謀略②


 立山砦から撤退した俺は、残されたモトキの行く末を見守ることにした。


 モトキの軍勢は立山砦の人類たちに包囲され、孤立無援の状態だ。


 俺たちの撤退により――士気が低下したモトキの軍勢と、士気が向上した立山砦の軍勢。


 ほんの1時間ほど前までの戦況が幻であったかのように、モトキの軍勢は押されており、人類は活気づいていた。


 集団戦だと、士気の与える影響は大きいな。


 俺は監視用に残したカエデを利用して、スマートフォンから戦局を観察し、数値では表せない士気の影響力を実感していた。


「このまま魔王モトキを人類に討ち取らせるのがシオンさんの目的ですかぁ?」


 自称軍師のカノンが俺の眺めているとスマートフォンを覗き込んでくる。


「いや、豚が討ち取られるのは少し困るな」

「え? そうなのですかぁ?」


 カノンは俺の答えが意外だったのか、驚きを露わにする。


「あの豚には散々煮え湯を飲まされたが、まだ利用価値があるからな」

「利用価値ですかぁ? でも、魔王モトキはあの状況下で生き残れますかねぇ?」

「多分、大丈夫だろ?」


 本当にピンチになったら救援を出してもいいが……恐らく問題はないだろう。


 その後もモトキの様子を見守っていると……立山砦の西方――魔王モトキの支配領域から大量の援軍が救援に現れた。


 やはり、余力を残していたか。


「はわわっ!? 魔王モトキの戦力を低下させるのが狙いだったのですねぇ!」

「まぁ、それもあるが……真の狙いは別だな」

「真の狙いですかぁ……?」

「まぁ、いずれ分かる」

「むぅ……。でも、このまま魔王モトキが立山砦を落としたらどうするのですかぁ?」

「戦力的に考慮してもあり得ないが……魔王モトキは立山砦を本当の意味で落とすことは100%不可能だから、そこの心配は不要だな」

「でも、このまま私たちも侵略していたら人類の戦力はジリ貧になるので……100%不可能ってことは……」


 カノンは魔王モトキが支配を拡大する可能性を恐れているようだ。


「魔王モトキが本当の意味で落とす――《統治》は不可能だ。《統治》をする為には周囲3km以内の全ての敵対勢力を排除する必要あるからな」

「あ! なるほどぉ! 私たちがいるので確かに不可能ですねぇ!」


 今俺のいる支配領域――立山砦北方の土地を《統治》したことは、魔王モトキが立山砦を《統治》出来ないことも意味していた。


「さてと、明日からも忙しくなるぞ」


 俺は思い描いた未来予想図に向かって着々と準備を進めるのであった。



  ◆


 翌日。


 南砺砦前で茶番を繰り広げる部隊を進出させつつ、本命の部隊は立山砦への侵攻を開始。


 今回は先日のように奇襲の形にはならないものの、ある程度本気で侵攻した。


 モトキの軍勢は同じ戦場で俺たちが真剣に戦闘を繰り広げていると、流石に茶番撤退は出来ないらしく、昨日のような深入りはしないまでもある程度は真剣に戦闘を繰り広げていた。


 ある程度は真剣とは言え、本気で侵略するつもりはない俺たちアスター皇国。


 俺たちの目も気にして、ある程度は真剣に戦闘を繰り広げるが、どこか消極的な魔王モトキの軍勢。


 そして、命懸けで防衛をする富山県の人類たち。


 そんな三つの勢力が入り乱れる立山砦での攻防は互いの戦力を消耗しながら幾日も継続していた。


 人類の抵抗も激しさが増したと感じ始めた2週間後。


 そろそろ頃合いだな。


「リナ! コテツ! タカハル! サラ! ヒビキ! 茶番は終了だ。今日は本気で侵攻せよ!」

「了解した」

「承知した」

「おうよ! 待ちくたびれぜ!」

「り!」

「ご主人様の御心のままに!」


 俺は立山砦侵攻の主力部隊であるリナたちを一堂に集めた。


「シオン、何か作戦はあるのか?」


 リナが俺へと問いかける。


「今回立山砦侵略の全指揮はリナに任せる」

「――な!?」

「は? 本気でやるんだろ? シオンは出ねーのか?」


 俺の言葉にリナは絶句し、タカハルが口を挟む。


「俺はその間に南砺砦を統治する」


 立山砦に富山県の人類の戦力を集中させ、その隙を突いて南砺砦を統治するのが、真の狙いであった。


「は? んじゃ、俺たちは囮なのか?」

「えー!? 囮とかさげぽよなんですけどー」

「囮になるのは構わないが……私たち抜きで南砺砦の《統治》は成功出来るのか?」


 タカハルとサラは俺の作戦に不満を露わにし、リナは作戦について異論があるようだ。


「主力であるお前たちだからこそ――囮にするんだよ」


 富山県の侵略を開始してから3ヶ月近くの月日が流れていた。


 魔王である俺は当然として、リナ、コテツ、タカハル、サラ、ヒビキたち――侵略主力組の幹部連中の知名度もかなり高くなっていた。


 故に、この面子が戦場から欠けていれば、富山県の人類のみならず魔王モトキも俺の策略を勘繰ってくるだろう。


 逆に言えば、これだけの主力メンバーが揃っていれば……囮とは思われないだろう。


「それに、カエデからの情報によれば、南砺砦を防衛していた主力の人類たちも立山砦に来ているらしい。現状、南砺砦はかなり手薄になっているからな」

「シオンがそう言うのであれば、私は与えられた使命を全うするのみだ」

「よくわからねーが……こっちの方が暴れられるんだよな? 気に食わねーが、囮になってやるよ!」

「リナ、任せたぞ。可能であれば……この前のように魔王モトキの温存している戦力を引っ張り出してくれ」

「努力しよう」


 俺の言葉をリナは真っ直ぐな瞳で受け止める。


「それでは、これより作戦を決行する! 各自、侵略の準備を開始せよ!」


 茶番を終わらすべく、侵略の準備を始めるのであった。

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