…… 私が納得のいく解答を得られれば、皆様を解放すると約束しましょう…… それまでは、この会場から出ることはできません……」


 一瞬、静まり返る会場内。しかし直後、大きなブーイングが沸き起こる。

 何を言っているんだ、この人物は。要求が無茶苦茶すぎる。

「誰だ、こんなふざけたことをするやつは!」

「んなこと言われたってわけわかんねえよ!」

 しかし、次第に何人かが周りの異変に気付いていく。

「先生、体育館のドアが開きません!」

「スマホも圏外になってる!?」

 次々と起こる混乱と怒りの声。

「内線で誰か式に参列していない教員に連絡は!」

「今学校に来ている先生は全員参列しています!」

「だめです、内線つながりません!」


「ザ、会場の出入り口はすべて封鎖させていただきました…… 電波はもちろん、内線も切らせていただいています……」


 ……どうやら本格的に、この会場内に閉じ込められたらしい。

会場内の空気が、徐々に怒りから不安へと変わっていく。


「繰り返します…… 今から私が出すいくつかの問いに対して、私が納得のいくような解答を提示することができれば、皆様を解放すると約束します……」

「それでは、第一問目です…… 『君は殺人事件の犯人である。ある時、親友だった人物を殺してしまった。さて、この後の君の行動を答えよ。』…… 繰り返します……『君は殺人事件の犯人である。ある時、親友だった人物を殺してしまった。さて、この後の君の行動を答えよ。』―――」


 なんだこれは。要求も無茶苦茶だが、問いの内容も無茶苦茶だ。今度こそ本当に、何をさせたいのかわからない。

「うう、質問もわけわかんないし、ここからは出られないし、もおやだあ……ふえぇ……」

 その時、状況に耐えかねたのか、隣に参列していた女の子が泣き出してしまった。突然のことに若干のコミュ障を発動させた僕が、どうすることもできずにおろおろとしていると、


「キィィーン…… はいそこ、神田美音さん…… 可愛くないので泣き止みなさい……」


大きなハウリングとともに、『声』がその女の子に向かって話しかけた。

「な、可愛くないってなによ! っていうか、こんな一瞬でどうして私の名前あてられたの!?」

 彼女が可愛いか可愛くないかはさておき、新入生は三百人近くいる。それなのに、『声』はすぐに彼女を名指しで呼んだ。……どこかから監視しているのだろうか。いや、たとえ監視していたとしても難しいだろう。ちなみに、僕は彼女は可愛い方だと思う。

 『声』はその問いには答えずに、再び話し出す。


「ですから、私の問いに答えてください…… それだけが私の求めることであり、それさえ得られれば、皆様に危害などを加えることはありません…… しかしそうですね、あまり泣きわめくようであれば…… 神田美音さん…… 『三年前』、『三月七日』、『キュウソ』…… ここまで言えば、わかりますよね……」


 見ると彼女は、真っ青な顔をして震えていた。

「いや、やめて、やめて……! わかったから、答えるから……!」

 『声』の言う日に何があったのかは知らないが、彼女の精神をこれほどまでに衰弱させる何かがあり、かつ『声』は彼女が秘密にしてきたであろうこのことを知って脅している、ということになる。そして、おそらくこれは見せしめだ。

 『声』が完全に会場を支配して、ゲームの開始が宣言される。


「さあ、解答をお願いします……」




 それから少し経った頃。周りは不安な表情を浮かべながら、先ほどの問いの解答を話し合う人がほとんどだった。

「殺人事件って…… ねえ、ミステリーとか読む? 私あんまり読まないからわかんないんだけど……」

「ミステリーは好きだけど、自分が殺人犯ってのは考えたくないなあ」

「俺は、一度でも親友だったやつを殺すなんてありえないから。事故だったなら自首するよ」

「え、俺絶対無理だわ。捕まりたくないし、なんとかして外国に逃げる」

 空気はいくらか落ち着いてきたようで、それなりに意見が飛び交っている。そしてそれは、先ほどの彼女の精神状態も同じのようだった。

「あの、大、丈夫? さっきはすごく顔が青かったけど……」

「あ、うん、平気よ。あんなとこ見せちゃってごめんね、ありがとう」

 その彼女に話しかけると、思ったよりも元気そうに、にこやかに返事をくれた。

「思ったより元気そうで安心したよ」

「ちょっと取り乱しちゃっただけだから。ねえそれより、あの『声』の問い、どう思う?」

 彼女については、ここでこれ以上踏み込んでほしくはないのだろう。今解決すべきは、あの『声』のほうだ。

「どうって、彼がどういう答えを望んでいるのか全くわからないよ。僕が親友を殺した、っていう条件しかないんじゃ、どう答えるべきなのかの判断がつかない」

「でも、あれ以来『声』は何も言わないし、その条件以外はどう設定してもいい、ってことなんじゃないの?」

 そんなの、答えは何通りだってあるじゃないか。それじゃあ正解のしようが……

「だから、『納得のいく解答』なんでしょ」

 そういえば『声』は、正解ではなく、『納得のいく解答』を提示しろと言っていた。だとすると、平凡な考えではだめだ。なるべく奇をてらい、かつ不可能でない行動を解答するのが正しいのだろう。

 それならば……


「僕だったら、まず親友を殺したのは故意だから、計画は用意周到に、証拠を残さないように細心の注意を払うね。そうだな、殺し方は遅効性の毒を少しずつ盛って、あくまでも自然に見えるように死んでもらおう。招待された葬式では親族が引くくらい大泣きして、最後まで『親友』を演じ続けるよ」


 少し大きめの声で、自分も意見を述べる。これくらいが正解に近いと思うのだが。

突然の、しかも狂気を感じる解答に彼女も周りも一瞬固まったようだったが、しばらくすると彼女が口を開いた。

「……動機は? 考えなくていいの?」

「動機か…… そうだな、学生時代の親友なんて不安定で、年数で人は変わるしいつだって裏切りの対象となり得るんだから、いくらだってつくれるよ」

すると、それまで黙っていた『声』が再び話し始めた。


「ザザー、ザ、第一問目は無事解答を得られたので、第二問目に移ります…… それでは、第二問目…… 『ある朝目が覚めると、君は見知らぬ場所に飛ばされていた。そこはどうやら、君の好きなゲームの中の世界のようだ。さて、この後の君の行動を答えよ。』…… 繰り返します……『ある朝目が覚めると、君は見知らぬ場所に飛ばされていた。そこはどうやら、君の好きなゲームの中の世界のようだ。さて、この後の君の行動を答えよ。』―――」


 一問目の解答は得られた、と『声』は言った。ということは、僕の解答の仕方は正しかったというわけだ。内心喜びであふれているが、早くも二問目が出題されているため、そう長く喜び続けてもいられない。ミステリーの次は異世界転移か。相変わらずさせたいことはわからないが、要領はわかった。さっくり解答して、早いところ解放してもらおうじゃないか。

「あの、すごい、ね……? よくあんな解答が思いつくなあ」

「いやいや!「声」の欲しい解答は、あれくらい普通じゃないものなんじゃ、って思っただけだし、実際の僕はあんなことできないよ」

 彼女が僕のほうをのぞき込んで言う。その顔が少しおびえているようで、僕は慌てて取り繕った。

「それよりさ、二問目、どう思う?」

「私の好きなゲーム、か…… どんなゲームかって大事だよね」

 これに関しては、僕はあまりゲームをやらないし異世界ものも読まないので、まったく解答が思いつかない。

「やっぱり王道はモンスターを倒してダンジョンを攻略する系だよね。日常生活系も面白いけど、さっきの正解を考えると違うんだろうな。あ、ホラーってのもありかも」

 彼女の目が少し輝いている気がする。これはもしかして、

「ゲーム、好きなの?」

 すると、彼女はしまったというように顔を赤くした。

「う、うん、まあ…… 恥ずかしいからあんまり言わないでほしいんだけど……」

「何言ってんのさ。今この状況では、一番必要な趣味だよ」

「そうだぞー!」

 この質問においては、ゲームをよくやっている人こそ有利だろう。

 ……というか、突然会話に割り込んできたこの人物は誰なのだろうか。なれなれしく肩を組まれているが、初対面のはずだ。

「あの、……?」

「ああ、ごめんごめん。いやだった?」

「あ、いや別に、そういうわけではないけど」

「俺な、比護拓斗ってんだ、よろしく。いやーさっきの解答、お前すげーな!」

 比護と名乗った彼は、この状況下でも非常にあっけらかんとしていて、コミュ力の高さを感じる。

「んで見てたらかわいい女の子いるしよ。俺、お前と友達になりたいわ」

 こっそりと耳打ちで彼が言う。

「お前それ、彼女目当てなんじゃん……」

「ちげーよ! いや、違くないけど、でもお前と仲良くなりたいのはほんとだぞ!」

「そうか、ありがとう。で、お前は二問目の解答、何かいいのはあるのか?」

 なかなか愉快なやつらしいが、何か解答があるなら話し合いたいところだ。

「悪い、残念だけど、なんもねえよ。さっきだって俺、捕まりたくないから海外に逃げるって言ったし」

「お前それ、絶対捕まると思うぞ。そもそも海外まで逃げるほどの金がないだろ」

「そうなんだよなー。まあというわけだから、俺も仲間に入れてくれ!」

 なにが「というわけ」なのかわからないが、ゲーム風に言うと「タクト が なかまに なった!」という感じだろうか。今はそれより、二問目の解答だ。

「神田さん、これに解答するのは君が一番適していると思うんだけど、どうかな」

「そうだな、私なら……

 転移先は王道の、巨大なモンスターを倒してダンジョンを攻略する系のゲーム。私は体術とダガーで戦う超近接型のアタッカーとしてダンジョン攻略組に加わるんだけど、同じ攻略組にかっこいい男の子を見つけて、その人と恋に落ちるわ。でもダンジョンを攻略しきったら私は元の世界に戻れてしまう。どうかな、ちょっと設定盛りすぎ?」


「ザー、第二問目も無事解答を得られたので、第三問目…… これが最後の問題になります……『ある者が、年度初めの式典をジャックした。その者は、問いに答えられれば全員を解放するという。さて、その者は何者か?』…… 繰り返します……『ある者が、年度初めの式典をジャックした。その者は、問いに答えられれば全員を解放するという。さて、その者は何者か?』―――」


 彼女の解答は正解として扱われたようで、最終問題にたどり着いた。彼女はというと、比護と一緒に喜んでいる。が、次の三問目の解答は、今までの二つより格段に難しい。つまりは、まさに今起こっていることが何なのかを突き止めろ、というのだから。

「今のこの状況に、犯人に、心当たりのある人っている?」

 二人の答えはノー。当然僕もノーだ。となると、推理によって犯人を当てなければならないらしい。

「……妄想で答えられる前二問とは違うってか」

 まず、最も不明なのが動機だ。普通、何かをジャックしてやることといえば、金銭目当ての人質にするか殺し合いをさせるかじゃないのか。まあ、後者はフィクションの読みすぎだし、殺し合いなんてしたくないからある意味ありがたいが。ただの愉快犯と見ても、やることが非常に大がかりだ。

 そして、『声』は一体どこから音声を流し、どこから会場を見ているのか。普通の校内放送よりも、『声』はノイズやハウリングがひどい。声の加工や携帯端末への妨害電波による支障が出ているのだろうか。また、この学校には監視カメラの類はついていないはずなので、外から映像を見ているとすれば、どこかに隠しカメラがセットしてあるはずだ。

「ねえ、さっき『声』を聞いてて思ったんだけど…… あの「声」ってさ、今リアルタイムで話されてるわけじゃなくて、あらかじめ録音したものをタイミングに合わせて流してるだけ、って感じがするの。流れとして不自然ではないように作られてるけど、なるべく必要なことだけしか話さないようにしてるっていう印象を受けたんだけど…… どうかな」

 ……確かに、言われてみるとそれもあり得るだろう。

「それから、ここってスピーカー壁を囲むようにいっぱい設置してあるだろ? なのにさ、『声』って前からしか聞こえなくねえか?」

 まさか。僕は前の舞台のほうへ駆け出すと演台の裏に回り、比護の言葉が本当ならそこにあるであろうものを探した。それを見つけたのは、演台の中の収納スペースの天井。奥のほうにコンパクトサイズのレコーダーが張り付けてあった。これで、犯人は今話している必要がないのだから、この中にいる人物でも可能だったことになる。

 いや、わざわざこうしたのだから、この中にいる人物と考えたほうがいいだろう。それなら隠しカメラもいらない。ドアが開かなくなったことについては、強力な電磁石でも使ったのだろう。スイッチですぐにつけられるし、人間一人の力じゃ開けられなくなる。この方法でなくても、無人でドアを封鎖する方法くらいほかにもありそうだ。

 少しずつ事件の概要が見えてきた。あとは犯人を特定して……

 ……まてよ。

「じゃあどうして、『声』は神田さんが泣き出すことを予測できたんだ……?」

 録音だったのだから、彼女が泣き出すことがわかっていなければ、あの会話はできない。

 何かが引っかかっているような感覚がする。思い出せ、最初から全部……

 

 その時、僕の頭の中で、ピースがカチリとはまる音がした。




「とまあ、新歓はこんな感じでいこうと思うんだけど、どうかな?」

「え、まって、小説ここで終わり!? 続きは、犯人は!?」

「細かいかもだけど、ジャックするの入学式ってなんか違和感があるような……?」

「アイデアとしては結構面白いと思うよ」

「やっぱり動機が謎すぎるかなあ」

「ねえ犯人はー!?」


 その日、二階の談話コーナーからは、とある文芸部員の悲痛な叫びが聞こえたという。

 


 犯人は何者か?


 さあ、解答をお願いします……

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