珠洲市役所への侵攻⑤


 さてと、今後の戦略を考えるか……。


 俺はいくつもの戦略を頭に思い浮かべる。同時に、思い浮かんだ戦略の対抗手段も思案。


 頭の中で何度も、何度も、魔王シオン軍vs珠洲市人類連合による戦争の物語(シミュレーション)を紡ぐ。


 ある物語では、大敗を喫した。


 ある物語ではあと一歩のところまで追い詰めて敗北した。


 ある物語では勝利を掴み取ったが、多くの眷属を失った。


 ある物語では――


 幾重もの物語を頭の中で紡ぐが――どの物語も満足する結果には至らない。


 以前否定したカノンの戦略が、一番効率が良いのでは? とすら思えてくる。


 理想的な勝利を掴むための障害はいくつも存在する。


 一つは、敵の数。

 28,000もの数は流石に多すぎる。相手が攻めて来るなら、地形を活かした戦略とかも思い浮かぶが、今回はこちらが攻め手だ。そうなると、数に対抗するための最善策は――数で対抗することだろう。


 一つは、敵の質。

 最初の偵察で確認した程度の敵の質であるが、陣羽織の集団はかなり厄介だ。侵略を通じて多くの経験を積んだ眷属たちであれば、負けることはないだろうが……そうなると、力を持った眷属の数が足りない。陣羽織の集団はぱっと見50人以上は存在した。対して、対抗できそうな眷属の数は20人弱。夜の俺なら何人の陣羽織の敵を相手取れるだろうか? リナなら何人の陣羽織の敵を相手取れるだろうか? タカハルなら……? サラなら……? クロエなら……? レイラなら……?

 どれだけシミュレーションしても、結果は全て俺の想像に過ぎない。負けたら(死んだら)終了だ。慎重な対応が求められる。


 一つは、『剣聖』の存在。

 今回の戦いのポイントは――『剣聖』だ。ネットのニュースを見ても、奴が敵の中心であり精神的支柱であることは間違いない。奴を倒せば……敵は瓦解するだろう。とは言え、『剣聖』は控えめに言っても化け物だった。夜の俺、或いはイザヨイ。もしくは、配下の中でも最強に近い元魔王のタカハルと元勇者のリナ。一対一で戦えば勝てるだろうか? 贅沢を言えば……眷属として配下に迎えたい。流石に、それは高望みだろうか……。


 これらの障害を乗り越えるために必要な処置は――拠点だな。


 数には数で対抗するのが一番だ。しかし、現実的には外に出られる配下の数は規制されている。その規制さえ無ければ――数の利は《配下創造》を有するこちらに分がある。規制――眷属とその配下以外は支配領域の外に出られない――はこのコワレタ世界の絶対的な理だ。これをクリアすることは出来ないが、緩和することは出来る。


 配下を倒されても、倒されても……補充すればいい。


 無駄に雑魚を献上しても敵の戦力が高まるだけだ。しかし、レベルを上げる為にはスマートフォンを操作する必要がある。敵を倒した時点でレベルは上がるかも知れないが、強化はされない。ならば、短期決戦だ。BPを振るヒマも与えないほどに攻め続ければいい。


 そうなると、ネックになるのは距離だ。今のままでは、配下を補充するにも戦場から支配領域までの距離が遠すぎる。だからこそ、拠点――支配領域を珠洲市役所付近に創る必要性がある。


 戦場の近場に支配領域――拠点を創造すると他にもメリットは生まれる。


 一つは、退路の確保。

 可能な限り眷属は倒されたくない。危険になったら、即座に撤退して欲しい。近場に拠点が創造されれば、撤退が成功する確率は大幅に高まる。


 一つは、地の利の向上。

 敵の数は28,000にも及ぶ。四方を包囲される危険性まである。しかし、拠点を創造すれば、少なくとも背後は安全となる。


 拠点の創造に成功すると、どうなる……?


 俺は再び頭の中で物語を紡ぎ始める。


 全てが頭の中で紡いだ物語通りに展開するとは限らないが……先程紡いだ物語よりは、結果は上々だ。


 おおまかな戦略は確定した。


 まずは、拠点の創造――珠洲市役所の近場を《統治》だな。


 その前に……《配下創造》と《アイテム錬成》で十二分な戦力を整えるとするか。


 俺は県北統一を果たすための、最後の準備に取りかかるのであった。



 ◆



 20日後。


 珠洲市役所侵攻への準備は完了した。


 腱鞘炎になるほどスマートフォンの画面を連打して、新たに創造した8,000体の配下。元からいた配下と合わせて、配下の数は繁殖力に優れるEランクの配下を除いても3万体を超えた。配下に装備させるアイテムも、アキラを筆頭としたドワーフ集団の努力もあり、充実させることが出来た。


 今回の侵攻の鍵となる拠点を設置する位置も、完璧に計測が出来ている。


 俺が偵察――《統治》を失敗してから1週間は人類も厳戒態勢を敷いていた。しかし、10日も経過すると、ネットニュースには『金沢の覇王、珠洲市侵略を断念か!?』の文言が流れ始めた。


 俺は、この記事を利用するため……珠洲市へ足を踏み入れることすら一切せずに、逆に過疎地となっていた富山県小矢部市の一部を《統治》。《統治》の際に、一部の人類をわざと逃亡させ、俺自身もネット上に『魔王シオンが珠洲市の侵略を諦めて、小矢部市を侵略し始めたぞ』と書き込み、珠洲市の警戒を解く作業を進めた。


 結果としてネットニュースには――『金沢の覇王、珠洲市侵略を断念!』


 と、見出しの文言を変えることに成功。


 当たり前だが、珠洲市の人類は完全には警戒を解いていない。しかし、警戒が薄れたのも事実だ。


 ――機は熟した。


 俺は珠洲市侵略の鍵となる、拠点の創造へと出向くのであった。

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