珠洲市役所への侵攻14


「ほぉ……ようやっと一端の剣士の目になりおった」


 佐山虎徹が殺気を迸る孫娘――リナを前にして目を細める。


「舐めるなっ!」


 そんな祖父――佐山虎徹を目にしたリナは、鋭い踏み込みで間合いを詰めると、強烈な一振り――《スラッシュ》を見舞う。


「良き一振りじゃ……しかし、甘いっ!」


 佐山虎徹は自身に振り下ろされた強烈な剣の一撃に刀を合わせると、流れるような動作で受け流す。


「まだだ!」


 しかし、リナは怒りの形相を浮かべながら次々と連撃を佐山虎徹へと繰り出す。


「怒りに支配された剣が儂に通じるかっ!」

「黙れ! 黙れ! 黙れぇぇええ!」


 佐山虎徹は激しく振り抜かれるリナの剣を巧みな剣技でいなしながら、時折反撃の刃でリナの身体に裂傷を付けていく。


「力で剣を振るうか……。魔道に墜ちたお前は剣の道も忘れてしまったか……」


 佐山虎徹は悲哀に満ちた眼差しを向け、鋭い刺突でリナの肩を貫く。


「――ッ!?」


 リナは肩を押さえながらも、憎しみのこもった視線を佐山虎徹へと向ける。


「莉那……お前が生きていたのは嬉しかった……。しかし、お前は魔道へと墜ちた。ならば引導を渡すのが……祖父としての責務じゃろう」


 佐山虎徹は刀をゆっくりと振り上げ上段の構えをとる。


 力の差は歴然か……。


 俺は二人の勝負への介入をしようとすると……


「リナ! 貴様の剣はその程度か! ガイは……ガイは! 貴様の剣を何と言っていた!」


 レイラがリナに対して怒りの言葉をぶつける。


「私の……剣?」


 リナは、呆然と愛剣――ダーインスレイブを眺める。


「最後の情けじゃ……一太刀で逝くがよい!」


 佐山虎徹が上段の構えから流れるような動作で刀を振り下ろすと――


 リナは自然体の構えから剣を振り上げ、振り下ろされた刀を受け止める。そのまま後方へ軽く跳躍すると、リナは流麗な動きで剣を一閃した。


「――《ムーンスラッシュ》!」


 弧の軌道を描いたリナの一閃は、初めて佐山虎徹へと届いた。


 それは、いつもスマートフォンを通して見ていたリナの動きであり、イザヨイと戦っていたときのリナの剣技であった。


 ようやく、俺の知っているリナ――配下一の剣の遣い手が戻ってきたのであった。



 ◆



 復調したリナと佐山虎徹の戦いはその後1時間以上に及んだ。


 同じ流派であるためか、互いに決め手に欠け……高度な剣技の応酬が繰り返されていた。


 技は佐山虎徹が勝っていたが、若さ故か力はリナが勝っていた。時折、リナが押される局面もあったが、装備しているアイテムの質がその差を補っていた。


「カッカッ! 強くなったな……莉那!」

「お祖父様こそ……年の割には元気過ぎですよ!」


 『剣聖』と呼ばれていた祖父と、『黒剣の勇者』と呼ばれていた孫娘は、互いに笑みを浮かべながら剣を交わす。


「その気概があれば……日本一にもなれただろう」

「今更、日本一の称号に興味はありません!」


 互いに振るった剣が衝突し、周囲に金属音を響かせる。


「ハァァァァ!」


 リナの剣と佐山虎徹の刀がつばぜり合いの状態で均衡する中、リナは気合いと共に力尽くでダーインスレイブを振り切った。力負けした佐山虎徹は後方へと弾き飛ばされ、蹌踉めきながら尻餅をつく。


 祖父と孫。最終的に、二人の勝負を決定づけた要素は――体力の差であった。


「お祖父様……勝負ありです。降参して下さい」


 リナはダーインスレイブの切っ先を佐山虎徹の喉元に突きつけ、最終勧告を宣言した。


「……殺せ。儂を殺して、お前の覚悟を示すのじゃ」


 佐山虎徹は絶体絶命の状況に陥りながらも、揺るぎなき意志を宿した目でリナを睨み付け、最終勧告を拒絶する。


「……わかりました。お祖父様――ご覚悟を!」


 リナは自身の勧告を拒絶した佐山虎徹の答えに悲壮感漂う表情を浮かべるも、決意――殺意の籠もった眼差しで佐山虎徹を一瞥し、ダーインスレイブの柄を強く握り締める。


「――《シャイニング……」

「待て!」


 覚悟を決めたリナが聖なる光を宿したダーインスレイブを振り下ろそうとした、その時――俺はリナへと制止の命令を下した。


 リナと佐山虎徹――両者の視線が制止の声をあげた俺へと向けられる。


「何故止めた」

「逆に問おう、何故死に急ぐ?」


 怒りの表情を浮かべながら俺へと問い掛ける佐山虎徹へと近付きながら、俺は逆に問い掛ける。


「敗北したからじゃ」

「でも、まだ生きているだろ?」

「これは試合ではなく、死合いじゃ。違うか?」

「違うな」


 淡々と答える佐山虎徹の言葉を俺は否定する。


「違うじゃと……?」

「これは、交渉だ。最初に言わなかったか?」

「戯れ言を……!」


 俺の答えに佐山虎徹は激昂する。


「佐山虎徹。貴方に問う。何故、死に急ぐ?」

「敗北したからじゃ」

「でも、まだ生きているだろ?」


 俺と佐山虎徹の問答がループする。


 ここが正念場だ。説得に成功すれば……得るものは大きい。俺は脳をフル回転させる。


「魔王よ! 貴様は何が言いたいのじゃ!」

「生き延びて、家族と――リナと第二の人生を歩まないか?」

「舐めるなっ! 守るべき人々を裏切り、魔王に……貴様に寝返れと言うのか!」

「端的に言うと、そうなるな。貴方の孫娘は生きていた。つまり、俺は貴方の復讐相手ではない。なのに、貴方は何故戦う? そして、何故死に急ぐ?」

「貴様が魔王で! 儂が人間だからじゃ! 人々を守るために儂は戦う! そして、佐山家の当主として――人々を裏切ることなぞあり得んのじゃ!」


 なかなか頑固な爺さんだ。しかし、佐山虎徹は俺との話し合いに応じている。剣ではなく、言葉を交わしている。ならば、説得出来る可能性は0ではない。


「人々を守るためか……。ならば、尚のこと降参しないか?」

「巫山戯るなっ!」

「巫山戯てはいない。真剣に話している。人々を守りたいのだろ? ならば、降参するのが最適な道と思わないか? このまま俺たちが殺し合えばどうなる? 互いに多くの血を流す。降参するのであれば……貴方が守っていた珠洲市の人々の安全は保証しよう」

「貴様が約束を守る保証はどこにある!」


 本当に人類の説得は難しい……。一般的な人類であれば、殺す直前まで追い詰めればあっさりと降参するのになぁ……。


「保証か……。保証と言うか、証拠になるが……一つはリナの存在だな。安全とは言い難いが、充実した生活を送っていると思うぞ?」

「お祖父様! 私はシオンの配下になって後悔をしていない!」


 俺の言葉にリナがフォローの言葉を被せてくれる。


「もう一つの証拠は……リナのような戦いを手助けしてくれる人類じゃなくて、非戦闘員の人類の存在だな。俺の支配領域で第二の人生を歩んでいる人類の生活を見せてやる。罠 とは言わないよな? この状況の貴方を生かして、支配領域の中へ連れて行くなんて高度な罠は存在しないだろ? ついでに、11人までなら同行者を許すぞ?」


 俺は言葉を捲し立てて、佐山虎徹の説得を試みる。殺すのは簡単だ。しかし、ここで佐山虎徹を殺したら、残った3万人以上の人類との争いは決定的になってしまう。


「貴様の狙いはなんじゃ?」


 佐山虎徹は猜疑心に満ちた表情で俺に問い掛ける。


「俺の狙いは――平和的な珠洲市の統治。更に言えば、貴方――『剣聖』佐山虎徹だ」

「儂じゃと……?」

「そうだ。貴方は強い。出来れば、配下として俺の元で共に戦って欲しい。ついでに言えば、貴方の弟子か? あの陣羽織を着た集団にも期待はしている」


 俺は佐山虎徹と後ろに控える陣羽織の集団に視線を移し、本音をぶつける。


「あ!? 一応、言っておくが配下にした人類を全員戦わせはしないぞ? 戦いを拒む者には、支配領域内での安全な生活は保証しよう」


 格別の条件を佐山虎徹へと提示する。


「戦う相手は誰じゃ? 儂らのように、各地で貴様ら魔王に抗う人々か!」

「違う……と言いたいが、残念ながら敵対行動を取ってくる人類もその対象に含まれるな」

「人類を裏切り……魔王に降れと言うのか……!」

「うーん……そのニュアンスは少し違うな。全国各地で支配領域を支配している魔王もその対象に含まれる――つまり、敵だな」


 俺――魔王の敵とは、自身の支配下にある者以外全てだ。人類ロウは手を取り合えるのに、魔王同士は手を取り合えない。実に理不尽な世界だ。


「人類も魔王もすべて敵か……」

「そうなるな。但し、俺の配下になれば孫娘――リナは味方になるな」


 これで説得が失敗したら、後は交渉材料に何がある? 俺は佐山虎徹の思考を想定しながら、頭をフル回転させる。


「莉那」

「はい」

「此奴は……魔王シオンは信頼に足るのか?」

「はい! 魔王シオンは信頼出来ます! 『勇者』ともてはやされていた人類よりも、よっぽど信頼出来ます!」


 リナが自信に満ち溢れた口調で答える。リナとは『勇者』時代の話をしたことはなかったが、あの出来事はかなりのトラウマになっているようだ。


「その言葉……佐山の名に誓って真実と言えるか!」

「はい! 佐山の名に……お父様、お母様、お兄様に誓って、真実です!」

「そうか……」


 リナの力強い言葉を聞いた、佐山虎徹は目を瞑り、暫し思考した後――決断を下すのであった。

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