野々市市侵攻⑤


「ど、どうする……」

「バカヤロウ! 相手は魔王だぞ! 信用するのか!」

「で、でも……降伏したら奴らはいい暮らしをしてるんだろ……」

「そもそも、あの女……『黒剣の勇者』は本物なのか?」

「偽物だろ……賢者様も聖女様も偽物って言ってたし……」

「でも、偽物ならあんなにも狼狽えるか?」

「私……本物の『黒剣の勇者』を見たことがあるわ……多分、彼女は本物よ」

「本物でも操られている可能性は捨てきれない……」


 俺の勧告を受けた人類たちの動揺する言葉が耳に届く。


 降伏を受け入れそうな者、降伏に反対する者、リナの存在を信じる者、リナの存在を疑う者……様々な言葉が飛び交っているが、ある一つの感情が全ての人類に共通していた。


 その感情とは――不安。


 不安――ネガティブな感情は士気の低下へと繋がる。


 不安を煽ることに成功したのであれば、今回の行動は成功だ。


 とは言え、敵の数はまだまだ多い。更なるネガティブな感情を煽るとしよう。


「回答の期限は24時間与える! この回答は『金沢解放軍』に求めている回答ではなく、『金沢解放軍』に所属する人類、個人に求める回答だ。己が人生は己で決めよ! 賢い選択――降伏を選択する者は武装を解除し我が支配領域を訪れよ! 俺たち――アスター皇国は庇護を求める者にはいつも門戸を開いている」


 降伏を促す最大の目的は敵の戦力を削ることだ。人の心は弱く、揺らぎやすい。一人でも多くの人類が投降すれば、残った者の心を大きく揺さぶれる。


「騙されるな! 投降した者の命が救われる保証はどこにもない!」

「そうよ! みんな騙されないで! 奴隷の如く魔王に扱われる投降者……盾として扱われた投降者をみんなは知ってるはず!」


 安藤英也と香山沙織が必死の想いで、俺の言葉を否定する。しかし、俺はそんな二人の言葉が聞こえなかったかのように言葉を続けた。


「それでは、我々は一度退かせてもらう。人類諸君に今一度告げる。猶予は今から24時間。庇護を願う者は武装を解除し、我が支配領域を訪れよ! そして、人類諸君に警告を告げる。撤退する我々に攻撃を仕掛けることは許されない。矢の一本でも飛んでくれば徹底抗戦を望むと捉える! 同様に24時間以内に攻撃を仕掛けて来た場合も徹底抗戦を望むと理解させてもらう」


 元より配下の疲労回復と、失った配下の補充のために撤退を考えていた。しかも、24時間の安息が約束されるなら、儲けものだ。


 そして、最後に俺は人類の心を大きく揺さぶる言葉を投げかける。


「あ!? 一つ言い忘れていたが……『金沢の賢者』こと安藤英也、『金沢の聖女』こと香山沙織。俺はお前たちの投降は認めない。理由は――信用出来ないからだ。仲間を置き去りにして逃亡。更には、置き去りにした仲間に罵倒の言葉を浴びせる……こんな奴を信用は出来ないだろ? と言う訳だ、人類諸君。俺たちアスター皇国は『金沢の賢者』と『金沢の聖女』を除いた者たちが賢き判断をすることを期待している。それでは、失礼させてもらう」


 今までの流れから安藤英也と香山沙織が投降に応じるとは思えない。どうせ、リナが偽物とか、投降しても奴隷扱いされるとかの嘘を吹聴するだろう。


 ならば、最初からあの二人の投降は諦めよう。代わりに、人類にネガティブな感情――猜疑心を植え付けよう。


 庇護を許された多くの人類と、庇護を拒否された二人の人類。


 二人の言葉、他の人類の心に響くだろうか? 俺の植え付けた猜疑心は、これから人類を投降しないように説得する二人の重荷になるだろう。


「総員に告げる! 撤退!」


 最後の言葉を告げた俺は配下たちに撤退の指示を下した。


「クソッ! ま、待て! みんな攻撃だ! 攻撃するんだ! 敵は背を向けている! 今が好機だ!」


 背を向ける俺たちに向けて安藤英也が叫び声を上げる。


「で、でも……攻撃したら……」

「とりあえず……戻って相談しようぜ……」

「う、うん……私たちも疲れているし……一度ゆっくり考える必要があるわ」


 しかし、俺の言葉に心を揺さぶられた人類たちは安藤英也の命令に従うことなく、俺たちは被害を出すことなく撤退に成功したのであった。



  ◆



 支配領域に戻った俺は、戦闘に出向いた配下に休養を命じ、倒された配下の補充編成も行った。


「カノン、投降した人類は第十支配領域で保護せよ」


 俺は野々市市から一番近い支配領域に第十支配領域に繋がる【転移装置】を設置。


 投降してくる者が何人いるかは不明だが……準備は必要だ。


 ――田村女史、聞こえるか? 第十支配領域に投降者を迎える準備をしてくれ


 田村女史に念話で指示を告げると、電話が掛かってきた。


『シオン様、投降者の数は何人ほどでしょうか?』

「不明だ。何人分用意出来る?」

『食料でしたら、1万人分ほどであれば、すぐに。寝床に関しては、簡易的なシーツなどであれば、言われた数をご用意致します』

「とりあえず、1万人分を用意してくれ。追加が必要になったら、随時伝える」

『畏まりました。後は簡易的なトイレとシャワーも準備致しますが、可能でしたら第十支配領域に【川】か【湖】の創造を申請致します』

「わかった。【川】を創造しておこう」

『ご配慮、感謝致します』


 ――タスク、第十支配領域に領民の様子がわかるような動画を見れるようにしてくれ。返事は不要だ。すぐに取りかかれ。


 投降したとは言え、《統治》が完了するまでは領民ではない。反乱を起こすことは可能な為、領民とは引き合わせない。但し、俺が善政を敷いているのを見せるのは、将来的にプラスへと繋がるだろう。


 田村女史とタスクに指示を出した俺は、【支配領域創造】を行って、第十支配領域の制限人数を解除。同時に、【川】を創造した。


 投降者を受け入れる準備はこれで整った。


 後は、人類の回答を待つだけであった。


 勧告から6時間後。


 1万人を遙かに超える投降者が支配領域の前に現れた。


 最前線となる支配領域は人数制限が掛かっているため、武装解除を確認した後12人ずつ【転移装置】へと誘導。


 武装解除を確認し、第十支配領域に誘導している間にも、投降者の数は徐々に増加。


 結果として、全ての投降者を第十支配領域に誘導出来たのは勧告を行ってから16時間後となり、投降者の数は7万2千人と予想を遙かに上回る数となったのであった。


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