金沢市侵攻④


『お館様、動いた』


 スマートフォンの発信者――カエデが端的な報告を告げる。


「規模は?」

『……いっぱい』

「魔王カオルの軍勢はそこから見えるのか?」

『見える』


 カエデの返答を聞いた俺は電話を切断。スマートフォンを操作してカエデ視点のライブ映像へと切り替える。


 カエデの視線を通してスマートフォンに映された画像には――重厚な鎧に大盾と斧槍(ハルバート)を手にしたアークデーモンの集団を先頭に、後方には飛来する赤い悪魔――レッサーデーモンの集団。


 大挙して押し寄せるその数は――5000体以上。


 ライブ映像を確認した俺はカエデに渡したスマートフォンに発信する。


『……ん』

「《統治》は仕掛けたのか?」

『まだ……だと、思う』


 《統治》を仕掛けたら、範囲内にいる全ての敵対勢力のスマートフォンに非常警報(エマージェンシー)が通知される。しかし、カエデのスマートフォンは人類から奪ったスマートフォンであって、カエデのモノではない。スマートフォンを持たないカエデのような存在に対しては、脳内に直接統治を仕掛けられた旨が伝わるらしい。


 統治の成功条件は、3時間以内に半径3km圏内の敵対勢力を全て屈服、或いは排除することだ。しかし、その条件を達成するのは容易なことではない。故に、《統治》を仕掛ける前に……勧告、或いは事前排除と配備をするのは鉄則となっていた。


 勧告――宣戦布告を仕掛けるか? ――否。

 魔王カオルから見たら、奇襲する形で早期に《統治》を完了させたいはず。


 ならば、事前排除と配備は? ある程度はするだろうが、時間はそこまで掛けられないはず。


 魔王カオルにとって今回の《統治》の成功を握る鍵は――スピード。


「カエデ、《統治》を仕掛けたらすぐに連絡しろ」

『わかった』


 カエデとの通信を終えた俺は、スマートフォンを操作して石川大学前の状況と、進行する魔王カオルの軍勢を交互に確認。


 魔王カオルが《統治》を仕掛けた瞬間に撤退したら、こちらの意図が露呈する恐れもある。ある程度は交戦した後、敗走するのが望ましい。


 とは言え、そのある程度の交戦まで……戦力がもつのかが問題だ。


 スマートフォンの画面には虐殺といっても過言ではない勢いで、配下のグールたちが倒されている。


 数は一種の力である。2000人いる内の100人を倒すのと、500人いる内の100人を倒すのでは、後者の方が圧倒的に容易だ。数が減れば、減るほど敵の殲滅速度は上がっていく。


 ――守れ! 守り抜け! 味方と背を合わせ敵の猛攻を凌ぐのだ!


 俺は死地に立たされている配下に非情な命令を下す。


 グールの数も500体を下回った頃……。


 ――~♪


 着信を告げる軽快なメロディーがスマートフォンから流れる。


『仕掛けた』


 カエデから告げられた端的だが、重要な言葉。


「ご苦労だった。引き続き監視を頼む」

『わかった』


 この報は人類にも届いているのだろうか? カエデとの通信を終了した俺は、再び石川大学前の戦況を確認する。


 魔王カオルの白山市侵攻――この情報は人類の耳にも届いているようだ。


 あからさまに動揺する人類。中には指示を仰ぐ人類の姿も見受けられる。


 ――ホヘト、好機だ! 攻勢に転じろ! 一人でも多くの人類を討ち倒せ!


「下等な人類よ、何を騒いでおる! 貴様たちの敵は我々ぞ! 行け! 今が好機! 攻め立てよ! アスター皇国、ホヘト=シオン! 推して参る!!」


 ホヘトが猛々しい口上と共に、グールと共に進撃を開始する。


「チッ! 化け物どもが息を吹き返しやがった!」

「倒せ! 倒すのだ! 敵は虫の息だ!」

「さっさと倒して白山市に向かうぞ!」


 アスター皇国と金沢解放軍の前哨戦は佳境を迎えたのであった。



  ◆



 魔王カオルが《統治》を仕掛けてから30分後。


「シオン様……不甲斐なき……私めを……お許し下さい……ませ……」


 最後まで抵抗を続けていたホヘトが人類の刃によって斬り裂かれ、地に倒れた。


「イロ、ハニ、ホヘト……すまなかった」


 俺は捨て駒として起用した3人の眷属に黙祷を捧げる。


 創造された配下は消耗品……。冷徹にも思えるこの思考があったからこそ、俺はここまで生き延び、アスター皇国は大きくなった。


 ……俺は、間違っていない。


 最後まで従順に俺の命令を遂行したホヘトたちに感じるモノはあったが、俺は今後もこの思考を続けるだろう。


 ――生き残るために。


 魔王か……。

 初めて魔王になったときは何の冗談かと思ったが……確かに、俺の適性は魔王なのかも知れないな。


 ――カエデ、魔王カオルと人類が交戦を始めたら連絡しろ!


 ――リナ、クロエ、戦いの時は近い。各自、最後の準備にあたれ!


 俺はつまらぬ感傷を振り払い、次なる作戦の準備を進めるのであった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る