建国準備⑤


「それでは国名の候補を募る。案が浮かんだ者は挙手してくれ」


 幹部は全部で26人。創造した配下を除いても12人。流石に何かしらのアイディアは出てくるだろう。


「はーい!」


 真っ先に手を挙げたのは――サラ。


「言ってみろ」

「ストリバ王国!」


 ストリバ王国? 頭の中で反芻する……語呂は悪くない?


「ストリバの由来は?」

「ストーンリバーっしょ!」

「ストーンリバー?」

「石川っしょ!」

「……なるほど。県名か」


 俺はホワイトボートにストリバ王国を板書する。


「他は?」

「んじゃ、俺の番だな。何ごともシンプルイズベスト――シオン皇国! どうよ?」


 タカハルが得意気な表情を浮かべて、候補を挙げる。


「シオン皇国って……」


 自分の名前が国名になる。これは少し恥ずかしい……と言うか違和感を覚える。俺はタカハルの案に嘆息するが……。


「マスター! いいと思います!」

「私も賛成です!」

「シオン皇国……私はシオン皇国の一員ですか。シオン様、私も賛成です」


 狂信者トリオ――クロエ、レイラ、イザヨイの三人がタカハルの案に賛成する。


「シオン皇国……旦那の国だし分かりやすくていいんじゃねーか?」

「そうだな。俺も賛成だ」

「悪くないね! 私も賛成だね」


 続いて単細胞トリオ――レッド、ノワール、ルージュが賛成する。


「オイラもそれで!」


 ついでとばかりにブルーも賛成する。


「ハッハッハ! どうだ? サラ見たか? これが俺とお前とのセンスの違いだ!」


 多くの配下に賛成されて気を良くしたタカハルが、サラに対してドヤ顔を決める。


「他! 他はないか?」


 俺は他の配下に一縷の望みを託して、問い掛ける。


「フッ……我が輩の番ですな。シオン様、失礼します」


 サブロウは決め顔で立ち上がると、ペンを持ちホワイトボードに書き込む。


『深淵の箱庭(ルビ:アビスガーデン)』


 俺はサブロウの板書した国名を眺めながら、建国宣言をしたときの様子をイメージする。


 ……却下だな。


 俺は無言でサブロウの板書した案を消す。


「――!? まだ、まだございますぞ!」


『虚無の迷宮(ルビ:ヴォイドラビリンス)』


「こちらのポイントは『ヴ』です! 下唇を噛みながら――」


 そもそも迷宮って国じゃねーよ。俺は説明を始めるサブロウを無視してホワイトボードの落書きを消去する。


「ならば……鎮魂と書いて、レクイエム――」


 ――下がれ!


「他はあるか?」


 俺はサブロウを強制的に下がらせ、次なる案を求めて問い掛ける。


「ご主人様、よろしいでしょうか?」


 ヒビキがキリッとした表情で手を挙げる。


「言ってみろ」

「シュヴァインスクラーヴェ公国。サブロウさんの好きな『ヴ』も入っていますよ? 如何ですか?」


 ヒビキは俺に一礼した後、サブロウに柔和な笑みを浮かべる。


「我が輩の案には劣るが……悪くはないですな」


 サブロウは満更でもない表情を浮かべる。


「あ、あの……」


 カノンが、気まずそうに手を挙げる。


「どうした?」

「その名前は止めた方が……」

「なぜだ?」

「恐らくですが……語源はドイツ語です。シュヴァインは直訳すると豚。スクラーヴェは直訳すると奴隷となりますぅ……」


 俺はカノンの言葉を聞いて頭を抱える。要は直訳すれば、豚奴隷公国だ。


「如何ですか? 私ならシュヴァインスクラーヴェ公国の模範的な国民に――」


 ――黙れ!


 なぜか誇らしげな表情を浮かべるヒビキを強制的に黙らせた。


「他は! ヤタロウは何か案はないのか?」

「儂か? そうじゃの……シンプルに『加賀』はどうじゃ?」

「は? 加賀市は魔王カオルに支配されているのに加賀とかありえんてぃ!」

「ちなみに、加賀国かがのくにの首都は小松市でしたぁ」


 ヤタロウの意見は俺がホワイトボードに板書する間もなく、サラが却下。カノンがなぜか追い打ちをかけた。


「他は! ないのか!」


「シオン様、よろしいですか?」


 コテツが挙手をする。


「言ってみろ」

「はい。シオン様は、『シオン』という花をご存知ですかな?」

「花?」

「そうですじゃ。漢字で書くと……こうですな」


 コテツはホワイトボードに――『紫苑』と板書する。


「配下の皆様はシオン皇国を推しておる。しかし、シオン様は自分の名を冠する国名には抵抗があるご様子。紫苑の学名は『アスター(Aster)』と言いますじゃ。故に、『アスター皇国』などいかがですかな?」

「アスター皇国か……。候補に加えよう。しかし、コテツは剣一筋と思っていたのだが……博識だな」

「恥ずかしながら、儂の家内が菜園に興味がありましてな」


 コテツは照れ笑いを浮かべた。


「他にもあるか?」


 その後も3時間に及ぶ話し合いが続くのであった。



 ◆



 話し合いの結果――国名は5つに絞られた。


 サラ発案の――ストリバ王国


 タカハル発案の――シオン皇国


 コテツ発案の――アスター皇国


 カノン発案の創世記を意味する――ジェネシス帝国


 サブロウ発案の永遠と無限を意味する――ウロボロス公国


 国名は領民による投票によって決めることとなった。


 投票させるのは簡単だ。念話で伝え、命令をするだけで投票率は100%となる。


 面倒なのは集計だった。


 幹部と俺を含めた27人による手集計。


 投票集は117,692票。一人当たり4,360票を集計することになる。


 いくつの“正”の字を書いただろうか……。最後に自分で書いた“正”の字を数えるのも面倒だ。周囲を見回せば、タカハルの苛立ちが凄かった。命令で強制的にやらせているとは言え、あそこまで殺気を撒き散らしながら“正”の字を書く姿はある意味恐怖だった。


 予定では、適当に領民を呼んで集計を任せるはずだった。しかし、田村女史とヤタロウとコテツ――シルバー三人衆による『今後を左右する大切な内容です!』の一言に押され、幹部+俺のみで集計することになってしまったのだ。


 最終的に集計にかかった時間は3時間。


 集計結果は――


 ストリバ王国 ――37,031票

 シオン皇国  ――15,070票

 アスター皇国 ――48,700票

 ジェネシス帝国――10,061票

 ウロボロス公国―― 6,830票


「国名は――アスター皇国とする」


 俺は集計を元に決まった国名を幹部へと告げた。


「マ? あーしのストリバが負けた!?」

「は? マジかよ!」

「……シオン皇国ではないだと!?」


 国名を聞いて、憤る者、落胆する者……微笑む者。


 こうして、国名は――『アスター皇国』に決まったのであった。

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