珠洲市役所への侵攻15


「……わかった。受け入れよう」


 佐山虎徹が擦れるような小声で呟く。リナは佐山虎徹――祖父の答えを聞くと、安堵の表情を浮かべて突き出していた剣を下ろした。


「但し……魔王シオンよ! 主の言葉に虚があれば……即座に叩っ切る!」


 佐山虎徹は腰を地に着けた状態のまま、気迫のこもった怒声をあげる。


 言葉に嘘ね……。俺は佐山虎徹を説得するために、並べた言葉を思い返す。嘘は言ってないよな? 大丈夫だよな……? ってか、佐山虎徹は眷属にする予定だ。そうしたら、俺を叩っ切るのは不可能になる訳だが……そのことは言葉にしてないから、問題ないよな?


「問題ない。佐山虎徹よ、お前の処理は後回しにするとして……」


 俺は拡声器を再び手に取った。


「珠洲市役所に立て籠もる人類に告げる! お前たちの英雄――『剣聖』佐山虎徹は、降伏の意志を示した! 降伏を願い出る者には安息の場を提供することを約束しよう! 逆らう者には死を提供しよう! 珠洲市役所に立て籠もる人類に再度告げる! ――降伏するか、否か?」


 俺は拡声器を用いて、再び人類へと勧告を告げる。


「し、師匠が……」

「さ、佐山様が……」

「ど、どうする……」


 近くに居る人類たちの戸惑いの声が、風に流れて聞こえてくる。


 珠洲市の人類たちは最強の仲間にして……精神的な支柱であった佐山虎徹を失った。


 今なら、勧告が成功する確率は極めて高いと思われるが――


『魔王シオンよ! 答えを出す前に一つ確認したいことがある!』


 珠洲市役所からスピーカーを通して県知事の声が返ってくる。


「何だ?」


 俺は拡声器を用いて、県知事の言葉に応える。


『魔王シオンよ……! 貴様の……いや、貴方の庇護下にある者の中に『サイトウルリコ』という女性はいるか?』


 『サイトウルリコ』……? 誰だ?


「支配下にある人類全ての名前は把握していない」


 俺は県知事の質問に対して、正直に答える。


『ルリコだ……! 『サイトウルリコ』だ! 知らないとは言わせないぞ!』


 県知事の声には怒りが混じり始める。誰だよ? 『サイトウルリコ』……有名な人物なのか? しかし、俺には『サイトウルリコ』なる人物の記憶は一切ない。


「すまないが、本当に知らない。少し時間をくれれば調べるが……?」

『とぼけるな! 貴様が……貴様が……佐山氏の孫娘を配下にした貴様が知らぬはずがないじゃろ!』


 ……へ?


「シオン……。瑠璃子は……私の元仲間だ」


 呆然とする俺に、佐山氏の孫娘――リナが俺の側に来て耳打ちをする。


 ……リナの元仲間? ってことは、勇者様御一行にいた一人か?


「そいつはあの逃げた女じゃないよな?」

「逃げたのは……沙織だ。瑠璃子は乱戦の時に……命を落とした」


 俺の質問をリナが答える。


 と言うことは……うぇーいwww氏は、ルナティックアローを受けて死んだ。沙織と言う女とメガネ君は逃亡に成功した。槍使いの男は俺が追いかけて殺した。弓使いの男はダークインダクションで錯乱してリナを攻撃した挙げ句に死んだ。後は……乱戦の隙に生じて一人の魔法使いの女を背後から俺が槍で殺した。


 あの魔法使いの女が……サイトウルリコ?


 ってことは、県知事が探している女性――サイトウルリコは俺の配下にはいない。


 とは言え、言葉から察するに……サイトウルリコは県知事にとって大切な女性のようだ。正直に答えてもいいのか?


『どうした! 何を黙っておる! ルリコは! サイトウルリコは、貴様の庇護下にいるのか!』


 答えに詰まっていると、スピーカーを通した県知事の怒声が聞こえてくる。


「あー、えーっと……なんだ……『サイトウルリコ』は俺の庇護下にはいない」


 嘘を付いても、すぐにバレる。俺は問われた質問に対しての答えを口に出す。


『そうか……いないのか……』


 スピーカーを通した落胆した県知事の声が聞こえてくる。


「さぁ、質問には答えたぞ! 次はそちらの番だ! 安息が約束された降伏か……死が約束された拒否か……さっさと答えろ!」


 俺はこれ以上サイトウルリコの話題の振り回されないように、話を強引に本題へと戻す。


『ルリコは死んだのか……? いや、殺されたのか……?』

「『サイトウルリコ』なる人間は俺の配下にはいない! 話は以上だ! それより、こちらの言葉に応えろ! 降伏か……否か……どっちだ!」

『そうか……答えぬか。いや、答えられぬか……。つまり、ルリコは死んだのじゃな……』


 県知事との会話は全く成立しない。


「答えは?」

『答えか……そうじゃな……儂の答えは――殺せ! 皆の者! 世界の厄災を討ち滅ぼすのじゃ!!』


 スピーカーを通したノイズ混じりの割れた県知事の怒声が響き渡る。


「こ、殺せって言われも……し、師匠が……」

「佐山様が降伏したのであれば……我々も……」

「ど、どうする!?」

「どうすればいいの……?」


 しかし、前線に立つ人類たちは降伏した佐山虎徹の姿と珠洲市役所を交互に見ながら、戸惑い、動けない。


『何をしておる! 殺せ! 殺せ! 殺すのじゃ!』


「「「――え?」」」


 ――!?


「「「うわぁぁぁあああ!?」」」


 戸惑う人類の背後――珠洲市役所から大量の矢が、前線の人類と俺たちを分け隔てることなく降り注ぐ。


 珠洲市役所の人類との交渉は――決裂したのであった。


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