珠洲市役所への侵攻17
俺に呼ばれた『剣聖』は返事をすることもなく、無言で俺の方へと歩みを進める。俺は近くまで来た『剣聖』に『血の杯』を差し出した。
「……これは?」
コテツは消え入りそうな声で呟きながら、差し出された『血の杯』に視線を向ける。
「これを飲み干せば貴方は俺の眷属――リナと同じ立場になる」
「……眷属?」
「そうだ。これを飲み干した時……貴方は名実ともに俺の配下となる」
「……」
「どうした? まさか『剣聖』と讃えられた御仁が――リナの祖父が約束を違えるのか?」
「……貸すのじゃ!」
俺は意地の悪い笑みを浮かべると、『剣聖』は差し出していた『血の杯』をひったくるように、俺の手から奪い去る。
【血の杯】を奪い取った『剣聖』は、一気に――【血の杯】に注がれた深紅の液体を喉に流し込んだ。
――《
淡い輝きが『剣聖』を包み込み、輝きは緩やかに収束する。
「な、何じゃ……」
自分の身に起きた現象を確認するように、自身の手や身体を見回す『剣聖』を尻目に、俺はスマートフォンを操作した。
『 名前 :コテツ=シオン
種族 :人間
クラス:侍
ランク:B
LP :200/200
肉体 :B
知識 :H
魔力 :G
特殊 :刀技(A)
→孤月
→牙突
→流水
→円舞
→空刃
→燕返し
息吹
滅却
配下 :
【編成】 』
【眷属】の欄に追加された『剣聖』――コテツの名前を確認し、俺はほくそ笑んだ。
「さてと……気分はどうだ?」
「そうじゃな……」
眷属となったコテツは己の手を見つめながら、変化を確認する。
「強いて言えば……気分が晴れたかのぉ」
「俺に対する感情は?」
「ハッ……変わらず小賢しい
コテツは鼻を鳴らしながら、俺の問い掛けに答える。
「支配者に対して、童かよ……」
俺はコテツの答えを聞いて苦笑を浮かべる。
「貴様! 不敬だぞ!」
「下等種が……創造主に対してなんたる言い草!」
「シオン様……この者の教育を私にお任せ頂けませぬか?」
苦笑を浮かべる俺とは対象的に、狂信者トリオがコテツに対して怒りを露わにする。
「気にするな」
俺は軽く片手をあげて、怒れる狂信者を制止する。
「し、しかし……」
「気にするな。俺の言葉が聞こえなかったのか?」
尚も言い淀む狂信者トリオに、俺は冷淡な視線を投げかける。
「む……よいのか?」
「あいつらに言った通り、気にするな。『剣聖』……いや、コテツよ。お前は、自身の目で俺の行動を見て――俺を見極めればいい」
人類は厄介なことに眷属となっても、創造した配下とは違い絶対的な俺への忠誠心はなく、自由な意志を持つ。命令で行動を縛ることは出来ても、心を縛ることは出来ない。
まぁ、反旗を翻す心配はない。コテツには、リナと同様に俺の戦力となってくれることを願うが、あまりに反抗的だったら畑を耕す命令を下して飼い殺しにすればいい。
今は……今後の作戦の為にも、コテツ、そして保護した人類は丁重に扱う。彼らは、今後の珠洲市市役所攻略のキーパーソンになり得る存在なのだから。
待望の『剣聖』――コテツを配下に加えた俺は、次なる作戦を頭の中に巡らせるのであった。
◆
「コテツ。質問を幾つかいいか?」
「なんじゃ?」
現状珠洲市役所の人類は、相変わらず市役所に立て籠もっている。俺は今後の戦略のために、コテツから情報収集を行うことにした。
「まずは、サイトウルリコとは何者だ? 県知事との関係は?」
「斎藤瑠璃子は莉那と同じ元勇者じゃ。そして――田山県知事の孫娘じゃ」
「は?」
「え?」
コテツの答えに俺だけでなく、かつて仲間であったはずのリナも驚きを露わにする。
「は? リナは元仲間だろ? 知らなかったのか? ってか、名字違うだろ」
「瑠璃子の口から家族のことを聞いたことはなかったからな」
「斎藤瑠璃子は嫁入りした娘の子供じゃ。政治家の身内が家族のことを話さないのは往々にしてあることじゃ」
俺の質問にリナが答え、コテツが更に詳しい情報を教えてくれた。
「一応聞いておくが……斎藤瑠璃子は死んだのか?」
コテツが県知事には打ち明けなかった事実を聞いてくる。
「死んだ。……正確には俺が殺した」
事実を隠蔽しても意味が無い。俺は正直に真実をコテツに告げる。
「そうか……」
「お祖父様! 確かに瑠璃子はシオンの手に掛かり命を落としました! しかし! それは……攻撃を仕掛けたのは私たちであって……シオンも自分の命を守るために――」
「よいのじゃ……わかっておる」
必死に俺をフォローしようとするリナに、コテツが達観した表情を見せる。
「ってことは、田山県知事から見ると……俺は孫娘の仇になるのか」
「そうなるのぉ」
「となると……平和的な解決は……」
「無理じゃろうな」
俺の言葉にコテツが静かに答える。
「今回、コテツが俺の配下になった。他にも800人を超える人類が、俺の庇護下に降った。今後も投降を呼び掛けたら……何人くらいが応じると思う?」
「難しい質問じゃの……。大半は無理じゃろうな。そもそも、投降に応じそうな奴は珠洲奥の旅館に引っ込んでおる。市役所にいる大半は……魔王に身内や親しき者を殺された人間じゃ」
「大半が応じないか……」
逆に言えば、少数かも知れないが応じる人類もいると、捉えられる。
今後の戦略のポイントは――内部の切り崩しだ。
珠洲市役所の陣営で最強の人類――コテツはこちらに投降した。他にも800人を超える人類……しかも最前線で戦っていたような強者たちが投降に応じた。今後も投降を呼び掛け……応じる人類が増えれば、向こうの士気はだだ下がりするだろう。
「ところで、シオンよ……。儂からも質問してもよいか?」
「ん? 何だ?」
「儂はシオン……お主の配下となった。そして、お主はこれから珠洲市の人類と争う。儂もその争いに参加するのか?」
「いや、珠洲市の人類との争いには参加しなくてもいい」
「よいのか?」
「あぁ、構わない」
コテツは間違いなく大きな戦力になる。但し、コテツは元々珠洲市の陣営の一員だった。仮に争いに参加させたら……珠洲市の人類はどう思う? 俺に寝返ったらかつての仲間と争わなければいけないと考えるかも知れない。そうなると、投降する者は減るだろう。
「ならば、何故……! 何故、儂を眷属にしたのじゃ!」
俺の答えに納得がいかなかったのか、コテツは語気が荒くなる。
「それはな……俺の眷属になったら、俺に嘘がつけなくなるからだよ」
「む?」
「例えば……」
――コテツよ! 俺に対しての本音を告げよ!
「――! り、莉那の命を救ってくれたことを心から感謝する」
「は?」
「え、えっ? お、お祖父様……!」
コテツは俺に対して深く頭を下げ、リナの目頭は涙で濡れる。思いがけぬコテツの本音に気恥ずかしい空気が流れるのであった。
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