外伝 サブロウの焦燥


 金沢解放軍を殲滅してから数日後――


 魔王カオルとの泥仕合――レベリングの日々は順調に続いていた。


 そんなある日、俺は本日のレベリングを終えて自室でゆっくりとネットサーフィンをしていると……


 ――~♪


 不快な電子音――着信を告げる電子音が手に持つスマートフォンから鳴り響いた。


 誰だよ……。


 俺は強制的に閉ざされたブラウザに苛立ちを感じながら、発信者を確認する。


 ……サブロウ?


 俺のスマートフォンの着信履歴を埋めるのは圧倒的に田村女史とヤタロウ。次点で、カノン。リナ、タカハル、サラはメールで用件を伝えてくることが多い。余談となるが、俺のスマートフォンのメールの着信音を最も鳴らす配下はブルーだ。顔文字だけに飽き足らず、最近ではネットスラングまで多用するようになってきた。


 そして、今回の発信者――サブロウも用件はメールで済ませることが多いのだが……。


「シオンだ。どうした?」

『シ、シ、シオンしゃま! い、一大事ですぞ!』



 サブロウの狼狽する声が耳に届く。サブロウの言動がおかしいのはいつも通りなのだが、冷静さを失うのは珍しい。


「どうした! 何があった!」

「セ、セ、セタが……わ、我が輩の弟が……」


 サブロウは震える声で必死に言葉を紡ぐ。


「セタ……セタンタがどうした!」

「セ、セタが消え去りました……」

「――! 何が起きた!」

「と、とにかく、一度、我が輩の元にお越し下さいませ……」


 セタンタが消え去った……? 消滅したのか……!?


 確か、今日はコテツが弟子を訓練するからと……セタンタを防衛の任にあたっているイザヨイとサブロウに預けた。ここまでの報告は受けていた。


 勇者級の人類が侵略してきたのか? 或いは、どこぞの魔王が自ら侵略してきたのか?


 しかし、そういう場合は真っ先にヤタロウが俺に知らせるはず……。


 何が起きたのだ?


 今は一秒でも惜しい――《転移》!


 突然の訃報に混乱する俺はサブロウの元へと《転移》したのであった。



  ◆



「サブロウ! 何が起きた! 敵は……敵はどうなった!」


 俺は地に膝を突いて項垂れるサブロウの元へと駆け寄った。


「シ、シオン様……敵ならあそこです……」


 サブロウが指差した方へと視線を向けると……物言わぬ地に倒れた12人の人類と、それを見下ろすイザヨイとサブロウお気に入りの配下――カズキ。そして、見慣れた槍を手にした見慣れぬ美丈夫が立っていた。


 あいつは誰だ……? チームJの新人か?


「敵は倒したのか」

「はい」

「犠牲は……セタンタだけか?」

「犠牲……? 確かに、犠牲と言えば犠牲かも知れませぬ……」


 俺の質問に対して、サブロウはキョトンとした表情を一度浮かべる、その後首を振って項垂れる。


 ん? 何かがおかしい?


 サブロウ独特の言い回しがいつも以上に苛立ちを感じさせる。


「イザヨイ! 何が起きた! 説明せよ!」


 俺はサブロウに説明を求めることを放棄し、イザヨイへに説明を求めた。


「畏まりました。先刻、人類が愚かにも侵入して来ました。ヤタロウ殿の指示を受け、サブロウ、セタと共に迎撃に向かい、愚かな侵入者を難なく撃退致しました」


 俺は時系列にわかりやすく説明するイザヨイの言葉に耳を傾ける。


 ……?


「『侵入者を難なく撃退』だと……?」

「はい。内訳は、セタが5人撃退、私が4人撃退、サブロウが3人撃退、となります」

「どういうことだ……?」

「はい、私たちの中で最も未熟なセタンタが一番多く侵入者を撃退理由は――」

「違う! 俺が聞きたい内容は、何故セタンタが消滅したかと言うことだ!」

「――?」


 ――?


 イザヨイが俺の質問に対し、え? と言わんばかりの表情を浮かべる。


 おかしい……。


 セタンタは、実力も然ることながら乱数創造の果てに創造された、替えの効かない貴重な配下だ。故に、俺は事態の把握を急務としたが……、


「イザヨイ、セタンタは消滅したのか?」

「いえ、セタは消滅しておりませぬ」

「……」


 俺は無言でサブロウに殺意を向ける。


「違いますぞ! セタ、セタは……我輩をお兄ちゃんと慕っていた弟のセタは消滅しましたぞ……!」


 サブロウは目に涙を浮かべ、地面を叩いている。


「どういうことだ?」


 俺はイザヨイに真相を問いかけた。


「セタは今回の防衛を経て――“進化”致しました」

「……は?」


 イザヨイの口から放たれた真相に俺は呆然とする。


「セタ、面倒です。貴方からシオン様に説明をしなさい」

「ハッ! お師様、畏まりました」


 すると、イザヨイの横に立っていた見慣れた槍――ゲイボルグを持った美丈夫が頭を下げた。


「主――シオン様、私はセタンタ改め――クーフーリンと申します。今後も主の槍となるべく精進する所存です。以後、よろしくお願いします」


 美丈夫――クーフーリンは恭しく頭を下げて、名乗りを上げる。


「ん? えっと……つまり……こいつがセタンタなのか?」

「はい、セタンタは我が幼名となります。今後はどうぞクーフーリンとお呼び下さいませ」


 SSRの配下ともなると、進化でここまで変貌するのか……。


「違いますぞ! 我輩は……貴様をセタンタとは認めませぬぞ!」

「兄上、ですから私がセタンタです。兄上と過ごした日々、お師様との日々……何より主の為に槍を振るった日々は鮮明に覚えております」

「黙れ! セタは……セタは……我輩のことを兄上などとは呼びませぬぞ! 『お兄ちゃん!』と呼びますぞ! 何よりセタはもっと愛らしく、無邪気で、我輩の新たな扉をノックした小悪魔的な――」


 ――《ファイアーランス》!


「お前が黙れ」


 俺は危険な発言をしようとしたサブロウに炎の槍を見舞う。


「セタンタ……いや、クーフーリンよ。お前の主は俺だが、直属の上司は誰かわかるな?」

「ハッ! 師父――コテツ様です」

「よし、今から俺と共にコテツの元へ向かう。いきなり一人で行ったら、驚くかもしれないからな」

「お心遣い感謝致します」


 ついでに進化したセタンタ――クーフーリンの強さを確認するか。


「セタ……セタ……お兄ちゃんは……お兄ちゃんは……お前を弟とは認めませぬぞ……!」


 ――《ファイアーランス》!


 最後まで戯言を言うサブロウに炎の槍を放ち、俺とクーフーリンはその場を後にしたのであった。

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