新たなルール

 意識はあるが、視界には何も映らない。

 

 全身が何かに包まれているような……浮遊しているような……不思議な感覚。

 

 ――!

 

 この感覚を味わう――否、この空間に拉致されたのは、二度目だった。

 

 クソッ! 不意打ちが過ぎるだろ。

 

『はろー! えぶりばでぃ! 魔王の皆さんこんにちはっ!』

 

 頭の中に不快な少女の声が響いた。

 

 この無駄にテンションの高い不快な声は……確定か。

 

 どうやら、黒幕に拉致されたようだ。

 

 そして、拉致の対象は俺だけじゃなく、魔王らしい。

 

 ――?

 

 魔王?

 

 どういうことだ? 前回は対象が――全世界の【カオス】だったはず。

 

『ハイハイ、ハーイ! 聞こえますよー! みんなの心の声は届いてますよー! ウンウン。混乱するよね、驚くよね? でも、まずは聞こ? ね? ボクの話を聞こうよ!』

 

 黒幕の諭しているのか、バカにしているのかわからない声が頭の中に響く。

 

『ま・ず・は、今回招集した対象は生存している魔王全員だよー! なんか、しきりに、『魔王? 俺はその違和感に気づいたぜっ! キリッ!』ってドヤった感情剥き出しの魔王多いけどさぁ……プークスクス。全員同じこと考えてたからぁ! キミたちが思うほど、キミは特別じゃないよー!』

 

 明確にこちらをバカにした口調の声が響く。

 

『前回と違って【カオス】じゃないのは、配下とかも【カオス】だから、全員呼んじゃうと収拾がつかなくなるからだよ。んで、今回招集した理由は進捗があまりに芳しくないから新たなルールを発表するためだよ! でゅーゆーあんだーすたん?』

 

 進捗? 新たなルール?

 

『それじゃ、新たなルールを発表するねー! まずは、支配領域の特殊制限を撤廃しまーす! んで、それだけだと【ロウ】が有利になりすぎるから、【カオス】のみんなも自由に外に出られるようになりましたー! わぁい♪ やったね! これで、眷属をちまちまと増やさなくても、統治がし易くなるね!』

 

 ――は?

 

『最初は数に劣る【カオス】を保護するために特殊制限を付けたけど、もういらないでしょ? これでまた争いが活発化するかなー? するといいなー! という訳で、新たなルールは1週間後から導入されまーす! 準備を整えてレッツ世界征服♪ ふぁいおっ!』

 

 最後まで小馬鹿にしたような軽い口調の黒幕の少女の声を最後に――俺の意識は再び無へと沈んだのであった。

 

 

  ◆

 

 

「……ンさん! シオンさん!」

 

 ――!

 

 目を開けると、心配そうに俺の名前を呼ぶカノンの姿が映った。

 

「……カノン?」

「よかったぁ……寝れないはずのシオンさんが突然寝落ちしたからビックリしたんですよぉ」

「俺はどのくらい意識を失っていた?」

「えっとぉ、10分くらいかなぁ?」

「10分か……」

「はい! 今世界中が大混乱なのに突然寝ちゃうからビックリしましたよぉ」

「世界中が大混乱?」

「はい。あの日――『大変革』の日以来となる、女神の啓示があったんですよぉ」

「女神の啓示?」

「はい。えっとぉ……記憶しているのそのまま伝えますね。『道に迷いし人類よ。愛しき我が子よ。今、私の施した敵への封印が破られようとしています。封印が破られたら、敵は今まで以上に苛烈な兵力で攻めてくるでしょう。封印が破られし日は1週間後。愛しき我が子よ、絶望するなかれ。封印は破られますが、同時に敵の防壁も無力化します。愛しき我が子よ。今まで以上に力を合わせて敵の支配領域を、その手で解放するのです』って啓示でしたぁ」

 

 ≪瞬間記憶≫を習得しているカノンが、一字一句正確に女神の啓示で告げられた言葉を教えてくれた。

 

「封印と防壁ね……」

「はい。封印と防壁ってなんだと思いますぅ? 敵って……私たちですよねぇ?」

「封印は眷属とその配下以外が外に出れない仕様で、防壁は支配領域の特殊制限だな」

「へぇ、そうなんですかぁ……って! なんでシオンさんは知ってるのですかぁ!」

 

 サラッと答えた俺の言葉にカノンが驚愕する。

 

「さっき気を失ってだろ? あの時、黒幕に拉致されて説明があった」

「え? 黒幕に拉致って……魔王になった日のときのアレですかぁ?」

 

 俺はカノンの言葉に首を縦に振る。

 

「世界のルールが大きく変わった。幹部を集めて緊急会議を開催するか」

 

 俺は念話で幹部を招集し、緊急会議の準備を始めたのであった。

 

 

  ◆

 

 

「――という訳だ。今後はこれまで以上に、熾烈な侵略が予測される」

 

 俺は集めた幹部たちに先ほど伝えられた新たなルールを説明した。

 

「ふむ。そうなると、防衛に割く配下の数を増やして欲しいのぉ」

 

 防衛責任者のヤタロウがこの話題に真っ先に反応する。

 

「最初は幹部メンバーを防衛に配置して様子見。その後、増員しよう」

「よろしく頼む。それはそうと、特殊制限がなくなったら『稼ぎ場』はどうするんじゃ?」

「『稼ぎ場』か……。しばらくは閉鎖だな。黒幕の目論見どおりなら、『稼ぎ場』なんて作らなくても人類と他の魔王たちは攻めてくるはずだからな」

「わざわざ『十三凶星ゾディアック』に名を連ねるうちを攻めてきますかねぇ?」

 

 俺の答えにカノンが首を捻る。

 

「すべての支配領域で特殊制限は撤廃される。攻めて来なかったら、攻められてる支配領域を狙えばいいだろ」

「結局は腹の探り合いですねぇ」

「まぁ、誰もが楽に土地を増やしたいだろうからな」

 

 結局は各勢力で腹の探り合いになるだろう。黒幕の目論見が外れて変わらず小康状態が続いたら、どうなるのだろうか?

 

「んで、結局俺はどうしたらいいんだ?」

「しばらくは様子見――防衛だな」

「防衛かよ。本当に大量の敵は来るんだろうな?」

「それが不明だから、様子見だ」

「きゃはは! タカっちバカっしょ」

「んだと! サラ、てめー表でろ!」

「出てもいいけど、シオンっちに怒られるのはタカっちだからね!」

「――! シオン! いいよな!」

「いい訳ねーだろ……大人しくしてろ」

「はっはっは! 致し方ありませんな。ここは私が代わりにご主人様の罵声を――」

 

 ――黙れ!

 

 危機感を欠片も抱かない一部の幹部連中たちを見て俺はため息を吐くのであった。

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