Episode13

富山県進出


 俺は目の前に広げられた地図に視線を落とす。


 南――福井県からの侵略は魔王カオルが防いでくれる。北と西は海に面しているので安全だ。


 となると、次なる目標は東――富山県だ。


 富山県に生存している魔王はただ一人――県東である黒部市、朝日町を支配している魔王のみだった。残りの土地は全て人類に解放されていた。


 富山県の人類たちは富山県全域を解放すべく、唯一生き残った魔王の支配領域へと日々侵略を繰り返していた。


 こちらから侵攻を開始したらどうなる?


 人類は防衛に力を入れるだろうか?


 ……この考えは無意味だな。選択肢は、富山県への侵攻かこのまま引き籠もるしかないのだから。


 俺は幹部たちを呼び集め、富山県への侵攻を宣言することにした。


「――という訳で、明日より富山県への侵攻を開始する! 当面の目標は県西――高岡、砺波地区の支配だ!」

「お、いいねぇ!」

「あーし凱旋! みたいな?」

「敵の出方次第によっては、一気に支配を広げる! 各自、そのつもりで準備をしてくれ!」


「「「おぉー!」」」


 士気が最高潮となっている好戦的な配下と共に、富山県への侵攻を開始したのであった。



  ◇



 一ヶ月後。


 氷見市、高岡市、小矢部市、砺波市を統治。


 小競り合いのような争いはあったものの、順調に支配領域の拡大に成功。


 ここまで順調に支配領域を拡大出来たのは、力の差……以上に富山県唯一の魔王――魔王モトキの動きが要因となっていた。


 魔王モトキは富山県の人類がこちらの防衛に回ると、すかさず攻勢へと転じた。富山県の人類は、挟み撃ちの様な形を余儀なくされ、まともな防衛が出来なかったのだ。


 結果的に、人類に対し劣勢だった魔王モトキも魚津市を人類から奪い取ることに成功。息を吹き返す形となった。


「後は南砺市を統治すれば、県西は制圧したことになるのか」

「富山県の人類もどっちつかずの防衛をしたせいでボロボロですねぇ。どちらかに集中すれば、ここまで悲惨な状況は回避出来たと思うのですよぉ」

「まぁ、そう言うな。こちらと違って民主主義的な組織は大変なんだろ」


 富山県の人類を纏め上げたのは、自治体ではなく地元の企業集団だった。


 代表者は存在するものの、行動は全て協議によって決まっていた。己の地元を守りたい者同士の争い、己や己の家族を守りたい者同士の争い、或いは己の利益を守りたい者同士の争い。


 結果的に全てが後手後手となっていた。


「シオンさん――アスター皇国は絶対王政ですからねぇ」

「魔王だからな」


 カノンの言葉に俺は微笑し、答える。


「とは言え、ここからは今までのように楽にはいかないかもな」


 諜報活動に出ていたカエデからの情報によれば、南砺市に凄腕の人類が集結。防衛の為の砦とも言うべき建物が建造されたらしい。


「一ヶ月でようやく協議の結果が出たのですかねぇ?」

「どうだろうな? まぁ、やるべきことは今までと変わらない」

「力と知恵でねじ伏せるのみ! ですねぇ」

「そうなるな」


 俺はカエデから受け取った調査資料に目を通す。


「んー……もう少し詳細な情報が欲しいな」

「これ以上詳細な情報となると……」

「俺が出るしかないな」


 情報の肝となる敵の数を知る為に一番手っ取り早い方法は――《統治》だ。


 俺は敵情視察でもある《統治》に連れて行く配下を選別することした。


 大人数で行っても目立つだけだし、撤退するのも一苦労となる。


 最終的に敵情視察に連れて行く配下は……タカハル、サラ、ヒビキ、コテツ、リナの5人とした。


 移動手段はヒビキの運転するSV車とタカハルの運転する大型バイク。SV車には俺、ヒビキ、コテツ、リナの四人。追走する形の大型バイクには運転手のタカハルと後部シートのサラ。


 この面子であれば、万が一敵と遭遇しても大丈夫だろう。


 俺は同行させる5人を呼び集め、敵情視察へと出向くのであった。



  ◆



 道中の車の中ではラジオを流し進んでいた。とても静かで心地良い。突然カラオケ大会を始めるサラを別車両にしたのは正解だった。


 俺はスマホの位置情報を確認しながら、ヒビキをナビゲートする。


「ここなら広範囲をカバー出来るな」


 南砺砦の周囲2kmをカバー出来る地点で停車し、車から降りる。


「これより統治を始める。各自、周囲の警戒を怠るな!」


 俺は同行した配下たちに注意喚起し、統治の準備に入る。


  ――《統治》


 目を瞑り、地面に右手を翳して念じる。


 地面は揺れ動き、翳した右手の先に周囲の空間を呑み込むような直径30cmほどの黒い渦が発生。


 スマートフォンの画面には見慣れた文章が表示される。


『《統治》を開始しました』


『有効範囲内にいる敵対勢力に《統治》を宣言しました』


『180分以内に有効範囲内にいる全ての敵対勢力を排除して下さい』


『Alert。有効範囲内に敵対勢力の存在を確認しました。直ちに排除して下さい』


『有効範囲内の地図を表示しますか? 【YES】 【NO】』


 俺は【YES】をタップし、地図上に映し出された人類の数を確認する。


 多いな……。


 人類の存在を示す赤いドットの数はパッと見10万人ほどだろうか。


 数だけで言えば、野々市市役所に立て籠もっていた金沢解放軍の方が多かったが……今回南砺砦に立て籠もっている人類は9割近くが戦闘員だ。非戦闘員は全て富山市に避難しているとの情報がある。


 ここ以外にも本拠地となっている富山市にも大勢の人類が残っており、また、魔王モトキへの防衛として滑川市にも同様の砦が建てられていると聞いている。


 序盤から魔王カオス側が優位になっていた石川県と、人類ロウ側が優位となっていた富山県の違いなのだろう。


 これは骨が折れそうだ。


「撤退する」


 得るべき情報を得た俺は、そそくさと撤退したのであった。



  ◆



 帰還から12時間後。


 ――ビィィィィィ!


 久しぶりに奏でられた侵入を告げるアラート音。


 それは、予期せぬ来訪者を告げるアラート音であった。

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