富山からの使者


 〜♪


 スマートフォンがヤタロウからの着信を告げる電子音を奏でる。


「シオンだ。どうした?」

『第百八十六支配領域に侵略者が来たのじゃが、少し様子がおかしくてのぉ』

「様子がおかしい?」

『うむ。侵略者はエルフが24体なのじゃが……先頭のエルフが白旗を振っておる』

「……白旗?」


 振られた白旗が意味する事とは……降伏?


「話の出来る適当な眷属を出向かせろ」

『了解じゃ』


 指示を出し終えた俺はスマートフォンを操作して第百八十六支配領域の様子を監視することにした。


「我が名はモブワン=シオン! 何用があってアスター皇国に足を踏み入れた!」


 ヤタロウに送り込まれたダンピールの眷属――モブワンが侵略者へと威圧的に声を掛ける。


「私の名はリュート=モトキ。誉れ高き富山の支配者魔王モトキ様の眷属なり。本日は石川の覇者――魔王シオンに交渉すべく参上した」


 白旗を振っている端正な顔立ちのエルフは魔王モトキの配下のようだ。


「交渉だと……? ならば、その用件を栄えある魔王シオン様の眷属――モブワン=シオンに簡潔に申すがよい」


 モブワンは無駄に高圧的な口調で魔王モトキの配下に命じる。


「魔王シオンに直接交渉を申し出る!」

「――!? 一端のエルフ風情がシオン様へのお目通しを願うだと! ふざけるのも――」


 ――モブワン、俺の言葉を正確に伝えよ!


「――!」


 喧嘩腰のモブワンでは埒が明かないと感じ、交渉に直接関与することにした。


「こ、これよりシオン様のお言葉を伝える。『魔王シオンだ。リュート=モトキよ、貴殿の話は直接俺も聞いている。その場で交渉内容を話せ』……とのことだ」


 俺の言葉を受け取ったリュートは少しフリーズした後、言葉を発し始めた。


「今より私の言葉はモトキ様の言葉なり。心して聞かれよ。『魔王シオン、突然の訪問すまない。魔王だ。本日は互いに利のある交渉がしたく、眷属を出向かせた』……とのことだ」

「これよりシオン様のお言葉を伝える。『して、その交渉の内容とは?』……とのことだ」

「モトキ様の返答を伝える。心して聞くがよい。『同盟を結ばないか?』……とモトキ様は申している」


 ……同盟だと?


 俺は魔王モトキの予期せぬ提案に驚いた。


 どう答えるべきか……っとその前に、この煩わしい交渉スタイルを解消させるか。


「シオン様の返答を伝える。『同盟を結ぶ意思――こちらを信頼する意思があるなら、今から伝える番号に魔王モトキが直接電話せよ。番号は――』とのことだ」


 眷属を介した会話を解消すべく、予備として保管していたスマートフォンの番号を伝えると、魔王モトキの配下は俺の支配領域から退去していった。


 待つこと1分。


 〜♪


 手元に置いたスマートフォンから着信を告げる電子音が流れた。


「アスター皇国のシオンだ」

『……う、魚津市のモトキだ』


 俺が国名を名乗ったせいなのか、モトキは少し間を開けた後に“魚津市のモトキ”と名乗った。


「用件は?」

『俺と同盟を結ばないか?』


 魔王モトキからの用件はアスター皇国との同盟ののようだ。


「同盟か……何故?」

『は? それは俺たちが今同じ敵と対面している間柄だからだ! 敵の敵は味方……そう言うだろ?』

「敵の敵は味方か。俺たち魔王にとっては全てが敵だ。敵の敵も……また敵。違ったか?」


 相手の意図が読めるまでは、強気に接したほうがいいだろう。俺は冷たい言葉で魔王モトキの言葉を拒絶する。


『……つまり、同盟は組めないと?』


 少し言葉が強すぎたか? 魔王モトキの声に敵意が混じる。


「そこまでは言っていない。ただ、俺とお前が同盟を結ぶことで俺はどういうメリットを得られると言うのだ?」

『メリットか……メリットならある』

「ならば、そのメリットを教えてくれ」

『無駄な争いを避けれる』

「無駄な争い?」

『そうだ! 俺とお前の無駄な争いだ』

「ん? 言っている意味がわからないな。そもそも俺とお前の支配領域は隣接していない」

『しかし、隣接するのは時間の問題だ。違うか?』

「つまり、お前は先を見越して……今回、同盟の話を持ちかけてきたと?」

『そうなるな。優秀な統治者は常に未来を予見し、行動を起こさなくていけない! そうだろ? 同志シオン?』


 魔王モトキはやたらと饒舌に話し始める。とは言え、その言葉が本音とは思えない。


「なるほど。ならば、互いに隣接した時にでも改めて同盟の交渉をしようか。用件は以上か?」

『な!? ま、待て! 待つのだ!』


 俺が会話を終わらせようとすると、魔王モトキは先ほどとは打って変わり焦った口調となる。


「ん? 何だ? 未来を予見し、無駄な争いを避けるための同盟だろ? ならば、その時……お前の言う未来が訪れたら改めて交渉すればいいだろ?」

『クッ!? ち、違う!』

「違う? 俺はお前の言葉をそのまま繰り返しただけのつもりだが、認識が違ったか?」

『違う! いや、そうではない! 認識は合っている! しかし、今同盟を結ばないと意味はないのだ!』

「はて? 俺の認識に間違いがなければ……俺とお前の支配領域は隣接していない。富山の人類をスルーして横断出来れば話は別だが……お前の言う無駄な争い――つまりは、俺とお前の争いは起きないはずだが?」

『しかし! その栄光ある未来を実現する為に……今! 同盟を結ぶ必要があるのだ!』

「すまない。俺は頭の回転が鈍く、お前の様に未来を予見出来るほど賢くはない。お前の言っている意味がよくわからないのだが?」

『栄光ある未来……俺とお前が隣接する為にも、今! 同盟を結ぶ必要があると言っているのだ!』

「俺とお前が隣接したら何故栄光ある未来なのかは理解不能だが……富山県の人類を掃討する為に同盟を結びたい。つまりはそう言いたいのか?」

『そうとも言うな』


 魔王モトキの声に自信が戻る。


 さてはコイツ……アホか?


「少し話を整理するぞ? 同盟を結ぶ理由は、無駄な争いを避けるためではなく、富山県の人類を倒したいから……でいいのか?」

『そう受け取ってくれても構わない』


 受け取ってくれても構わない……じゃねーよ。全然趣旨が違うじゃねーか。


「用件は理解した」

『今回の同盟の重要性を理解してくれたか』

「(重要性は全く理解出来ないが)とりあえず返事は保留だ」

『な、何故だ……!』

「今回の案件は即答出来る話ではない。それとも、魔王モトキよ、お前の中で"同盟"とはそれほど軽い存在なのか?」

『そ、そういう訳ではないが……』

「明日、返事をする」

『明日か……わかった』


 話を終えた俺は魔王モトキとの通話を切るのであった。

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